第13話 「魔神、そして」
――世界が闇に染まった。
それは不死魔王リーファのスキル『夜天化』のように、一部地域が強制的に夜に塗り替えられるものではない。
世界全域に及ぶものだった。
まだ昼間だった空が闇に覆われ、ひどく薄暗い空間ができあがる。
せめてもの救いは、真っ暗で何も見えないというわけではないところか。
曇り空の時よりも少し見えにくい程度でしかない。
役目を果たしたのか、青白く輝いていた魔方陣は、やがて消えていった。
「何だ……アレ」
それを呟いたのは誰だったか。
いつの間にか、帝都の上空に、異様な存在感を放つ人型の存在が佇んでいた。
誰もが目を離せない。
どれだけ距離が離れていても、たとえ肉眼では視認できないような距離であろうとも、その存在に気づかないなどありえない。
それほどの、「圧」が――その存在からは放たれていた。
長い黒髪。褐色の肌。妖しく輝く紅の瞳。
この世のものとは思えないほど凛々しく、悪魔的な美しさを放つ美丈夫。
身長は二メートルを越すだろうか。巨大だが、あくまで人間の範疇に留まっている。
だが――その存在感が、人間や悪魔のものであるはずがない。
「あれが……魔神、なのか……?」
思わず舞花との戦闘の手を止め、上を見上げて山城が言う。
それを証明するかのように、不死魔王リーファが跪き、頭を垂れた。
「……主よ。お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「よい」
その声は、自然と帝都全域にまで重く響き渡った。
彼は、重く、低い声音で、淡々と言う。
「……力を振るうのも久々だ。手始めに、この都市でも滅ぼしてみるか」
「仰せのままに」
おそろしく自然な声音だった。
まるで目の前の玩具で遊ぼうと言っているだけのような調子で、『魔神』は言う。
「人の子よ、俺に刃向かえ、俺から逃げ惑え。どのような選択肢でもいい。――足掻け。その無様な姿こそが、お前たちの唯一の存在意義だ」
次の瞬間。
ズン……!! と、これまで断続的に響いていたものとは比較にならない強い地震が、ヴァリス帝国全域を襲った。
建物は崩壊し、人々は逃げ惑い、魔物たちは歓喜の雄叫びを上げる。
地獄が――始まった。
◇
「――リリス!!」
士道は皆が魔神に気を取られている隙を突き、『瞬間移動』でリリスを助け出した。
あの霧崎翔ですら魔神に気を取られ、士道の行動を許した。
彼は険しい表情で舌打ちしている。それを一瞥し、士道はひとまず魔神から離れるように疾走しながら、なぜだかぐったりした様子のリリスに声をかける。
あの『魔神再臨の儀』に、リリスは『三大魔王』の一角として利用された。
となると、彼女の体にも何かしらの影響が出ているのか。
「う……」
僅かに、呻き声が漏れる。どうやら衰弱している様子だった。
「ソレは連れていっても構わないよ。もう、彼女の用は済んだからね」
翔は高速で士道に接近しながら、言う。
「――だが、君を逃すとは思わないことだ」
「面倒な奴だ……!」
再び戦闘が巻き起こる。
魔神が災害を撒き散らす中で、それぞれ人々は蠢き始めた。
◇
魔神復活の最中、その戦いは一瞬で決着した。
あまりにも、戦力に差がありすぎた。
「終わりか」
山城京夜の声が聞こえる。
「止めは、僕が」
それは、白崎大和の声だった。
二人の転移者の会話に、倒れ伏す舞花は乾いた笑いを漏らす。
「……好きに、しなさい」
――別に、理由なんて単純なものだった。
そんな風に、薄れゆく意識の中で蒼井舞花は考える。
単に、いきなり異世界に転移させられて死にかけていた自分を、不死魔王リーファが助けてくれただけ。それはおそらく異世界転移者――つまりは女神の使徒を研究したいと思ったからだろうし、興味があったからだけに過ぎないのかもしれない。
だが、舞花にとってその行為が舞花を救ってくれたのは紛れもない事実なのだ。
天使だとか悪魔だとか、人間は悪魔と敵対しているだとか、そんな、こっちの世界での常識など舞花にとってはどうでもよかった。ただ、受けた恩があるのならそれを返すべきだと思ったのみ。だから、珍しくも人間として魔王軍に所属した。
不死魔王の下についたのだ。そのことに、後悔は特にない。
舞花はそれなりに順風満帆といっていい人生を送っていた。良い大学を卒業し、良い企業に入って、それなりに結果を出し、それなりに給料も上がり、それなりに格好の良い恋人だっていた。満足していいはずだった。足りないものなんて何もないはずだった。
――だが、いつだって舞花は何かを探していた。
その正体を、舞花はこの世界に来てから知った。この、胸の高揚感。未知に対する胸の高鳴りこそを求めていたのだと。
いろいろあった。魔王軍としてはたらき、世界を見て回り、『異界同盟』に捕らえられ、操られ、魔導都市アルスフォードの騒ぎに紛れてどうにか逃げ切って。
――もう、十分に未知を堪能した。舞花には、過ぎた人生だったと、そう思える。
「あなたが……『異界同盟』に操られていたのは知っている」
淡々とした声音で、大和は言う。
「もし、あなたが……」
「やめて」
舞花はふるふると首を振った。
「優しいのね、あなたは。でも――アイリスを殺したのは、確かにこの私よ」
大和は僅かに、悲痛な表情を浮かべると、
「……分かりました。アイリスの仇として、ぼくはあなたを討ちます」
直後。
光の剣が振るわれ、血の雨が降り注いだ。
◇
「どうやら魔神が復活したらしいぞ?」
地震が響き渡る中で。
悪辣な笑みを浮かべているのは、天使長イリアスだった。
彼の後方に佇むのは、葉山集。
「フン……こっちも、もう終わる」
集が呟いた直後の出来事だった。
カッ!! という強烈な閃光が、集の眼前に君臨する少女――浅場優花の肉体から放たれる。それを見て、思わず集はひざまずいた。
イリアスが呟く。
「さあ――女神様の光臨だ」
直後の出来事だった。
世界が『光』に満たされ――闇が消え去った。
ハズレ奇術師の英雄譚、第三巻が全国の書店にて発売中です。
ぜひお買い求めいただければ幸いです。




