↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第五章 悲劇に咲く一輪の花よ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/176

第6話 「静かな炎」

 彼女は苦しんでいた。 

 否。正確に言えば、彼女たちは苦しんでいた。


「……ふむ」


 無感情な声が地下の無機質な空間に響く。

 モノクルをつけ、白衣を着た中年の男のものだ。


「やはり、アナタたちは良い」


 松山鬼一。

 稀代の天才科学者である彼の前では、金髪の美しい少女が苦悶の表情を浮かべていた。

 少女は緑色の溶液の中に沈められている。まるで円柱型の水槽のように、周囲はガラス面になっていた。

 松山は手元の羊皮紙に、次々と文字や数式を書き込んでいく。それは当然、異世界人には理解できるものではなく――転移者にすら意味不明なものになっていた。

 松山はふと文字を連ねるのをやめると、ぐるりと首を回して周囲に視線を向けた。

 視界に映るのは、先ほどまで眼前にいた少女と同じく、誰かが収められている円柱型の水槽。それが数百個も松山の周りに並べられていた。

 誰もが緑色の溶液に浸かったままだが、息が苦しそうな者は誰もいない。当然だ。

 彼女らは人間ではないのだから。

 

「魔力吸引を開始するのデスよ」


 松山は軽い調子で呟く。口元には薄い狂気の笑みが刻まれていた。  

 直後。

 地下の研究所の最奥にて、一斉に数百人が絶叫を上げた。誰もが藻掻き苦しんでいた。阿鼻叫喚の絵図。まさに地獄を体現したかのような光景だった。

 それを作り上げたのが松山だが、別に彼ら彼女らを苦しめようと考えて魔力吸引をしているわけではない。すべては自身の研究の為だった。

 ――この世界は面白い。

 未知の物質。未知の組み合わせ。未知の生き物。驚きと好奇心が疼く興味深いものがたくさんあり、地球では再現できなかったさまざまなことができる。

 まだまだ、世界を調べ尽くしていない。


 だから、まだ世界に滅亡されては困るのだ。

 せめて松山がこの世界に飽きるまでは何とか延命してもらわなければ困る。

 詰まるところ――松山が行っているのは、その世界延命の為の実験だった。

 このまま女神の『システム』を発動し続ければ、この世界を支える魔力の大海は残り十ヶ月で潰える。

 松山はその『システム』を破壊する為の実験を続けたが、条件を曖昧にしか知らず、しかも神力で補強されたそれには手が届くことはなかった。

 ならば、どうするのか。

 松山が導き出した結論は単純だった。


 魔力が喪われていくのと同じぐらいの速度で魔力を増やし続ければ世界は存続する。


 そして。

 その実験の為に目をつけたのが――精霊だった。 





 ♢




 


 霧崎翔は薄く嗤っていた。

 とある路地裏に蹲り、擦り切れた布を頭から被っている彼を見て、眉を顰めながらも人々は歩いていく。

 そして二秒後にはその意識から消える。

 だからこそ翔の瞳に宿る、常人なら底冷えしそうなほどに冷たく鋭い視線には気づかない。

 ――魔導都市が誇る高度なセキュリティ、か。

 翔は笑っていた。否。嘲笑っていた。翔は天才だ。千年に一人と云われた稀代の忍術師である。世界最高峰の技術だろうが、天才科学者が自ら編み出した監視システムだろうが――その程度の防備で、翔が抑えられるはずがなかった。

 翔には神懸かり的な隠密の才能がある。これまで、それは主に逃亡という側面で発揮されてきた。

 海上都市アクアーリアにて、神谷士道ら冒険者集団から『呪印』の悪魔を使って逃げ出したように。

 ピレーヌ山脈にて、力の勇者と王国最強の竜騎士アルバートから逃げ切ったように。

 ミラ王国王都にて、病魔事変の最中を掻い潜り、誰にも気づかれず密かに姿を消したように。

 だから、誰も気づかない。

 翔の隠密としての才能の本質は追跡と侵入だということに。

 逃亡と追跡には全く別種の才能が必要だという――そんな一般論が、翔に通用するはずがなかった。


(……地下水脈か)


 翔は人通りが途切れた隙に、暗く深いマンホールを通り抜けて地下に侵入した。

 綺麗な水が流れている。つまり下水道ではない。そもそも、ここはただの水道などではない。

 翔は一度も道を間違えず、奥へ奥へと進んでいく。まるで知っているかのようだった。


(『異界同盟』の本拠に繋がる道、ここだな……)


 翔はすでにこの街の大部分は把握していた。兵の配置や街の構造から勇者たちの居場所は推定してある。街の構造から逆算して『異界同盟』の本拠も幾つか見定めていた。その推定が正しい道を引き当てているのだ。

 ちなみに勇者会議の実施場所も幾つか想定があるので、偵察に来ていた下位悪魔を通じて新魔王ルシアに向けて情報を送ってある。

 翔は人間側の味方ではないのだ。できるだけ引っ掻き回してくれる方が都合が良い。だからと言って悪魔の味方でもない。翔には翔の目的がある。

 その為に『異界同盟』の本拠を探り当てた。

 己の目的の為だけに、翔は――


「あー、ここで止まってくれないッスかね?」

  

