第十二話 お守り。
幼稚舎から大学院まである黎明学園は、エスカレーター式とはいえ、簡単にそのエスカレーターに乗ることはできない。
いくら内部進学とはいえ、難しい試験にパスしなければならないのだ。
内部進学率は60%。
その中に、なんとか入りこまなければならない。
学年トップの優希君には関係のない話。
問題は私。
現時点で合格ラインすれすれ。
ママが藤宮学園を勧めた本当の理由は、この辺りにあったのかもしれない。
放課後と休日に行われる「勉強会」は「優希君が舞子に勉強を教える会」と言った方が正しい。
優希君は必死だった。
どう教えたらわかりやすいか。
どうしたら覚えやすいか。
気付くと優希君の目は、いつも真っ赤だった。
その思いに応えるべく、私も一生懸命勉強した。
家中のあちこちに年号を貼り付け、いつも片手に単語帳。
睡眠不足で体育の授業中に倒れたのをよいことに、そのまま保健室で受験勉強に励んだこともあった。
人を好きになるということは、本当に凄いことだと思う。
同じ中学に通いたいという思いがなかったら、こんなには頑張れなかった。
なにより勉強のためとはいえ、優希君と一緒に過ごせる時間は、本当に幸せなものだった。
それまで無意味だった一分、一秒という時が、とても大切で愛おしいものに思えた。
やれるだけのことはやった。
短期間ではあったが、そう思えるだけの勉強はした。
それでもやはり、気持ちは悪い方へと傾いてしまう。
もし試験に落ちたら、どうしよう。
「舞子」
試験会場である学校へ向かう途中、それまでずっと黙って前を歩いていた優希君が、突然立ち止まり振り返った。
「これ」
ポケットから取り出された白い紙袋が、目の前に差し出された。
わけのわからないまま受け取った私に、優希君の目が開けるよう促す。
「これ――!」
中から現れたのは、学問の神様で知られる、湯島天神の赤いお守りだった。
「おまえ頑張ったし、そんなの必要ないとは思うけど」
「そんなことない!」
一緒の中学に行くと決めてから、平日は勿論、休みの日もずっと勉強を教えてくれた。
自分の時間なんて、ほとんどなかったはずの優希君。
その優希君が、私のためにお守りを買ってきてくれたのだ。
お守りの存在よりも、その事実が、私に勇気を与えてくれた。
「舞子、絶対合格できるような気がしてきた」
「それはよかった」
微笑む優希君の姿は降り注ぐ陽射しよりも温かく、私の心を優しく包んでくれた。