第1話 キスで始まる妖怪退治
DISPELLERS(仮)
01.第1話 キスで始まる妖怪退治
八百神 明月は、高校に入学したばかりのある日、父親の元に来たお祓いの依頼を替わることになった。
父は同じ日に先約があって、どうしても手が足りないのだ。
「だったら断ればいいじゃないか、めんどくせー」
「そうはいかんぞ、明月。
ウチへ来る依頼は皆、切羽詰まって他に行き場がなくなってしまった人達なのだ。 無下には出来んだろ」
「日にちとか、時間ずらせばいいだけだろ、俺は行かねーかんな」
「一刻の猶予もならん状態だったらどうする? こういう事は、おいそれと変更は出来んものだ」
「とか言って、本当は結局金目当てなんだろ」
「小遣いはずむぞ(ニヤリ)」
明月の父・詳真の職業は寺の住職である。
元は放浪僧だった詳真が、檀家を持たないこの無人の廃寺に住み着いて、憑き物落としの仕事を始めて早15年。
自分のペースで、のらりくらりとやってきたおかげで、およそ裕福とは程遠い生活。
それでも仕事の方は順調で、その道ではそれなりの評価を得ており、ぼちぼち依頼もあるが、同じ日に2件の依頼が
舞い込むというのはそうはなく、それもほぼ同時間帯でのお祓いは異例中の異例な事だった。
その父親の影響か遺伝か、明月にも“お祓い”の能力がある。
それも一風変わった特殊な能力が。
とはいっても、修行もなにも殆どしたことがないため、未だ発展途上なものではあるのだが。
「心配はいらんぞ、アキよ。
話を聞いた限りでは、たいした障りではなさそうだから、お前でも務まるはずだ」
「ホントにいいのかよ、俺で。 たぶんなんにも出来ねーぞ」
「誰でも初仕事は不安になるもんだ、馬には乗ってみよ、人には添うてみよって言うだろ」
「分かんねーよ」
「何事も経験だ。 馬券は買ってみよ、キャバクラは行ってみよってな。
まあ、案ずるより産むが易しって事だわ」
そして約束の日、渋々承知した明月が依頼主の所へ行くと、なんと、もう既に他の祓い人に祓ってもらった後だった。
(なんだよ、どうなってんだよ
親父の言ってたことと全然違うじゃねーか)
憮然とする明月、しかし、これが全ての始まりだった。
☆
その翌日、明月は、学校の廊下で一人の女子生徒とすれ違った時、何か、異様な気配を感じた。
ハッとして振り返ると、その女生徒の後ろ姿から、明らかに人間とは違う気を感じる。
微弱だが、間違いない、妖気だ。
後を追おうと思ったが、その時にはもうその生徒の姿は見えなくなっていた。
(妖怪か?
しかしなんでまた、こんな昼間っから学校に・・・)
不思議に思う明月、その脳裏に焼き付いたのは、その生徒のやたらとエロい腰つきの歩き方だった。
ところが、そのまた翌日の放課後、廊下でまた同じ生徒と出会した。
明月は、今度こそはとその生徒の後を追う。
昨日と同じ、妙に艶めかしく腰を振りながら歩くその女子生徒は、校則ギリギリの茶髪を靡かせて、一般教室棟から
渡り廊下を通って特別教室棟へ行く。
次第に周囲に人気がなくなる。
明月は、少し後ろをついて行きながら彼女を観察した。
やはり微かに妖気を発しているが、妖怪には見えない。
同じ階にいたから同じ一年生だろうか、しかしこんな女の子、今まで見た事がない。
一体この子は、誰なんだ。
彼女はそこから更に、階段を上がって屋上へと向かう途中、踊り場で突然足が縺れて倒れ込んだ。
暫く物陰から様子を窺っていたが、彼女は倒れたまま動こうとしない。
(ぱんつ見えてんぞ!)