 遠方から、声。

 当たり前のように翔はその存在に気づいていた。

 軽薄そうな顔立ちをした茶髪ピアスの青年。その顔には面倒臭そうな色が浮かんでいる。

 脇に控える二人の美少女は嘆息しており、どうやら無理やり引っ張り出されたのだろうと想像がつく。

 鷹山祐介。

 『貸借』と『強奪』、『支配』の固有スキルを宿していて、何十人もの美少女奴隷を引き連れている男である。


「……別に止まっても構わない。僕はその先に興味があるわけじゃないからね」

「あ、そうなんスか? 見たところ転移者ッスよね? オレっちたちに用がないんなら、何でこんなところまで?」

「君に用があったんだ」


 翔は優しげな口調で言う。

 その柔らかな雰囲気に敵対心は見えない――が、茶髪頭をかく鷹山は、どうにも怪訝そうに眉をひそめる。

 

「オレっちに? いったい何の用が?」

「君の固有スキルが欲しい」


 翔はあくまで平然と言った。

 いつも通りに薄く笑みを浮かべていた。

 対する鷹山は鋭く目を細めた。当然だろう。いくら鷹山でも、この状況でふざけてはいられない。

 なにせ翔は鷹山の固有スキルが欲しているのだ。互いの固有スキルを奪い合える女神の『システム』。それを理解している転移者が、同じ転移者に向けて告げるその言葉は――殺害予告と同義だった。


「……ふざ、けるな」


 怒りに震えたように呟いたのは、鷹山ではなかった。

 その隣に立っている美しいエルフの奴隷だ。

 彼女が一歩前に出ると、地下水路の前方、後方から何十人もの奴隷が高速で迫ってきて、数秒で翔を囲んだ。

 皆可愛らしい顔立ちをしていて、人種は多種多様。この奴隷軍団のリーダー格が、鷹山の隣にいるエルフの美女と狐耳の少女のようだ。

 飄々と周囲を見回す翔に、濃密な殺気が襲いかかる。

 淡々と『鑑定』を繰り返したが、奴隷軍団は平均してレベルは70前後。第二級冒険者に匹敵するレベルだ。翔は感心して息を吐いた。

 それが煽ってると思ったのか、エルフの美女が号令を告げようとした――刹那。


「待て」


 鷹山が鶴の一声を出した。

 普段のような浮ついた敬語もどきではない。地の底に響くかのような重い声音だった。


「ご主人様……」


 心配そうに奴隷たちが鷹山の方に目をやる。殺気は完全に霧散していた。しかし翔が最も驚いたのはそこではない。鷹山が――『支配』の固有スキルを使っていないことだ。ただの一声で、爆発寸前の集団を止めた。それは並大抵のことではない。

 

「この奴隷たちは……スキルで支配下においていたわけじゃ、ないってことだね」

「そんなことをして何が楽しいんスか? オレに惚れてない奴を一緒に連れてきたって、意味ないでしょ」


 口調は少し元に戻ったが、声の響きにこれまでのような軽薄さは欠片も見当たらない。


「同郷のよしみで一度だけ言うッスよ。……今なら聞かなかったことにしてやる。この場から、失せろ」

「……」

 

 本気の声音だった。

 微塵も揺るぎない意思。当然だろう。ただ、チャラついてへらへらしているだけの男に、これだけの奴隷がついてくるはずがない。これだけの信頼を寄せられるはずがない。鷹山には鷹山なりの信念があり、護るべきものがあり――その為に『異界同盟』に所属している。そんなことは、目を見ただけで分かっていた。


「……これだけの女の子を、悲しませることになるとはね」


 それが翔の返答だった。

 鷹山が手を上げる。戦闘の幕が開く。その直前。『霊体化』を使った翔が完全に姿を消した。戦場に混乱が響き渡る。鷹山が「静まれ!!」と叫び、周囲を静寂が支配した。その間に翔は、密かに鷹山に接近している。

 だが。


「あたしの目は――誤魔化せないッ!!」

  

 後方から突撃してきた兎耳の少女にハンマーで殴りつけられ、翔はおそろしい速度で吹き飛ばされた。鈍い音が炸裂する。激痛。『霊体化』しているのに、なぜ物理攻撃が直撃したのか。分からない。脳が朦朧とする。――だが、思考を止めている場合ではない。翔は煙玉を幾つも取り出し、周囲に均等に投げた。白い煙が視界を覆い尽くし、翔はゆっくりと息を吐いた。


(……間違いない。武器だろうね。士道の『天魔刀』やルシアの『蛇剣』と同じく……おそらくはスキル無効化系の魔導刻印……!)

  

 翔は歯噛みしながら、足音を立てずにゆっくりと移動を開始した。鷹山の奴隷たちの喧騒が聞こえる。翔は再度『霊体化』。喧騒の反響で周囲の地形を把握し、鷹山の位置を探ろうとした。しかし。


「……“風爆“!!」


 轟ッッッ!! と風が唸り、煙が吹き消される。すると兎耳の少女が翔の方を向き、狐耳の少女が翔のいる場所に輝きを灯した。どうやら狐耳の少女も『霊体化』している翔の居場所を探る手段を持っているらしい。『鑑定』によると固有スキル『魔力辿り』――これか。

 だが『霊体化』中の翔に攻撃できる手段を宿しているのは、魔武器を持つ兎耳の少女だけのようだ。とはいえ、『霊体化』はおそろしく燃費が悪い。そのまま使い続ければ、数分も持たない。

 だから翔はこまめに切り替える使い方をしていた。

 翔は『霊体化』を解く。自らに向けられる何十もの視線に向けて――酷薄に笑う。

 対する奴隷の王は、脇にエルフの美女を従えながら――端的に呟いた。


「殺せ」





 ♢






 地下で激突する転移者と転移者。

 密かに、戦いの火蓋は切って落とされていた。


 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。