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第3話 ジレンマの中で



 DISPELLERS(仮)


 03.第3話 ジレンマの中で



 梅雨の走りの頃、学校内である一つの噂が駆け巡り、密かに囁かれていた。

 その手の、いわゆるゴシップの類には疎い、というか全く関心がない明月も、この話にだけは耳を欹てた。

 それは、1年生の女子が3年生の男子をブン殴った、というものだった。

 その女子の名は、ダイコン。


 ダイコン、とはもちろん曄の事を指している。

 彼女の聖護院という姓から、そう聞いて真っ先に連想されたものが、彼女を表す隠語として生徒の間で使われている

 のは明月も知っていた。


 噂では、執拗に交際を迫った男子生徒に曄がキレたものらしい、というのだが、確かにあの曄ならば有り得る事だし、

 仮に事実だと言われても、明月は何も不思議がったりはしない。

 彼は既に3回、彼女の鉄拳制裁を受けている。  

 本人に直接、真偽を確かめるのが一番いいとしても、依然として学校では完全無視され続けている現状を考えれば、

 それもままならない。

 ただ、殴ったとなると、それは傷害事件だし、学校側としても何らかの動きがあるのではと思われたが、表立っては

 何もないというか、そこまで大問題には発展しなさそうだ。

 ところが、この噂を契機にして、曄を取り巻く状況が少しずつ変化する兆しを見せ始めた。

 というのは、噂の原因になった3年の男子生徒というのは札付きの遊び人で、イケメンなのをいい事に、次から次へと

 女を替えては捨てるを繰り返す、一説では既にホストクラブに就職が内定している、とまで言われるような男なのだ

 そうで、以前から校内の女子生徒達の評判はすこぶる悪かったらしい。

 その男をボコボコにしたというので、女子の間で彼女の評価が一気に高まっているのだ。(噂は誇張されるのだ)


 曄については、顔は可愛いがそれだけ、怖い、暗い、つまらなそう、というのがほとんどの男子生徒の感想で、彼女に

 積極的に話しかける者はまずいない。

 バカとスケベを除いて。

 その一方で、女子の中には、そのミステリアスな雰囲気とクールさがカッコいいと言う者が現れ始めて、それまで

 ほとんど顧みられなかったのが一転、一目置かれる存在となりつつあるのだ。

 曄はこの状況をどう受け止めるているのだろう。

 彼女が学校の人気者になる光景など、想像も出来ないのだが。

 明月は、これ以上噂に尾ひれがついてエスカレートして行かなければいいな、と思っていた。


 そんなある日の昼休み、明月の携帯にメールが届いた。

 −−放課後 校門−−

 またこれだ。

 (っていうか、いきなり今日かよ。 いつもいつも唐突過ぎるって)

 そして放課後。

 生徒昇降口に向かって階段を下りる明月の元へ、再びメールが届く。

 −−武田屋−−

 武田屋とは、学校近くにある、この学校の生徒ならば誰でも知っている事務用品店の名前だ。

 待ち合わせ場所を変更するらしい。

 (だから、急過ぎるんだってば)

 最近、注目度が上がっている曄には、校門での待ち合わせは目立ち過ぎると思ったのだろう。



 ☆



 武田屋へ行くと、店先で立っている曄がいた。

 曄は、明月が近付いて来るのを見つけると、そっぽを向くように1人でさっさと歩き出して行ってしまう。

 (またこれか・・・、あの子のツンデレは筋金入りだな)

 明月は、黙って彼女の十数メートル程後ろをついて行く。

 暫く歩くと突然、彼女が立ち止まって振り返った。

 (ん? なんだ?)

 明月が側まで近付くと、手にしていた竹刀袋をグッと明月の胸元に突き出して一言だけ口にした。

 「持って」

 ちょっと戸惑いながら受け取る明月、何事もなかったように彼女はまた1人でスタスタと歩き始めた。


 なんだこれは、どういう意味だ、どういう意思表示なんだ?