これは本当にやばいのかな、と思って近寄ってみると、目を閉じて横になったまま額から汗を流し、ハァハァ息を
荒げて苦しそうにしている。
どうやら妖怪に取り憑かれた、と言っても、体内に妖怪が憑いているとかいうのではなく、妖怪の邪気を吸い込んで
しまい、その邪気に抵抗して体力が消耗している状態と思われる。
(な、なんかすっげーエロいんですけど、このポーズ・・・)
これなら自分の力でなんとかしてやれる、そう思った明月は彼女の上半身を抱き起こした。
今まで後ろ姿しか見ていなかったので、初めて見る彼女の顔は案外可愛いな、と不謹慎な事を考えつつ、そっと彼女に
口づけをして体内に気を送り込んだ。
これが明月の特殊な能力、相手の体内に直接気を送り込むことで、体内の邪気を追い出す、言わば浄化する能力だ。
数秒で、彼女は少し目を開いた。
その目を見て、明月は驚いた。
潤んだその瞳は、鮮やかなオレンジ色に輝いていた。
(な、なんだこりゃ! こんなの初めて見た)
呆気にとられる明月を余所に、彼女は更に驚くべき行動に出た。
「・・・キュウリ、欲しい・・・」
(き、きゅうり?)
と思う間もなく、今度は彼女の方から顔を近付け、唇を重ねてきた。
あまりに突然のことに、明月はどうしたらいいか戸惑ったが、彼女は腕を伸ばして強く抱きついてくる。
なんとも立派な、柔らかいムニュッとした感触が胸元に押しつけられる。
(あひぃ・・・、こ、これはかなり・・・)
明月は、こんなに積極的に女性の方から求められたことは皆無だったので、だんだん嬉しくなって、少し長めに気を
送り込んでやった。
彼女の体から発散されていた妖気が弱まっていくのと平行して、次第に、仄かに甘い香りを感じ始める。
こんないい気分の口づけは初めてだろうか。
ところが、唇を離した次の瞬間、明月は左の顔面に激しい痛みを感じた。
バシンッ!
彼女の強烈なビンタが飛んできたのだ。
「痛ぇーっ!」
びっくりして彼女を見ると、彼女は鋭い眼差しでキッと明月を睨みつけ、すっくと立ち上がると、無言のままズカズカ
と大股で歩き去って行ってしまった。
どうやら、いつの間にか正気を取り戻していたらしい。
(一体、なんなんだよ せっかく助けてやったのに)
ジンジンする頬を撫で撫で、釈然としない気持ちとギンギンの下半身を抑える明月であった。
(変な気を起こした罰かな・・・)
☆
翌日の放課後、帰り支度をする明月。
なにやら背中に視線を感じる。
振り向いてその方向を見ると、教室の扉のところに一人の女子生徒が立っていた。
(あ、昨日の子だ)
その子は無表情のまま、明月に向かって小さく手招きをする。
(なんだ、俺に用があるのか?)
誘われるまま後を付いて行く。
(あれ? 歩き方が昨日みたくエロくないぞ・・・
あれは邪気のせいでフラついていただけだったのか なんかちょっと残念)
またもや、人気のない特別教室棟の一角で足を止めた彼女。
振り向いたその仏頂面は、なにか怒ってるようにも見え、やけに威圧感がある。
(な、なんかヤバそう・・・、なんでだ?
も、もしかして、昨日のがファーストキス・・だったとか・・・(汗)
まずい・・・、まずいぞこれは!(汗汗))
明月は、なんとか言い逃れる口実を考えようとあたふたして、頭の中がパニックになりかけていた。
その明月に対して、彼女は徐に愛想のない、醒めた口調で話し始めた。
「昨日はありがとう、おかげで助かったわ」
「あ、いや、別に・・・」
彼女は、とりたてて派手でもないし、地味でもないものの、目鼻立ちは整っていて一目で可愛い。
キリッとしたその目は、ちょっと気が強く、取っ付き難い印象を受けるが、その瞳は・・・・普通だ。
(あれ? オレンジ色じゃない って事は、あれも邪気のせいか? そんな話は聞いたことねーぞ)
彼女はさりげなく、しかしどこか不遜な態度で言う。
「あなた、面白い力持ってるわね」
「そ、そう?(汗)」
(お、俺の能力に気がついた? なんだこの子は)
「名前は?」
「八百神、明月」
彼女の表情が変わった。
「やおがみ・・・、八百神、聞いたことがあるわ、もしかして祓い師の八百神?」
「たぶんね、でもそれは親父の事だよ」
「おやじ?・・・、そう、あなたのお父さんは祓い師なの。 それであんな力を持ってるのね」
「あんまり親父とは関係ないと思うけど」
「なんで?」
「親父は坊主だから、修行して身に付けたんだろうけど、俺はなんにもしてねーから」
「修行もなんにもしないで、それであれだけの力が発揮出来るの? 信じらんないわ」
その言い方、やっぱり彼女は普通の人ではない。
(もしかして、同業者?)
