第14話 「衝撃の」
――世界を闇が覆い隠し、それを一瞬で光が消し去った。
そうして、また闇が侵攻し、天が二つに割れる。
帝都ヴァラキアを中心に、その西側が闇に覆われ、その東側が光に覆われた。
暗黒の曇天と、違和感があるほどの晴天。
どちらにせよ、自然に起こりうる天気ではないことだけは明らかだった。
人々は、その神話のような光景を前にただ茫然と立ち尽くすしかない。
これは神々の争い。
『女神』と『魔神』。太古の昔より続けられている闘争の歴史の、その一つだ。
◇
「……行くのか」
「うん」
山城京夜の問いに、白崎大和は躊躇いなく頷いた。
足元には、かつて蒼井舞花だったモノが倒れ伏している。
大和がいる場所の空は暗黒。
それに対抗するように、大和の『聖剣』だけが光り輝いていた。
「あれに勝てると思うのか?」
「勝てるとは思わないけど、勝つとは決めた」
――『魔神』。
都市の中央に、堂々と君臨するその存在に向かって、大和は歩いていく。
光の勇者は、その『聖剣』を手に、進んでいく。
「――ぼくは、この世界を救う。アイリスに約束したんだ」
魔神は世界を滅ぼす存在だという。
そして彼は実際に、手始めにこの都市を滅ぼすと言った。
そんな暴虐を認めるわけにはいかない。
たとえ、人間の手では絶対に及ばないと確信できるような怪物であったとしても。
大和を追い詰めた新魔王ルシアが、それほどまでに怖れたバケモノであったとしても。
――白崎大和は、戦いから逃げたりはしない。
なぜなら大和は勇者であり、アイリスと約束したのだから。
「そうか……ならまあ、手伝ってやるよ」
ニヤリと笑った山城京夜に返事も返さず、大和は真っ直ぐに突っ込んでいく。
震えるほどの恐怖と不安を心に抱え、
――それらすべてを覆す『勇気』を掌に握り締めて。
◇
――すべては、今この時のためだった。
神降ろしの器。それを見つけるのは並大抵のことではない。
神族をその身に宿して、耐えられるほど適合する個体など、この世界のどこを探しても見つからなかった。だから別の世界すらも視野に入れた。
結果として、浅場優花という一人の少女を発見した。
百人の日本人の集団召喚など、そのおまけだと言っても過言ではない。
彼女ですら適合率は決して高いとは言えない。けれど、二つの世界を見た中で最も『女神』との適合率が高いのは事実。ゆえに、逃すわけにはいかなかった。
そして適合率さえ高ければいいというものではない。
そのまま使うには、彼女の肉体はあまりにも貧弱にすぎた。
ゆえに、スキル『女神の恩恵』を持たせ、いざという時は保護できるようにしたうえで世界に放り出したのだ。
想定通りとまでは言わないが、よく育ってくれた方だろう。
レベルだけを見ても、八十後半に位置付けている。
戦闘が本分ではない固有スキルを鑑みると、上々の結果だ。
彼女といえど、“神降ろし”の魔術はせいぜい数時間持てばいい方だろう。
ゆえに、その間に片をつける。
数千年に渡る長い『魔神』との戦いを、そして――この世界を。
浅場優花の髪色が、輝くような黄金へと変化していく。
その体に、『女神』ミラが宿った証だった。
「ああ……これが現世」
浅場優花は、否――浅場優花だったモノは、妖しく笑う。
「いったい何百年ぶりかしら」
神々しさすら漂わせながら、『女神』ミラは、大空へと跳躍していく。
その背には、いつの間にか黄金の翼が生えていた。
天使の翼に似ていながら、明確に非なるもの。
その翼の輝きに、人々の視線は自然と吸い寄せられてしまう。
だが、彼女は人々に何かを語りかけるような真似はしなかった。
正確に言えば、まだその時ではないと考えていた。
なぜなら、
「この時を――何度も夢に見た」
桁違いのバケモノが、その殺気を以て復讐を叫んでいたからだ。
