第7話 「怪物だらけの前哨戦」
勇者会議は前日にまで迫っていた。
魔王城から舞い降りる悪魔たちの猛攻に、大要塞デュアルガの共和国軍は必死に対抗していた。
「まさか、新魔王自ら来るたァ思わなかったぜ」
そう。今回の魔王軍に出し惜しみはなかった。文字通り総戦力が、デュアルガが落としにかかっている。
当然だろう。今ここを落とせば、余裕すら抱いて魔導都市アルスフォードを睥睨できるのだから。
「俺様も今回は本気なんでな」
この戦いに傭兵として参戦していた一ノ瀬拓真は、拳を鳴らしながら態勢を低くしている。
敵は『三大魔王』の一角。相手にとって不足はない。
拓真は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「なら、落としてみろよ。悪ィが、今回は手強いぜ?」
拓真の言葉は真実だった。確かに魔王軍の総戦力はおそろしい数で、共和国軍が対抗できる程度の数でも質でもなかった――が、実際に、押し返されているのは魔王軍の方である。
その理由は、戦場の各所で猛威を振るう怪物たちの存在だった。
「ハハハハハハ!! そんなものか、上位悪魔よ!?」
大剣を振るうのは、“力の勇者“榊原迅。
他の勇者とは異なり、堂々と真正面からアルスフォードにやってきた禿頭の派手な勇者は、要塞デュアルガを護る為の戦いに参加し、軍の士気を上げていた。
「フン。失せろ、カス共……ッ!」
炎を自在に操り悪魔を灰燼に還すのは、『真実の四使徒』葉山集である。勇者会議を無事に開催する為、天使側の味方として防衛戦力に加わっている。
「みんな、踏ん張れ……!!」
長刀を舞うように振り回す黒髪ポニーテールの美少女は“赤の勇者“丹波静香。崩壊寸前とはいえレーノ共和国軍の象徴。士気を上げる存在。
絶大なる力を宿す転移者の一角である。
それだけではない。
世界にたった三人の超級冒険者。
そのうち二人も、この戦場に参列していた。
アイザック・クライン。
ミレーユ・マーシャル。
規格外のレベルオーバーである。
アイザックは拓真の連れだ。
迷宮『奈落』に挑む仲間を探しているアイザックは魔王軍の『切り札』の情報を入手したらしく、それに興味を示している。だから参戦したのだ。
ミレーユは“聖女“浅場優花、猫獣人のレーナ、ハーフエルフのリリスも戦場に顔を出していることを考えると、おそらくは聖女が『真実の四使徒』の使命として参戦しなければならないから、彼女を護る為だろう。
拓真としては、リーダーの神谷士道がいないことが少し気にかかったが――些細なことだ。
あの士道が遊んでいるということはあるまい。
何かしら動いているはずだ。
「……来たか」
だが。
この戦況に対して新魔王ルシアが手を打っていないはずがなかった。大地に振動が響く。それは幾千もの足音だった。
魔物。
それは数千を越える多種多様な魔物だった。
上位悪魔には魔物を従える性質がある。一人ではせいぜい数百体が限界だが――現存する上位悪魔のうち五人全員を魔物収集に動員すれば、この程度の数は必然だろう。
そして新魔王の手札はそれだけではない。
空。
蒼天に輝く帝王。
新魔王の片腕であるグライブ・セラキオスが、何百体もの翼竜を引き連れて接近していた。いくら上位悪魔と言えども、賢い竜種ともなれば中々従えられるものではない――が、老獪なる奇術師グライブの手腕にかかれば、この程度は造作もないことだった。
人間側がその迫力に圧倒され、一瞬、手が止まる。その隙を穿つように悪魔側が盛り返し始めた。
誰もが焦りを浮かべる中、拓真だけが愉しそうに口元を引き裂いている。
だが。
「人間の底力は、こんなものではないだろう」
魔導都市アルスフォードの方から、別の竜種が何十体か疾走してきていた。その背には人間が載っている。
グライブの方とは異なり、細部まで統制の取れた竜騎士の集団。答えは出ていた。
ライン王国が誇る最強の竜騎士隊。
その一角だった。
率いるはライン王国最強の竜騎士。
アルバート・レンフィールド。
「我ら竜騎士!! 王国の信義に従い、盟友たちを助けよう!!」
おお、と雄叫びが上がる。
だが。
グライブが、ニヤリと笑うのが見えた。
新たな希望となった竜騎士隊を、『心象結界』でまとめて閉じ込めようとしているのだろう。
刹那。
「やらせないよ」
グライブの目の前に、いつの間にか美しい少年が立っている。否。出現していた。それも的確ではない。現れている――ような気がする。そこでようやく拓真はそれが幻術であると気づいた。
「ほう? 何者ですかの?」