「なんか、詳しそうだな、あんた」
「あたしは聖護院 曄、殄魔師よ」
「聖護院?」
そう聞いて、明月は思わず反射的に目線を下げ、彼女のフトモモを見てしまった。
その視線に気が付いた曄。
「男って、みんな同じ反応するのね」
「あ、わりぃ(汗)」
「スケベ!」
そうは言うものの、制服の極端に短いスカートから伸びる脚は、実に見事な曲線を描いていて、否が応でも人目を
引かずにはいられないじゃないか。
もちろん、大根足などという代物とは違うし、第一、そんだけ露出してるんだから、本人も見られて嫌な気はしない
はずだ、いやそうだろう・・・、たぶん。
(いやいや、本題はそこじゃない)
「い、今、てんましって言ったか?」
「そうよ。 ウチは代々殄魔師なの」
「殄魔師・・・って、なんだ?」
「あなたの家と似たようなものよ、たぶんね。 やり方は全然違うと思うけど」
明月は、彼女の高飛車とまでは言わないまでも、上から目線というか、物事を達観したかのような話し方が、今一つ
気に入らなかった。
そこで、ちょっと意地の悪い質問をしてみた。
「その殄魔師さんが、なんであんな事になってたんだ? 退治に失敗したのかな(笑)」
「あ、それは、あの・・・(汗)」
曄はドキッっとして慌て、それまでとは一転、はにかんだような顔を見せ、しどろもどろした。
その表情がえらく可愛い。
(はぁ〜、こんな顔もするんだ)
少し躊躇った後、曄が事情を説明し始めた。
「この前、仕事を依頼されて、妖怪退治に行ったのよ。
で、祓うには祓ったんだけど・・・、相手が結構強力で、逆に呪いを受けたというか・・・(汗)」
「この前って、もしかして三丁目の・・・」
「あら、なんで知ってるの?」
「やっぱそうか。
実はウチにも依頼が来てたんだよ。 で、親父の代わりに俺が行ったら、もう終わってた。
あんただったのか」
「へ、へぇ、そうだったの・・・」
「でも、確か親父は、簡単なお祓いだって言ってたはずだけどなぁ・・・」
「意地悪ね、あなた(赤面)」
気を取り直して曄は、明月に思いも掛けない事を言い出した。
「ねぇ、あなた部活入ってる?」
「いんや、帰宅部」
「じゃあ、あたしと組んでみない? これも何かの縁かもよ」
「組む? 組むって、2人で妖怪退治するって事か?」
「そうよ。 ギャラは半々でいいでしょ」
「無理だよ無理、俺にはそんな力はない」
「半分でも足りないって言うの!?」
「いや、そういう問題じゃなくって・・・」
明月の力は邪気を浄化する力であり、妖怪を直接攻撃したり、追い払う力ではない。
しかも中途半端な、未完成なものである。
妖怪を退治するための力ではないのだ。
「退治はあたしがやるわ。 あなたは邪気を祓う手伝いをしてくれればいいのよ」
(要するに、俺は彼女自身が退治すべき妖怪から逆撃を被った時のための、一種の保険みたいなもんか
しかし、妖怪退治なんて、俺達みたいな学生が、片手間で出来るような簡単なもんじゃねーだろ)
「いや〜、そう言われてもね〜・・・」
「なによ、あたしの力が信用出来ないの!?」
(当たり前だっつの)
「そりゃ〜まぁ〜、河童に祟られるくらいだからね〜」
「か、河童って、なんで知ってんの?(汗)」
「なんでって、キュウリ〜って、うわごとみたいに言ってたもん(笑)」
「キ、キュウ・・・!(汗)」
驚き、みるみる赤面していく曄・・・、やっぱ可愛い。
こういう表情を見ると、心が揺らぐ。
(たぶんこの子は、人に弱いところを見られるのが嫌なんだろうな)
いわゆるひとつの、俗に言うツンデレってやつだろうか。
(ちょっと言い過ぎちまったかな
こんな可愛い子とお近付きになれるのは嬉しいが、でも、めんどくせー事には巻き込まれたくねーし・・・)
「ま、まあ、確かに河童は結構厄介だって、親父に聞いたことがある。
だから・・・、止めといた方がいんじゃねーの? 妖怪退治なんて」
「いやよ」
きっぱりと即答した曄。 そこには、強い意志めいたものを感じる。
(なんか、すげー頑固そう・・・)
そして、強い口調で付け加える。
「あなたも、せっかくそんな能力持ってんだから、有効に使ったら?