新城蓮。
女神を殺すためだけに、イリアスと集に協力した異世界転移者。
灰の、勇者。
「集、イリアス……下がっていなさい。この男は、私が相手をします」
硬直していた二人は、ミラの言葉を聞いて蓮の周囲から飛ぶように離れた。
葉山集とイリアスが、決して弱いわけではない。
ただ、この新城蓮という男があまりにも異常すぎるだけだ。
世界のバグ。そう呼んでも過言ではない。
「――女神ミラ、だな?」
「ええ。私こそ、この世界を統べる神」
ミラは彼を舐めていない。
この世界で、最大の脅威として認識している。
「……お前を、殺す」
あまりにも端的な一言。
凝縮された憎しみは、もはや恨み言を語る域にすらなかった。
「やってみなさい、人間。あなたは随分と、面白い存在に育ったわね」
「――死ね」
新城蓮が言葉を発した次の瞬間。
帝都ヴァラキアが想像を絶するほど大量の光に包まれる。
球体上の光が、数千以上にも展開されていた。
そうして現れるのは、およそ五千体にも昇る竜種――ドラゴン。
蓮はそのうちの一体の上に乗ると、竜の咆哮と共に一斉に女神へと向かわせる。
天上の神へと、大軍の指揮者が挑みかかっていく。
――世界最強の人間が、神を名乗る存在へと、ついに牙を剥いた。
◇
――『魔神』ゲルマは、世界を睥睨していた。
まずは肩慣らし。
手始めに“魔弾”を形成し、人々が集まっている方へと適当に投げつける。
「え……?」
悲鳴すら挙げる暇もなかった。
轟ッッッ!! と。
一瞬にして着弾した掌サイズの球体が、周囲一帯を爆発で吹き飛ばした。
爆発炎上。煙に包まれたそこは、やがてただの荒野と化して姿を見せた。
人影どころか、建物すら見当たらなかった。
「ふむ」
ゲルマはひとつ頷く。
調子は悪くはない。が、良くもない。
本調子であれば、“魔弾”で王都全域を消し去っていてもおかしくない。
とはいえ、ここは現世。人の世界だ。
本来の力など発揮できるはずもない。
『女神』ミラがわざわざ『器』を探して顕現したように、ゲルマも無視をしている。
ゲルマは『三大魔王』による儀式によって、存在を繋ぎ留められているだけなのだ。
本来なら無敵の存在であっても、元の居場所――『世界の中心』、魔力の海に送還する方法など山ほどある。それをゲルマがさせるかどうかは話が別だが。
――とりあえず、この都市でも滅ぼしてやろうかとゲルマは言った。
だが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「よくも……!!」
白い衣装に身を包み、黄金の剣を手にした少年が突っ込んでくる。
その後ろに、オールバックの大男も続いていた。
また、別の方向から禿頭の戦士までもがゲルマに近づいてくる。
その誰もが、一筋縄ではいかない戦士。
異世界転移者。
「クソ女神は、面倒な連中を送り込んできたものだな……」
しかし。
逆に言えば、所詮は「面倒」で済ませられる程度に過ぎないということだ。
――神の蹂躙が始まった。
◇
それは、あまりにも衝撃的な光景だった。
怖れていた『魔神』の復活。
士道たちはそれを、止めることができなかった。
だから士道は一瞬の隙を突いて『瞬間移動』し、気を失いかけているリリスを回収しつつも、目の前の光景が信じられないかのように瞠目していた。
それは、『魔神』ゲルマが、あまりにも圧倒的な覇気を放っていたから――ではない。
確かに、それはそれで恐ろしいものだと思う。
だが、士道が驚きを覚えていたのは、もっと別の光景だった。
具体的には、
「霧崎……お前……」
――霧崎翔のクナイが、不死魔王リーファの心臓を貫いていた。
「キリ、サキ……?」
眼鏡の少年は何も答えない。
呆然としたような少女の声が、貴族街に空しく響き渡った。