 明月は悩んだ。

 普通に考えれば、自らの武器を預けるという事は、曄がそれだけ明月を信頼している証しと見る事が出来る。

 しかし、彼女の態度や表情を見る限り、未だにそこまで彼を信頼している風には見えない。

 彼女は、明月はおろか、他の誰をも信用してはいないのではないだろうか。

 これまでの彼女を見ていると、そう思えてならない。

 とすれば、この行為は何を意味するものなのか。

 (もしかして・・・・、ただの荷物持ち? 俺は下僕か)

 確かにそうかも知れない。

 今まで後生大事に持ち歩いていた竹刀袋を、明月に持たせたという事は、曄の中に何か心境の変化があったのは確実

 と見ていい。

 まさか、噂の主人公になって、天狗になっているという訳でもなかろうに。

 彼女がそれほど単純な精神構造の持ち主なら、もっと早い段階から率直に自己主張していたはずだ。

 何がどう変わったのか、変わろうとしているのか、知る由もないが、少なくとも明月に対して敵対心を持っていない

 事だけは間違いない。

 前回の事があるだけに、それを思うと、明月はちょっと嬉しかったりする。


 淡々と歩き続ける曄。

 一体、どこまで行くのだろう。

 「どこまで行くんだ〜、曄ちゃん」

 「・・・・」

 「まさか、荷物持ちのために呼んだってんじゃねぇだろな」

 立ち止まった曄は、振り向き様に厳しい目つきで言い放った。

 「言っときますけどね、あなたはあたしの助手なの。 黙ってついて来ればいいのよ」

 「あれ?、いつから助手になったんだよ」

 「初めっからよ」

 「そうだっけ?」

 「そう言わなかったかしら」

 (うわー、それじゃまるで、姐御とその付き人Aだよ  この前の事、まだ根に持ってんのか?)

 何時にも増して言葉がきついのは気のせいだろうか。

 いや、気のせいではない。

 曄は、あえて意識して、突き放すような話し方をしていた。

 それには理由があった。


 曄は、明月と一緒に仕事をするようになってから、どうも自分の思い描いた通りに事が進まないように感じていた。

 仕事は結果的には上手く収まっているのだが、何故か、自分だけがどんどん恥をかく。

 これには我慢がならない。

 何でそんな目に遭ってしまうのか。

 そもそも、明月が好き勝手に振る舞っているからこんな事になるのだ。

 そう、全てはこの、スケベエロガッパのせいなのだ!