世の中には、どんなに拒んでも逃れられないものがあるのよ・・・・」
(運命、だとでも言いたいのか?)
「親父みたいだな、あんた。
俺は・・・、出来ればこんな力は使いたくない。 元々、欲しくて手に入れたもんじゃねーから」
「なに言ってんの、もったいない。
そんな能力は、誰でも持てるようなものじゃないのよ。
どんなに努力しても、修行しても、身に付くとは限らないのよ。 それを使わないなんて・・・。
家の仕事、継ぐ気はないの?」
「さあな・・、考えた事もねー」
更に曄は、自分の唇を人差し指で触りながら、意味深な笑みを浮かべて言った。
「まさか、忘れたとは言わないわよねぇ」
(うぐ・・・、忘れる訳ねー) ドキッ
「あ、あれは、あんたを助けようと・・・(汗)」
「フフフ、分かってるわよ(笑)。 でももう、他人じゃないんだからね、あたし達。
責任取ってよね、あきつきクン」
この時見せた曄の小悪魔的な笑顔に、明月の心から断る気が失せた。
(くそー、俺を引っ叩いたことは無しかよ これも自業自得か・・・)
ツンデレに負けた。
これが女の武器ってやつだ。
「わ、分かったよ、やればいいんだろ。 ただし、俺は危険だと思ったらすぐ手を引くからな」
「OK、いいわよ。 じゃ、契約成立ね」
曄の顔は、既に最初のキツい表情に戻っていた。
それはまるで、邪気で弱っている曄を見捨てられなかった明月が、例え妖怪を目前に危険な事態になったとしても、
曄を残して自分だけが逃げ帰るような卑劣な男ではないと、見透かしているかのようであった。
しかし、明月には別の思いが・・・。
(なんでこの子は、俺なんかを誘うんだ もしかして、俺に気があんのかな?)
そんな明月の期待を、帰り際に曄が残した一言があっさり打ち砕いた。
「それから、これだけは言っておくけど、学校ではあんまり馴れ馴れしくしないでよね。
そういうの嫌いだから、あたし」
(あ・・・、そう・・・(落))
上手く丸め込まれてしまった、と思いながら、明月は不思議な感覚に囚われていた。
元来、そう口数の多い方ではない明月が、初めて対面する人と、こんなに会話をした事など未だ嘗てない。
しかも女の子と。
何故か、曄の前だと、思った事がつい口をついて出てきてしまう。
普通なら口籠もってしまうようなことまで、平気で言えるのは何故だろう。
(不思議な女の子だなぁ・・・)
☆
携帯の番号とメアドを交換して別れて以来、その後彼女とは全く話もしていない。
とはいえ曄は1年6組、明月の隣りのクラスにいるのだから、たまには廊下で顔を合わせることもある。
ただそんな時でさえ、明月が「よっ」と軽く挨拶しようとしても、彼女は完全無視して目線すら合わせる事もない。
(挨拶くらいしろよ、もう他人じゃないと言ったのはそっちだろ)
ツンデレ恐るべし。
父親に、それとなく聖護院家や殄魔師の事を聞いてみたりもしたが、大した情報は得られなかった。
マイペースで、余所様の事など殆ど無関心な破戒僧に聞くのが間違いなのだが、それでも聖護院家が由緒正しい家柄
だという事は確かなようだ。
そのツンデレちゃんからメールが来たのは、それから一週間程経ってからの事だった。
−−放課後 校門−−
(たったこれだけ? 絵文字つけろとは言わんが、もちっとなんとかならんのか、女の子なんだし)
放課後、とりあえず校門で待ってみる。
そこへ現れた曄は、唐草模様の袋に入った竹刀を手に持っていた。
(なぜ竹刀? 剣道部だったっけ?)
