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大好き!  作者: 七海 華
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第十話  母です。

 勉強は図書館を使わず、舞子の家ですることになった。


 勉強を教えてもらうお礼に、ママがお昼をご馳走したいと言い出したのだ。


 お昼どころか夕食も一緒にというママの言葉に、優希君は激しく遠慮した。


 だが、いつの間に調べたのか分からないけど、ママは優希君のお父さんの法律事務所に勝手に電話をし、勝手にOKをもらってしまった。


 普段のママからは想像出来ない手際のよさに、優希君だけでなく私までも、受話器を片手にニッコリ微笑むママを呆然と見つめてしまった。


 そんなわけで、今日も優希君は家に来る。


 昨日は勢いで、家に来ないなどと言ってしまったが、昨日と今日では状況が違う。


 優希君が訪ねてくるのだ。


 わざわざ私の家に。


 そう思うと胸がざわざわして、何度も掃除機をかけたり、意味もなく本棚の書物を並べ代えたりした。


 約束の九時五分前、インターフォンが鳴った。


 大きな返事と共に飛ぶようにして階段を駆け下り、受話器をつかむ。




「おはようございます。矢神です」




「門の鍵開いてるから、中へどうぞ」




 きちんと名乗るあたり、優希君らしいなと思った。


 しかも、苗字だし。




「いらっしゃい、優希君!」




 息を弾ませ玄関のドアを開く。


 視界に飛び込んできたのは、サーモンピンク。


 おやっと思いながら顔を上げる。


 アシメントリーの黒髪が風に揺れていた。


 二重なのに切れ長で、涼しげな目元。


 はっきりとした顎のライン。


 柔らかな弧を描く唇は、綺麗なサーモンピンクで彩られていた。


 見上げるほどのスレンダーな長身を、タイトミニのスーツで包んだ美しい女性。


 どこかで見たことがある。


 一体どこで……。




「優希の母です」




「お母さん!?」




 そうだ!


 父兄参観で、すんごい美人がいるって騒ぎになった、優希君のお母さんだ!




「どうしたの、舞子」




 きっと御近所中に響き渡るような、大きな声だったのだろう。


 パタパタと急ぎ足で近付いてくるスリッパの音に、パニック状態の頭のまま振り返った。




「ママ! 優希君のお母さんが!」




「あらあら」




「昨日は優希が大変お世話になりました。夕食までご馳走になってしまって、申し訳ありませんでした」




「お世話になっているのは、舞子の方ですよ。御自分の勉強もあるでしょうに、舞子の勉強まで見ていただいて」




「人に教えるためには、自分が理解していなければなりません。自分のためになりますから、どんどん使ってやって下さい」




「あらあら、そんな」




「これ、お口に合うかどうか分かりませんが、よろしかったら、召し上がって下さい」




「あらあら、却って申し訳ありません」




「いいえ」




 躊躇いがちに包みを受け取るママに、優希君のお母さんは、ニッコリと微笑んだ。


 間近で見れば見るほど、すんごい美人。


 溜め息が出るほどの美女って、こうゆう人のことを言うんだろうな。




「舞子ちゃん」




「はひ!」




 完全に見惚れていた私は、何とも間の抜けた返事をしてしまった。


 そんな間の抜けた私を笑うことなく、優しい笑みを向けてくれた。




「舞子ちゃん、一人っ子よね」




「はい」




「優希も一人っ子なの」




「はい?」




「でも、お婿に出すの、全然OKだからね」




「はいっ?」




「母さん!」




 それまで私と同じように、大人のやりとりを見ていた優希君が割って入った。




「約束してるんだろう! 早く行けよ!」




「まあ、照れちゃって。顔が真っ赤よ」




「うるさい!」




「それじゃあ、舞子ちゃん。また会いましょうね」




 ヒラヒラと手を振り、蝶のように軽やかな足取りで去って行く後ろ姿を見つめながら、お母さんの言葉を頭の中で繰り返した。


 お婿に出すの、全然OKだからね。


 お婿?


 お婿って、え―っ!


 悲鳴より先に腰が砕け、その場にへたりこんだ。




「舞子!?」




 ママの声に、弾かれたように優希君が振り返った。




「大丈夫か、舞子!?」




 目の前に両膝をついた優希君が、心配そうに覗き込む。




「ごめん、母さんが変なこと言って!」




「ううん。全然平気。ちょっと、びっくりしただけだから」




 優希君の助けを借りて立ち上がる。




「本当にごめん」




「大丈夫よ!」




 いつも冷静沈着な優希君が、うろたえているのがはっきりと分かった。


 好きな人の普段見せない姿を見られるのって、自分が特別な存在になれたような気がして、好き。




「優希君」




「はい」




 ママに呼ばれた優希君は、私の背後に視線を向けた。




「一人っ子だけど舞子、お嫁にだすの、全然平気だからね」




「マッ、ママ!?」




 驚いて振り返った私に、ママはにっこりと微笑んだ。




「ママまで、何言って――」




「いいんですか」




 いいんですか?


 いいんですかって何!?


 驚いて視線を戻す。




「勿論よ」




「よかった」




 ママの言葉に心の底から安心したような笑みを浮かべる優希君の姿に、胸がキュッと痛くなった。




「……よかった?」




「うん。よかった」




 少しはにかみながらも、優希君はまっすぐに答えてくれた。


 嘘のない真剣な眼差しに、言葉の持つ意味の重大性を理解した。


 瞬間、喜びと恥ずかしさに腰から下の力が一気に抜け、またもや、その場にへたりこんでしまった。



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