 前回の仕事で自分が受けた恥辱は、絶対に再び繰り返したくない、繰り返してはならない。

 だから、今一度2人の関係をはっきりさせて、二度と彼に勝手な行動をさせないようにしなければならない。

 明月は必要な時に、必要な事だけしていればいい。

 余計な手出しはしなくていいんだ。


 前回あれ程の窮地を救ってもらっているくせに、実に一方的な論理だが、実際裸を見られた挙句、乳まで揉まれた曄に

 してみれば、それくらいは当たり前なのか。

 しかしながら、明月のおかげで助かったのもまた事実。

 彼は無口で愛想も無く、のほほんとしていて何を考えているのか分からない、曄にとっては全く好感の持てる男では

 ないが、今後も仕事を続けていく上で、彼の能力はどうしても不可欠なものである事は実感している。

 好感は持てないものの、あまり話をしたがらない彼女にしてみれば、そういう意味では都合のいい男でもある。

 元々、その能力を利用する事だけが目的で、彼を誘ったはずだったのだ。

 なのに、彼と一緒にいると、不思議といつの間にか嫌な事を忘れ、楽しいと感じてしまう自分がいる事に気が付いて

 しまった。

 あまり会話もせず、ただそこにいるだけなのに、違和感を覚えないというか、気付けば自然に馴染んでいるような、

 言葉では言い表せない雰囲気の中にいる。

 それが怖い。

 訳も分からず、次第に自分の中にもどかしさが込み上げて来る。

 つまり、彼女自身、明月という男に対してどう向き合えばいいのか決めかねて、心が揺れ動いているのだ。

 そこには、自分の中で彼の存在がその重要度を増している、或いは彼に対する依存度が高まっている事を自覚して

 戸惑いを覚える、ちょっと複雑で、恋愛に奥手な彼女がいた。


 他方明月は、曄が何を考えているのか気になってはいるものの、前回あんな事があった後なので、取り敢えず嫌われて

 ないのであればそれでいい。

 こういう事は、成り行きに任せるのが一番。

 曄がそうしたいと言うなら好きにさせておけばいいし、どうせ何時かはどちらかが嫌気を差すに決まっている。

 今はなによりも、世界遺産の側にいられる事の方が大事なのだ。

 などと考える、なんとも呑気な男であった。



 ☆



 夕暮れの中、住宅街を歩く2人。

 曄は、一軒の家の前で立ち止まり、携帯を見て住所を確認する。

 「ここだわ」

 何の変哲もない、ただの平凡な普通の一戸建ての家。

 妖気も何も感じない。

 曄が呼び鈴を鳴らすと、応対に出たのはこれまた普通の主婦。

 主婦は、いきなり来訪した2人の学生を前にして訝しんだ。

 「あの、どちら様でしょう」

 すぐに奧の部屋から1人の少女が出てきた。

 「あ、お母さん、いいのいいの、あたしの知り合い」


 挨拶もそこそこに、2人は、少女の案内で応接間に通される。

 部屋に入るなり、曄は少女と話を始める。

 「話は分かってるわ。 で、その家庭教師は?」

 「6時からなんで、もうすぐ来るはずです」

 (何? 6時? 家庭教師?)

 明月は何の説明も受けていない。

 曄は、明月を無視して話を続ける。

 「あなたの部屋は?」

 「2階です」

 「じゃあ、そこで待ってる方がいいわね」

 立ち上がる2人に次いで、明月も立ち上がって曄に尋ねる。

 「ちょっと、どうなってんの曄ちゃん。 俺はなんにも聞いてねーぞ」

 曄の返事は素っ気ない。

 「あなたはここで隠れてて、そして男が来て2階に上がったら、玄関へ行って鍵をかけて逃げ道を塞いで」

 「いや、だからどういう・・・」

 「時間がないの、後で説明するわ。 いいわね、分かった?」

 そう言い放つと、明月の持っていた竹刀袋を取り戻し、返事も聞かずに置き去りにして、少女の後について階段を

 上がっていく。

 それを、ポツンと下で見送る明月の視線は、迷わず一点に凝集される。

 (ピンク! す、素晴らしい!)

 手でスカートを押さえて隠そうともしないのは、サービスか?

 (んな訳ゃねーだろ)

 この無防備さが、なんとも言えずいい!

 完全に蚊帳の外に置かれた明月だが、やるべき事だけはやっている・・・、本能のままに。



 10分も経たずに、その男というのがやって来た。

 玄関へ迎えに出た母親と気さくに世間話などをして談笑する男は、スラリとした長身茶髪の大学生風で、見るからに

 軽薄そうな色男であった。

 (ありゃ色白のセクスィー部長だな・・・、って言うか妖怪だな)

 応接間のドアの隙間からその様子を覗いていた明月は、男から発せられる気が人間のものとは明らかに違う事をすぐに

 察した。 

 それほど強力でもないし、邪悪でもないが、何者かが人間の姿に変化しているようだ。

 何故、一体何のためにそんな事をしているのか、全く情報のない今の時点では、考えても始まらない。

 ここは暫く曄の指示に従って、何か変化が起こるまでじっとしていよう。


 ひとしきり母親との会話を楽しんだ男は、階段を上がって行き、母親は台所へ戻って行った。

 それを確認した明月は、そっと応接間を出て玄関へ行き、扉の鍵を掛ける。

 その直後、2階がドタバタし始めたかと思うと、上がって行ったばかりの男が、血相を変えて階段を転げ落ちるように

 飛び降りて来て、玄関へ向かって走って来た。

 玄関扉の前で立っている明月と目があった男は、驚き、蒼褪めた顔に脂汗をダラダラ流しながら叫ぶ。

 「どけっ! どいてくれ!」

 だが、すぐ後ろを追いかけて来た曄の振り翳した竹光が、男の背中を直撃する。

 「ていっ!」 バシュッ!

 「ギョエーー〜〜ッ!」

 男は奇声を上げて廊下にバッタリと倒れ、手足をピクピクさせた。

 と思うと、みるみるうちにその手足が縮み始めて、衣服の中に吸い込まれるように隠れて行き、終いには服だけを

 残して体が全部消えてしまった。

 同時に妖気が消えた。


 曄が無表情のまま、竹光の先でその服をずらすと、廊下の上には一匹の灰色のネズミが、背中を袈裟懸けに斬られて

 死んでいる。

 「先生! ってこれが先生!?」

 曄の背後から様子を窺った少女が、びっくりして叫んだ。

 さぞやショックを受けるかと思いきや、驚きはしたものの、案外と冷静な反応だったのが意外と言えば意外。

 一方、騒ぎを聞きつけて来た少女の母親は、その光景を見て動転し、悲鳴を上げ、その場にへたり込んで卒倒した。

 「キャーッ!」 ドタン!