ところが、曄は明月と目が合っても立ち止まることもなく、話しかけもせず、ツンと澄ましたまま彼の目の前を歩き
去って行ってしまう。
よっぽど、彼と言葉を交わすところを他の生徒に見られるのが嫌らしい。
慌てて後を追う明月。
「おい、ちょっと待てよ」
「黙ってついて来て」
曄は、前を向いて歩いたまま静かに答える。
(それじゃあまるで、俺はストーカーじゃねーか)
「どこまで行くんだよ、聖護院」
「その名前で呼ばないで!」
キッと鋭い目つきで振り返り、強い口調で返した曄。
「じゃあ、なんて・・・」
「自分で考えなさい」
いちいち面倒臭い、癇に障る女だ。
腹が立った明月は、わざと馴れ馴れしくしてみた。
「じゃあ曄ちゃんね(笑)」
「な!・・・・、勝手にすれば!(汗)」
さすがにかなり抵抗を感じている様子が、その複雑な表情からありありと見てとれた。
こうしてみると、曄は感情がすぐ顔に出る、思いの外素直な女の子だと分かる。
だから、普段は澄ましてクールを装っているのだろうか、思いを覚られないために。
「嫌なら、ツンデレちゃんにするか」
「やめて! なんであたしがツンデレなのよ!」
(そのまんまだろ)
「で、どこ行くんだ、曄ちゃん」
「仕事よ」
「まじで?」
「あたしが、仕事以外であなたを呼ぶとでも思ってんの?」
「あぁ、そりゃまー確かに」
街に出た曄は、一軒の店に入る。
「ファミレス?」
「ここが待ち合わせの場所よ」
暫くして、一人の若い男がおどおどしながら店に入ってきた。
男は、落ち着かない様子で店内をキョロキョロ見回していたかと思うと、徐に2人の座るボックス席に歩み寄ってきて
小声で言った。
「すいません、もしかして妖怪退治の人ですか?」
「ええ、そうです」
平然と答える曄。
それを聞いた男は額の汗を拭った。
「いやぁ驚いた、竹刀が目印とは聞いてたけど、まさか高校生とは思わなかったよ」
(竹刀は待ち合わせの目印だったのか・・・、変なの)
「ところで、こちらは?」
「ご心配なく、ただの付き添いですから」
(俺って付き添い?)
「恋人同士ですか?」
「違います! ただの付き添いです!」
無表情で即答する曄、しかもバッサリと全否定。
(やっぱりそう言うと思った、でもそれじゃつまんねー)
「でもチューはしたもんねーへっへ(笑)」
バシン! 竹刀で引っ叩く。
「痛ってー!」
「余計なことは言わんでいいのっ!」
依頼主は男子大学生。
彼には、現在交際中の彼女がいるのだが、その彼女の様子が最近おかしい。
なにかとても疲れているように見えるのだ。
彼女に聞いても、特に変わった事はないと言う。
しかし、今まで全くそんな事はなかったのに、大学の講義中に居眠りするようになったり、講義とバイトが終わると、
真っ直ぐ自分のマンションに帰るようになり、休日も殆ど外出しなくなった。
挙げ句の果てには、デートに誘っても断られる始末。
別の男が出来たのかも知れないとも思えたが、日中は今まで通りで全く異変はないし、男の影もない。
心配になったので、先日、彼女のマンションの玄関付近で様子を窺っていたら、深夜になって彼女が一人でマンション
から出てきた。
こっそり後をつけてみたところ、近くの公園に入ったところでぱったりと姿を見失ってしまった。
ジャージ姿で出て行ったので、そんなに遠くへ行くとは考えられない。
携帯に電話しても繋がらない。
一晩中近所を探し回っても足取りが掴めず、明け方になって仕方なく彼女の部屋へ行くと、彼女が戻っていた。
どこへ行っていたのか問い質してみたものの、彼女は全く記憶にないと言う。
当然のように夢遊病を疑ってもみたが、昔、実家のばあちゃんに聞いた、妖怪に取り憑かれた人の話を思い出して、
もしかしたらと思い、依頼してみた。
話を聞いていて、明月は不思議に思った。
いきなり妖怪が出てくるのは唐突過ぎるし、全く脈絡がない。
「やっぱ夢遊病なんじゃないんすか?」
大学生は真摯な態度で答えた。
「僕も調べてみたんだけど、夢遊病は精神的ストレスなんかが原因で起こる事があるらしい。
