第12話 「勇者会議」
夜が更け、周囲は闇に満たされていた。
月が空に昇り、すでに数時間が経過している。
神谷士道はフィアと共に路地裏を歩いていた。
大要塞デュアルガにおける防衛戦の結果は敗北と聞いている。その戦いに参加していたミレーユ、レーナ、リリス、優花、ウルフェンは、明日には魔導都市アルスフォードに戻ってくるらしい。
無事だったことに一安心だが、いまだ予断を許さない状況だ。なにせ魔王軍が魔導都市を攻めてくることが、ほぼ確定したのだから。
(…………さて)
街の人通りは少なく、閑散としている。
いくら魔導都市とはいえ流石に事ここに至ると、避難した人も多い。むしろ、都市に残っている民衆が多すぎると言うべきだろう。おそらくは、魔導都市の技術水準から抜け出したくないがために。
「……監視カメラがそこら中にある。見られてるな」
「……カメラ? どういうことなの?」
「松山は地下から俺たちの存在に感づいている。レーナ達を待っている余裕はなさそうだ。急いだ方がいい。いずれ何らかの手を打ってくる。だからその前に乗り込んで、お前の仲間を助け出そう」
「……うん!」
フィアができる限り明るく首肯するのを痛ましげに眺めると、ふっと息を吐き、士道は意識を切り替える。
裏通りの奥にある少し開けた広場。その一角にある井戸を覗き込んだ。この先は地下水路に繋がっているらしい。
(松山の本拠へ繋がる道……)
明日は勇者会議だ。
そして確実に魔王軍新魔王派の襲撃もある。
騒ぎに乗じて『異界同盟』にも何か動きがあるかもしれない――が、明日では遅いかもしれない。
こちらが追い立てられ、松山の姿を見ることすらできずに終わる可能性が高い。そもそも、こうしている今もフィアの仲間の精霊たちは苦しんでいるかもしれないのだ。
だとしたら、ぼうっとしている暇はない。
士道は井戸に入り込み、水溜まりを避けて湿った地面に足を着ける。これまでより更に暗い視界。後から落ちてきたフィアが、光で辺りを照らしてくれた。
道が続いていることを確認し、士道は進んでいく。
フィアの望みを叶えてあげるために。
彼女の仲間を、同族を、苦しみから解放するために。
――己の信念を貫くために。
「行くぞ……」
奇しくも霧崎翔が見つけ出したものと同じルートを辿り、士道は『異界同盟』の本拠へ接近していた。フィアが地下研究所から逃げる際にこのルートを使ったのだ。
だから、大抵の罠は翔が取っ払っている。よって士道たちは何もないことに違和感を覚えながら進んでいく。
翔と鷹山の死闘など、士道には知る由もないのだから。
フィアの案内に従い、先へ、奥へと進んでいく。
やがて薄暗い地下水路が複雑な構造に変わり、機械のようなものも現れ始める。この街の中核へと近づいている実感を覚え、士道は警戒心を強めていく。
「……何だ? これは…………血、か?」
士道は道の途中で、戦闘の爪痕を目撃した。付近にべったりと染み付いている血と、破壊され、亀裂が入っていたり、穴が空いていたりする、コンクリートの地面。
死体はない。だが、尋常ではない血の量だ。おそらく侵入者がいて、それを始末したのだろうか。
随分と雑な処理だとは思うが、そもそも隠蔽する気がないのかもしれない。
(……ここで侵入者が排除されたとするなら……コイツがこれまでの罠を解除していて、この先にはまだあるのか)
士道はいろいろな推測をしながら、慎重に歩みを進めていく。現在のレベルは108。これまでの壮絶な戦いの経験から、もはやレベルオーバーにまで成り上がった士道の能力は尋常ではない。その鍛え抜かれた鋭敏な感覚は、罠が起動する前にすべてを解除、または回避していく。
そして、小一時間が経過した頃。
「…………あそこです」
鉄で造られた重厚そうな扉を見つけた。士道は罠を確認しつつ慎重に近づき、扉を開けようとする。だが。
「鍵がかかってるな……フィアはどうやって抜けた?」
「あなたのいる宿屋に入ったときみたいに、小さな光に分散して、隙間から抜けたよ」
「……なるほど。精霊ならでは、だな」
士道は一度息を吐くと、
「――叩き潰すか」
紫電の光が咆哮を上げる。
『雷撃』が扉を粉砕し――同時に、松山が仕掛けていた電子系の罠をすべて壊滅させた。
監視カメラすら雷が伝わり、爆発する。
「強引、だね……? 私は嬉しい、けど」
「どうやら分かってないみたいだけどな」
士道は驚いて目を見開くフィアを一瞥すると、
「俺はお前が思っているより、ずっと怒ってる」
――この連中は、気に食わない。
なにが『異界同盟』だ。
なにが、世界を救う為の転移者の集まりだ。
そんなものはクソ喰らえだ。人としての尊厳すら捨てて、それを安易に踏み躙るような連中に救ってほしい世界などない。だから、この手で潰す。もう二度と、彼らが掲げる大義の下に、押し潰される者たちがいなくなるように。彼らのせいで哀しむ人がいなくなるように。
「見ているのか、松山鬼一」
士道はコンクリートで固められた冷たい地下道を歩きながら、冷徹な口調で淡々と呟いていた。
監視カメラを潰されたぐらいで、あの世界最高峰の鬼才がこちらを見ていないとは思っていない。
必ず、二重三重の手があるはずだ。
その上で、士道は不敵に笑い、告げた。
「――ここから先は、奇術師の舞台だ。このラインだ。今を境にして、もう、お前の思い通りにはならない」