 「あっ! お母さん!」

 少女がすかさず母親の側へ駆け寄り、体を支えて介抱する。

 そんな親娘を横目に、曄がいつもの横柄な口調で明月に言った。

 「明月、後始末お願い」

 「お、俺が!?」

 「助手なんだから、そのくらいやんなさい」

 「・・・、こんなのどーしろって言うんだよ」

 「家に持って帰ってお墓でも作ってあげたら? 好きでしょ、そういうの。 お寺なんだし」

 「好きじゃねーよ。 勝手に決めんな」

 (思いっきり嫌味だな)


 あれよあれよという間に、驚く程スピーディーに事件は解決してしまった。

 これが事件と呼べるものだったのかも、明月には分かっていないのだが、とにもかくにも妖怪は死んだ。

 曄の手によって殺された。



 ☆



 帰りの曄は、何時になく上機嫌だった。

 「だから言ったでしょ、あたしの言う通りにしてれば、妖怪退治なんてへっちゃらなんだから」

 理由はやっぱりこれだった。

 彼女にとっては、明月と連んで以後初の完璧な勝利(?)だったからだ。

 やっぱり正しかった、これでいいんだ。

 恥ずかしい思いもしていない。

 確かに、あのネズミはその妖気からして、大して強力な妖怪ではなかったと思われるが、曄の剣捌きは思った以上に

 見事だった。

 それなりにちゃんと修行を積んでいると見える。


 「へぇへぇそうですか。 で、説明はしてくれんだろ」

 「あぁ、そうだったわね。

  依頼人のあの子は中3で、高校受験に備えて5月から週一で家庭教師に来てもらってたのよ。

  で、その家庭教師が・・・、あのネズミだけど、なんか変だって感じたんだって」

 「何が変なんだ?」

 「あの子は、普通の人よりちょっと霊感が強いのよ。

  それで気付いたのよ、あの家庭教師はなんかおかしいってね。

  部屋で勉強見てもらってると、必ず眠くなるんだって」

 「そりゃ、勉強してりゃ誰だって眠たくなるだろ」

 「あなたと一緒にしないで、そういうんじゃないみたいよ。

  ウトウトして、目が覚めたら時間が過ぎてて、家庭教師はもう帰っちゃってて。

  で、気付いたら、自分の体になんか違和感っていうか、変な感触が残ってて・・・。

  触られてたみたい、いろんなとこ・・・・。

  なんか、あなたみたいだね、あのネズミ(笑)」

 「ネズミと一緒にすんな!」

 「で、お母さんに言ってみたら、あの先生はいい人だからしっかり見て貰いなさい、の一点張りで、しょうがないから

  あたしに連絡して来たって訳よ。 分かった?」

 「そういえば、あの母ちゃんあの色男に気がありそうだったもんな・・」

 (て事は、一番がっかりしてんのはあの母ちゃんか・・・)

 あのネズミは、曄の顔を見ただけで逃げ出したという。

 彼女の放つ殺気を感じての事だろうが、なんとも情けない妖怪もいたもんだ。


 曄の説明では詳細までは分からないが、どうやら、少女は貞操の危機を免れたと思って間違いなさそうだ。

 にしても、殺してしまう程のものだろうか。

 もっと穏便に解決する方法だってあっただろうに。

 軽く威嚇した程度で、尻尾を巻いて逃げ出すような弱腰な妖怪ならば、言葉で諭すだけで十分だったのではないのか。

 明月は、妖怪だからというだけで、なんでもかんでも殺してしまおうとする曄の気持ちが理解出来ない。

 だが、理解出来ないからといって、彼女の行為を否定も批判もする気にはなれない。

 きっとそこには何か、深い理由があるはずだ。

 そして、どんな事情があるにせよ、彼女がそれを自ら語ってくれない限り、聞くつもりもない。

 人は誰にでも、大なり小なり他人には絶対触れられたくない、触れて欲しくない所を持っているものだし、もちろん

 明月にだってある。

 人それぞれ千差万別で、それこそ他人がどうのこうの言うべきものでもない。

 恐らく、曄のそれは他の人よりも大きく、深く、そして儚く脆い。

 だからこそ、彼女は自ら人を遠ざけている、自分を守るために。

 彼は、そう思っているからこそ、彼女に対しては敢えて何も聞かないのだ。


 2人は、住宅街を抜けて目抜き通りを歩いていた。

 「お腹空いたわね・・・、なにか食べてく? おごるわよ」

 「こんなもん持って、どこで食うんだよ」

 明月の手には、妖怪ネズミの死骸と残された衣服を入れた、依頼人の少女に貰ったショップ袋が握られている。

 「それもそうね・・・、じゃ、ちょっと待ってて」

 そう言うと、曄は軽い足取りで、近くのハンバーガー店へ入って行った。

 その後ろ姿を目で追いながら、明月はふと、ある思いが頭の中を過ぎった。

 (これって、ちっとデートっぽい?)