でも、彼女がそんなにストレスを溜め込んでいるようには思えないんだ。
もしそんな事があれば、真っ先に僕に相談してくれるはずだし、つい最近も健康診断を受けたばっかりなんだ」
今度は曄が聞く。
「じゃあ、妖怪の仕業とか、そういうのに思い当たる事はあるの?」
「いやぁ、実は、これといって根拠とかはないんだ。
僕には霊感とか、そういうのは全然ないし、何かが見えるとか感じるとかもないし・・・」
「彼女にも?」
「そうですね・・・、そんな話は聞いたことないな・・・」
要するに、ただの勘、単なる思い込みに過ぎない可能性が高い。
原因は別のところにある、明月がそう考える一方で、曄は違う考えを持っていた。
「分かりました。 じゃあ、その彼女のマンションの場所を教えてくれますか」
「え? 今から行くのかよ?」
「当たり前でしょ、確認するなら早い方がいいわ」
☆
2人は、大学生の運転する車に同乗して、彼女が住んでいるマンションまで連れて行ってもらった。
それは、どこにでもある6階建ての単身者向けの1DKマンションで、特別変わったところはない。
彼女は今、どうしているのか。
彼に電話をしてもらったところ、今日はバイトが休みなのだそうで、既に自宅に帰っていることが確認出来た。
あとは、その時がくるのを待つだけ。
大学生も付き合って、車の中で待つことにした。
突然、明月は曄に竹刀で叩かれた。パシパシ
「こらっ! いつまで寝てんの、さっさと起きて、行くわよ!」
寝ぼけ眼で時計を見たら、深夜1時半を過ぎていた。
いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
車から降りた曄が、運転席の大学生に向かって言った。
「ここにいて下さい、危険があるといけませんので」
明月が車から出ると、曄はもう早足で歩き出していた。
その向かう先には、寝静まった住宅街の薄暗い道をフラフラと歩く、若い女性の後ろ姿が辛うじて見えている。
(あれが例の彼女さんか・・・)
姿を見失わないよう、急いで追いついて行く。
暗いので判然としないが、彼女は淡いブルーのスウェットの上下に足元はデッキシューズという、大学生の話にあった
通りの軽装で、とても逢い引きの格好には見えない。
(その辺のコンビニに行くだけなんじゃねーの?)
彼女はフラフラと、それこそ夢遊病患者のように、ゆっくりと覚束ない足取りで、薄暗い夜道を歩いて行く。
その少し後ろを、覚られないよう姿勢を低くしつつ追尾する曄と明月。
時々、電柱などの物陰に立ち止まって様子を窺うのだが、明月がしゃがむと、目の前には、前屈みで女性の行く先を
覗き込む曄の、スカートの下に隠れていたパンツがまる見えになる。
やっぱこの子のスカート丈は短くていい。
(ああ、絶景だぁ〜)
そうこうしていると、女性がある所で角を曲がった。
それを見て走り出す2人。
ところが、曄が角を曲がると、彼女の姿がない。
これには明月も驚いた。
「あれ? いないじゃん。 どーなってんだ?」
曄は、じっと前を見据えたまま明月に問いかけた。
「何か感じる?」
その視線の先には、公園があった。
それは、一見してある程度の広さを持った大きな公園だと想像出来た。
砂場やブランコのある児童公園とは違う。
(そう言えば、あの彼氏も公園で彼女を見失ったと言ってたな)
だが、特に注意すべき異様な気配は感じられない。
2人は、公園の中の散策道をゆっくり歩きながら、周りの様子に気を配った。
深夜の公園は、人っ子一人いない、暗く静かで、ある意味不気味な雰囲気の漂う空間だった。
そんな公園に2人きり。
これが仕事なんかでなければ、どんなにか楽しいんだろうな、と思うと明月はゾクゾクしてきた。
どのくらい歩いたろうか、もうそろそろ公園の反対側に出る頃かなと思うその時、どこからともなく微かな気配が。
明月は足を止めて、じっと感覚を研ぎ澄ました。
「どうしたの? なにかあったの?」
「んん、弱いけど・・・」
(なんだろう、この気配・・・妖気か?)
