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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第六章 そして破滅は道を開く

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第12話 「滅びの未来へ」

 一瞬の隙だった。

 そして歴戦の強者同士の戦いにおいて、その一瞬の空白はあまりにも致命的だった。


「魔王様――!?」


 それまで『心象結界』により戦いを有利に展開していた奇術師、グライブ・セラキオスが思わず魔王城の方向へと目をやった。――刹那。

 その懐に、神速の勢いでマルクが迫っていた。上位悪魔にして老練の猛者であるグライブにこそしてやられていたとはいえ、マルクも『天軍』において五指に入る実力者。一瞬の隙を見逃してくれるほど甘いはずもなかった。

 彼は血みどろの状態となりながらも、ボロボロの体で隙を窺い続けた。

 待っていた時こそが今だった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!」


 咆哮と共に、大槍がグライブに炸裂する。『心象結界』の中とはいえ、捕らえたのは紛れもなくグライブの実体だった。咄嗟に惑わす余裕も、彼にはなかった。

 ――グライブは、新魔王の勝利を信じていたから。

 彼はどんな苦境でも、どんな不利な状況でも、必ず打開してきた。だから、これまで生きてきた。だから、今までこの場所に立っていた。

 彼ならば、悪魔という種に平和をもたらしてくれると、そう信じていた。

 だから、彼が歩む道の先を見たいと思ったのだ。

 あまりにも危うい新たなる魔王を、傍で支えてやりたいと思ったのだ。

 だから、もはや数百年も生きて衰え、重たくなった腰を上げ、戦おうと思ったのだ。


「――無念」


 グライブは胸中に渦巻く複雑な感情を、一言で表した。


「お前たちの……負けだ」


 マルクが言う。同時に、心臓を槍で貫かれたグライブの瞳から、命の光が消えた。

 あっけないものだった。

 それから、悪魔の軍勢は一気に崩壊していった。

 新魔王という支配者が殺されただけで、こうまで違うのか。

 改めて、『天軍』の一番隊を統べるマルクは、新魔王ルシアというカリスマの、圧倒的な統率力に敬服し、だからこそ――手は抜かずに戦い続けた。

 戦いの均衡は崩され、もはや魔王軍新魔王派の敗北は時間の問題となった。

 新魔王の討伐が大々的に知らされ、人族の士気はどんどん上がっていく。

 もう少しで。

 もう少しで、戦争が終わる。

 悪魔族を排斥し、また『人間』たちの幸せな未来が待っているのだと、そう信じて。


「マズいな……」


 だが――そんなはずはなかった。



 ◇



 ――地震、である。


「チィ……ッ!」


 先ほどから、断続的に地面が不自然な揺れに晒されている。

 目にも留まらぬほどの高速戦闘の中で、僅かに体勢を崩した拓真に、草薙の冷徹な視線が向けられる。足払い、からの斬撃。拓真は獣のような勝負勘だけで何とかそれを読み切ると、無理やり体を捻ってかわしていく。

 だが、これまでは通用したそれも、この男が相手ではそう上手くいかない。


 ――草薙竜吾。

 百年前の、英雄。


 そもそも圧倒的なレベルオーバーである草薙とは、根本的に速度で負けている。ゆえに一手先をいかれた。草薙の回し蹴りが、拓真の脇腹を思い切り蹴り飛ばす。

 ゴバッッッ!! という凄まじい音が炸裂した。

 上段抜きに呼吸が一瞬止まる。壁に衝突して勢いを止めると、地面に喀血した。


「がっ……!?」

「――呆けている暇があんのか?」


 草薙の鋭い宣告に、拓真は一歩、踏み込むことで返答した。

 思わず目を見開く草薙。当然だ。やられたばかりで状況も分かっていないというのに、敵に踏み込んでいくなど正気の沙汰ではない。

 何より――一ノ瀬拓真は、血を吐きながらも笑っていたのだ。


「ははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 あまりにも強引な突撃。獣のように振るわれた拳。草薙が振るった剣など無視するかのような攻撃だった。このままお互いの攻撃が炸裂しても、間違いなく重傷を負うのは拓真であり、殴られた程度で草薙は倒れない。だというのに、不気味な予感に従って草薙は攻撃を止めて跳躍した。後方に下がりつつ宙で回転して、着地する。


「よぉ。どうしたよ、ビビったか?」


 プッと血を吐き捨てながら、拓真は笑って構え直す。すでに何度も攻撃を受けているというのに、疲労の色は見えなかった。何度も何度も傷つけているというのに、気づけば自然回復している。それどころか――動きが速くなっている。