「ヴァリス帝国序列第四位『勇者』……柊悠斗」
幻の少年は苦笑すると、
「はは、こう名乗れって決まりでね。ほんとはこんな大層な言い方はしたくないんだけど」
「ご謙遜を。素晴らしい妖術の腕ですのぅ。ホッホッ」
「ま、そんなわけだから――巻き込まれてくれ」
グライブが悠斗と共に姿を消した。拓真には何が起きたのかまるで分からない。あの手の連中は相性が極限に悪かった。そもそも戦っていて楽しくない。
グライブを失った翼竜たちは、統制を失って暴れ出した。アルバートたち竜騎士隊がそこに飛び込んでいく。
圧倒的な数の差はあるが、類稀なる連携で淡々と翼竜を仕留めていく。
榊原迅が数千体いる魔物の方に飛び込んで大地を割り、リリスの『魔閃光』が魔物を殲滅していく。
「おい魔王様!! そろそろ切り札出してくれてもいいんじゃねえのか、結局押し返されてんぞ!?」
アイザックが笑いながら、叫ぶ。
対するルシアは笑った。
「……そんなことははない」
ゴッッッッ!! と、魔王城から放たれた大砲がデュアルガを襲った。魔王城に備えられた古代兵器。その真価がまざまざと見せつけられる。魔力の光線。リリスの『魔閃光』に似ているが――それを量産しているという事実。「はぁぁぁぁぁ!!」と、世界最巧の魔術師ミレーユが結界を貼る――が、止められない。
各所に響く爆撃が戦場を混乱させる。そして、混乱した状況で強いのは当然――地力が高い悪魔の方だ。
「さて」
次から次へと戦況をひっくり返しながら、新魔王ルシアはゆらり、と魔剣を構えた。
「お、ようやく相手してくれる気になったかよ?」
「そうだな。さっさとお前を倒して先に進む方が手っ取り早い」
「ハッハァ!! そうこなくちゃよォ!!」
拓真の戦意に溢れた雄叫びと共に、両者が激突する。
各所で地面が割れ、空が震え、街は破壊されていた。
数千の悪魔と、数万の人間。数十人を越すレベルオーバー。何人もの勇者と、魔王。まさに世界最大規模の戦いが――まるで前哨戦のように淡々と幕を開けていた。
♢
一方、その頃。
神谷士道は一人で街の裏道を歩いていた。
――数時間前。
士道は宿屋の一室で寛いでいた。
ミラ王国が存在するユーレンザラード大陸から中央大陸まで船に乗り、封鎖されてるヴァリス帝国を越えてレーノ共和国に入り、魔導都市アルスフォードへ。
そんな長旅の疲れを癒やすため、士道はゆっくり風呂にでも入ろうかと考えていた。
レーナ、リリス、ミレーユはまだ戻ってきていない。
ウルフェンは街の中に入るとき、森に放っていた。
魔力的な繋がりがあるので呼べば戻ってくる。そうでなくとも、主人の危機を察することはできるので特に問題はなかった。
簡素な布の服に着換え、椅子に浅く座ってベッドに足を放り出していた士道だが――目の前に、小さな光の結晶が徐々に集まり始めているのを見て、顔色を変えた。
「……なっ」
絶句。ありえない現象など山ほど見てきた士道だったが、流石に窓や扉の隅から侵入してきた淡い光の粒が集合し――人の姿を象るとは想像が追いつかない。
士道は咄嗟に身を翻すと、壁に立て掛けていた『天魔刀』を手に取る。
だが、光が形作る人間を士道は知っていた。少なくとも既知の容貌をしていた。
輝くような金色の髪。宝石のように蒼い瞳。人間味を感じられないほど美しい少女が――裸でそこに存在を作り出した。一糸まとわぬ体には未熟ながらも美しい曲線が描かれていて、蠱惑的な魅力に溢れている。
「……お前、どうしてここに」
精霊王フィア。
もう三ヶ月ほど前の出来事か。
玄海と共に災厄の島にある古代の遺跡を探索したとき、奥地でフィアの結界に士道が迷い込んだ。
確か、龍魔王ウォルフが封印されているあの場所を監視する役目を果たしているのだったか。
「シドー……」
あの不思議な空間で、別れ際にキスをされた。
『精霊王の恩恵』という魔力制御をしやすくなるスキルを与えてくれたのだ。それは今でも、士道を支える縁の下の力持ちのような立ち位置になっている。
――そんなことより。
今は、もっと重要なことがあった。
フィアが涙を流している。
哀しそうに、悔しそうに、だけど、そうすることしかできないように。
「お願い」
フィアは淡い光にぼやける体で、告げる。
必死に、懸命に、それだけが望みだと言うように。
「あの子たちを……たす、けて…………」
あの子とは誰なのか。
そもそも誰から助けるのか。
いったい何が起こっているのか。
全く状況を理解できないまま、それでも士道は揺るぎない口調で断言した。
もう大丈夫だぞ、と、安心させるように。
「任せろ」