♢
――地下で何が起こっているのか、気づかぬままに。
夜が明け、燦々と輝く太陽が街を照らしていた。
魔導都市アルスフォードという要塞の中央、堂々と君臨する円柱状の塔にて――四人の勇者は集結していた。
大きいテーブルの四方に、それぞれが座っている。
「さっさと打って出るべきだろう! 何のためのワシらだと思っている? 当然、魔王軍を潰すためだ」
禿げ上がった頭に、何の意味もなさそうなサングラスをつけていて、アロハシャツに短パンというふざけた格好の中年男性。言葉とは裏腹に、周囲の反応を窺うように楽しげな笑みを浮かべている。
――ライン王国代表。“力の勇者“榊原迅。
「わざわざ行かなくても、そのうち来るんじゃないかな」
絶世の美貌。思わず息を呑むほど端正な顔立ちに、どこか透徹とした笑み。物腰穏やかで、身に着けている白の魔導服が似合っている。腰には白銀の剣が吊られていた。
――ミラ王国代表。“光の勇者“白崎大和。
「ただ都市を襲撃されるのを眺めていろっていうの?」
綺麗な黒髪のポニーテール。見目麗しく人を惹き付ける容姿に、華奢ですらりとした体つき。洒落っ気のないシンプルな服装が、むしろ美しさを強調している。先ほど等身大ほどの長刀を背負っていて、今は壁に立て掛けてある。
――レーノ共和国代表。“赤の勇者“丹波静香。
「無策に飛び出しても仕方ない気はしますが……」
背が高く、妖しげな雰囲気を醸し出す美青年。どこか女を惑わす色香を放っていて、感情の読めない微笑を浮かべながら、足を組んで座っている。その椅子には、彼の武器である長杖が置いてあった。
――ヴァリス帝国代表。“妖の勇者“柊悠斗。
『四強』各国を代表する四人の勇者。
そして彼らの傍には、その頭脳や手足となる強者達が控えている。各国首脳陣の思惑を頭に入れた者たち。
ライン王国最強の竜騎士。
――アルバート・レンフィールド。
ミラ王国の宮廷魔術師筆頭。
――マリアン・ドルストイ。
同じくミラ王国神聖騎士団長。
――サイラス・クロージャー。
ヴァリス帝国序列第五位『蛇』。
――シャーロット・バーネス。
そして、この国を本拠とするレーノ共和国の国議会の議長――松山の手駒である、平凡そうな見た目をした金髪の中年男性。リード・マティアス。
(…………この空気感)
リードは圧力に耐えかねていた。
共和国議会の議員にして魔導都市の市長。共和国が滅亡寸前となっている現状では多少なりとも危ういが、これまで良いポジションにつけていた理由は、ひとえに松山鬼一の後押しがあったからに他ならない。
だからこそ『異界同盟』の不利益にならないよう、リードは注意して場を進行しなければならないのだ。
そう思って勇者会議に臨んだ。
だが。
(……無理だ。私では話に入り込めない)
それも当然。
この場にいるのは、すべてがレベルオーバーの怪物。ただそこにいるだけで、他を圧倒するほどの存在感がある。
そういうわけでリードが冷や汗を浮かべながら傍観していると、勇者たちは二つの意見に別れていた。
迅と静香はこんなところで悠長に待っている暇で、魔王城を急襲しようと考えている。
大和と悠斗はここで待っていれば勝手に攻めてくるだろう、その方が迎え撃ちやすいと言っている。
確かに魔導都市は要塞であり、他より格段に優れた技術レベルから、迎撃手段は多数ある。
ただ、悪魔が空を飛べる以上、内部への侵入を防ぐことは不可能に近く、その場合は都市の民衆を巻き込むことになる。
とはいえ、この都市特有の装備を纏う冒険者や傭兵などもそれなりに控えているし、一般人も多少の自衛手段は備えている。そもそもいまだにこの都市に残っている以上、戦いを覚悟している側面もあるだろう。
それらを踏まえた上で、どう判断するのか。
「――議長」
リードが顎に手を当てていると、部屋の外を警備していた兵士が慌てたように駆け込んできた。
「何だ、会議中だぞ!?」
「済みません、しかしこの塔に接近する影があります!」
「何だと? 警備はどうした!?」
「あらかじめ潜んでいたとしか思えません! ただ、怪訝な点がありまして――悪魔ではないんです」
その言葉で、臨戦態勢に入っていた勇者たちは一斉に眉をひそめた。――悪魔ではない? ならば、いったい誰が何をしようとしているのだ? と。
そんな言葉を交わしている間に、"それ"は来襲する。
ゴッ!! という凄まじい音が炸裂した。
石造りの壁が勢い良く叩き壊される。
勇者たちが飛び退り、それぞれの武器を構えた。砂煙が巻き起こり、文官の悲鳴が響き渡る。
そして、徐々に砂煙が晴れていく。
すると、気絶している何人かの警備兵を引き摺りながら、堂々と部屋に侵入してくる男がいた。
「……ハハハ! これは驚いた!」
榊原迅が愉快そうに笑みを浮かべる。
やがて完全に煙が晴れると、瓦礫と化した石を踏み固めるように立っていたのは、無骨な剣を持った黒髪の青年だった。
眠たげな瞳に、髪が乱雑に跳ねていて、安物に見える適当な布服。平凡な容姿だが、それに似合わぬ強大な威圧感がリードを打ちのめしていた。
その男は剣を肩にかけながら、告げる。
「――草薙竜吾だ。お前ら勇者に、話がある」
男の冷徹な眼光は勇者たちに有無を言わせず、「黙って聞け」と威圧していた。