 なにか、体の中がムズムズする、って言うかそわそわする感じを覚えながら、彼は街路樹の下にあるベンチに腰を

 下ろした。


 普通、一般にはこういう場合、男性の方が女性の分も支払うのが当然とされるが、明月にそんな意思は毛頭ない。

 男だろうが女だろうが、言い出した方、金のある方が払えばいい・・・、単純なことだ。

 つまり、男が払うものと決めつけて盲従している女や、金の力でどうとでも靡く女にはさっぱり興味がない。

 万年金欠の貧乏者ゆえの逃げ口上、僻みである。

 それ故に、曄の言葉も額面通りに遠慮なく受け入れる。


 「適当に買ってきたけど、文句言わないでよね」

 「お残しは許しまへんでェ〜てか」

 「プッ! くっだらなーい(笑)」

 この時見せた曄の笑顔は、これまでよりもずっと幼く、やけにあどけない印象を受けた。

 普段が普段だけに、あのツンと澄ましたクールな曄からは想像も出来ないような、リラックスした、意外なほど愛嬌の

 ある笑顔だった。

 これが彼女本来の素顔なのか、明月のつまらないギャグが存外ツボだったのか。

 どっちにしろ、その笑顔は今、自分だけに向けられている。

 明月にとっては、この上なく幸福で満たされた時間だった。

 (ククク・・・、独り占めだぜ、って誰に自慢すんだ?)


 暫くして、携帯を取り出してその画面を見た時、ハンバーガーをパクついていたその曄の表情が少し翳った。

 「あーん、まただわ」

 「なにが?」

 「イタズラよ。 最近ブログの書き込みが増えて困ってんのよ。 トイレの花子さんなんている訳ないじゃない!」

 「いるんじゃねーの?」

 「いない! あんなの迷信よ。

  学校の七不思議なんて、99%でっち上げよ。 あっても大概は霊現象だわ、妖怪とは関係ないのよ」

 「あらら、決めつけちゃったよ、この人」

 「あなた、まさか信じてたの?」

 「面白ぇだろ、なんかあった方が」

 「面白くない! こんなバカげた書き込みに振り回されるのはゴメンだわ」

 「だったら、その書き込んだやつを呼び出してぶん殴ってやれば?、どっかの3年みたいに(笑)」

 「あら、知ってたの?」

 「ホントだったのか・・・、あの噂(汗)」

 「まあね、でもおかげでいい迷惑だわ。 殴ったの一発だけなのに」

 (一発でも十分だって・・・)

 「なにか、他の方法に変えようかな・・・。 ねぇ、ホームページの作り方って知ってる?」

 「知らね」

 「でしょうね、聞いたあたしがバカだったわ」


 「ところで、このハンバーガーが晩飯なのか、曄ちゃんの」

 「う〜ん・・、今日はそうかな」

 「今日はって、いつもは自炊か?」

 「ううん、外食」

 「なんだ変わんねぇじゃん、自分で作んねーのかよ」

 「だって、料理苦手なんだもん」

 「一人暮らしも楽じゃねーな・・・。

  でも梅干しは食っといた方がいいぞ。 疲れが取れる」

 「う、うん・・・・」

 珍しく素直に返事をしたが、曄は梅干しが嫌いだった。

 しかし、明月の言葉が彼女に非常に重く突き刺さったのは、それが原因ではなかった。


 一体、何時以来だろう、人からそんな事を言われたのは・・・。


 明月は本当に何も考えず、ただ思いついた事を口走ってしまったたげなのに、その何気ないはずのたわいない一言が、

 曄にはこれ以上ないくらい、それこそ天地が逆転する程の強烈な衝撃を以て、彼女の心に深く刻み込まれた。

 当然の事ながら明月は何も気付いていないが、曄にとってその一言は、その後の人生を決定付ける一言だったのだ。


 たかが一言、されど一言。

 ただ、彼女の鼓動の高鳴りだけが、それを証明していた。




                                       第3話 了



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