 これは、おそらく精神的な強さによるものではない。固有スキルだ。

 草薙は目を細め、剣を構え直す。


「気づいたか? オレの固有スキル『闘気』は、やられればやられるだけ強くなる――ただそれだけだ」

「厄介な野郎だ……」

「ははは!! そうだろうとも! ――楽しんでいこうじゃねェか!!」


 ドン!! というすさまじい音が炸裂し、拓真が真っ直ぐに踏み込んでくる。


「なら、一撃で首を斬り落とすまでだ……」


 草薙は言うが、それが口で言うほど簡単なことではないことは理解していた。

 それは一ノ瀬拓真という戦士の性質に起因する。

 彼は、獣のようだ。独特の嗅覚のみ――いうなれば第六感に身を任せて行動する。その判断が異様に的確で、しかも攻撃的だ。何かしらの武術に基づいているわけでもないので、草薙の経験による予測も通用しない。むしろ、拓真は物理的な不可能に近い荒業をやってのけるので、草薙の経験に裏打ちされた予測が逆効果になっている節すらあった。

 現に、拓真は幾重もの傷を負っているものの、致命傷は一つも負っていない。

 それほどの『獣の嗅覚』が、拓真には存在した。

 ――だが、忘れてはならない。あくまで草薙たちは時間を稼げばいいだけであり、不利なのは士道たちだということを。

 とはいえ、一ノ瀬拓真がそんな些末事など考えているはずがなかった。



 ◇



「――やられたか」


 舌打ちの音は、山城京夜が発したものだ。

 戦闘しているのは、蒼井舞花。だがそれは一見、戦闘しているとは思えないほど遠距離における戦いだった。直線的に近づこうとすれば、矢の応酬が待ち構えている。

 そのため山城は『土精霊の恩恵』で地面に潜り、様子見をしつつ、舞花に接近していたのだが、その間に、超遠距離狙撃を許してしまった。これだけの遠距離に、魔力を込めた矢を放ち、正確に当てるなど、並大抵の能力ではなく、いくら固有スキルといえど『溜め』の時間が必要となる。遠距離の攻撃手段に乏しい山城はその隙を逃してしまった。

 おそらく、新魔王ルシアが死んだ。

 リーファたちの反応を見れば、そんなことは明らかだった。

 だが、


「捉えたぞ」


 射程圏内。

 山城はついに、蒼井舞花に即攻撃を叩き込めるほどの距離に近づいた。

 黒い髪をショートに切りそろえた美しい女が、冷徹な瞳で山城をにらんでくる。


「よぉ転移者さんよ、お前は何でこいつらの味方をしてんだ?」

「……あなたに説明する義理はない」

「つれねえ女だ、なっ!!」


 おそるべき勢いで放たれた弓の連射を、山城は土を隆起させ、魔力で強化することですべて受け止めた。ドゴゴゴ!! と凄まじい音が炸裂するが、土の壁には傷一つついていない。

 そのさまを見て、舞花は僅かに顔をしかめる。

 対する山城に――負ける気はしなかった。

 これでも、かつて世界を追い詰めたこともある男だ。

 当時のような力は発揮できないとはいえ、並みの転移者で歯が立つわけがない。


「――悪いなレディ、構えろよ、行くぜ」


 蹂躙が始まった。



 ◇



 そして。

 不死魔王リーファは、珍しくその無表情を変え、小さく、嗤った。


「……ようやく、ようやくだ」


 魔王は揃った。

 舞台は整った。

 詠唱は完了させた。

 すべての準備が――今、終わった。


「止めろ!」

「言われずとも……!」


 士道の焦ったような声音がリーファの耳に届く。

 迅が大剣を振りかぶり、強引な突進を仕掛けてきた。

 だが、もう遅い。

 何もかもが遅い。

 リーファは哄笑する。紅の瞳が妖しく輝いた。

 同時に、断続的に響いていた地震が、一気に規模を増していく。

 ズン……!! という轟音が響き渡り、迅たちが脚を取られ、バランスを崩した。

 同時に、幾何学的な紋様を描いた魔方陣が帝都全体に広がっていく。

 光り輝く紋様がリーファを中心に、絵を描くように広がっていく。帝都中から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえた。

 それは、もはや幻想的な光景ですらあった。


「やらせない……!」

「――君の相手は、僕だ」


 士道がリーファに向かって『瞬間移動』を仕掛けるも、おそるべき身体能力で近づいた翔が士道の剣を阻止した。ギィン!! と、鋭い金属音が炸裂する。


「……数百年。この時を待ち続けた」


 青色に光り輝く紋様の中心で、不死魔王リーファはひざまずく。

 次の瞬間。

 それらすべてを塗りつぶすかのような『闇』が、世界を覆った。


「――『魔神』ゲルマ様。この身は貴方のためだけに」


 その日。

 世界に神が降臨し、滅びの未来が確定した。

 

 


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