「どっち?」
「ちょっと待って・・・・、こっちかな?」
少し歩くと、それは次第にはっきり妖気だと分かってきた。
冷たく、禍々しい、圧迫感を伴うこの感じ、やっぱりあまりいい気分ではない。
ここまではっきりすると、それは同時に曄にも感じられた。
「分かったわ、こっちね」
どうやら、妖気の感知機能は、曄より明月の方が幾分高いようだ。
2人が、妖気を辿って行ったその先には、小さな小屋が、木立の陰に隠れるようにひっそり建っていた。
それが公園の管理事務所の清掃用具置き場だという事はすぐに分かったが、何故こんな所から妖気が漂ってくるのか。
明月が不思議に思うのを余所に、曄は妖気の出所が分かると、脇目も振らずにズカズカと小屋に接近して行く。
そして、何の躊躇いもなくいきなりバンッとドアを開けた。
すると、小屋の中に充満していた妖気が一気に放出され、それを真正面から受けて怯んだ曄がその場に跪く。
その後ろから明月が中を覗くと、そこに、彼女がいた。
しかも、白い、長い蛇のようなものが、彼女の体にグルグルに巻き付いてうねっていたのだ。
服ははだけて胸が露出し、下は足首のところまでずり下げられて、なんともあられもない姿をさらけ出している。
蛇のようなものが彼女の体をうねる度、おっぱいがプルプル揺れている。
上気する肌、吐息を荒げて悶絶する彼女。
こんな光景、彼氏には絶対見せられない。
(いったい何やってんだぁ!)
何をしているか、それはご想像にお任せします。
蛇のようなものは、暗い小屋の中で白く発光するように浮き上がっていて、女性の体に絡み付いているので正確には
分からないが、30から40Cm位の胴回りと、4、5mくらいの長さはありそうだ。
そう聞くと、南米あたりのニシキヘビを連想しそうだが、ヘビのような筋肉質な感じはしないし、女性の首筋あたり
に見えるそれの頭は、ヘビよりむしろ龍に見えなくもないものの、どこか無機質で生き物らしさがない。
紛う方無き妖怪だ。
明月が興味津々、というか驚いて眺めている横で、曄は手にしていた唐草模様の袋を開け、中から竹刀を取り出す。
と思ったら、竹刀ではなく木刀だった。
「曄ちゃん、まさかその木刀で・・・」
「木刀じゃない、竹光よ。 あんたは下がってて」
今までになく険しく鋭い形相の曄、こんな曄は初めて見た。
そこには、激しい怒りのような感情がくっきりと現れている。
曄は竹光を構えて小屋の中へ入るなり、妖怪を竹光で思いっきりブッ叩いた。
「たぁーっ!」 パシンッ!
端から見ると、あたかも曄が女性を叩いているかの如く見えるが、実は、曄は竹光で妖怪を斬っているのだ。
(竹光で妖怪を斬る? そんなのありか?)
びっくりする明月。
だが確かに斬れていた。
途端に、小屋の中からスーッと妖気が消えていく。
妖怪は?
明月が小屋に入ると、床に横たわる女性と、その横に立っている曄がいるだけだった。
女性を見れば、曄に叩かれた所の肌が赤く腫れてはいるが、傷はどこにもない。
そしてその傍らに、切断され破れた長いボロ布が落ちていた。
(この布切れが妖怪の正体? いわゆる付喪神っていうヤツだったのか・・・)
あくまで想像の域を出ないが、どうやらこの付喪神が、ある日公園に来ていた彼女に呪いをかけ、夜な夜な彼女を
誘き寄せては、彼女の精気を吸い取っていた、という事のようだ。
☆
その後、明月が女性の体内の妖気を祓除してやり、大学生の元へ連れ帰って、事件はひとまず解決となった訳だが、
今度は曄の様子がおかしい。
またしても、初めて会った時のようにフラフラし始めた。
そう、またあのエロい腰つきの歩き方が復活したのだ!
原因はさっきの、小屋のドアを開けた時、戸外に放出された妖気を浴びてしまった事だろう。
どうやら、曄は妖気の影響を受け易い体質のようだ。
「大丈夫か? 曄ちゃん」
「平気よ、気にしないで」
曄はそう言うが、こんな状態の彼女を一人で帰す訳にはいかない。
こんな深夜に、こんなエロエロ状態の曄ちゃんを。
「とりあえず、家まで送るよ」
「いいって言ってるでしょ! 馴れ馴れしくしないで」
曄の瞳がオレンジ色になってる!
しかも、明らかにその表情は優れない。
「わがままだなぁ、じゃあ、後ろから付いて行くだけにするよ」
「勝手にすれば! ストーカー!」
(ヒドい言われようだな、俺)
帰り道、曄の艶めかしい下半身を後ろから観賞しながら、明月は、なんとか場を繋ごうと話をした。
普段なら、こんなに気を遣うような男でもないくせに、相手が曄となるとそうはいかなかった。
「いやぁ、でも驚いたよ。 人を斬らずに妖怪だけを斬る竹光があるなんて知らなかった」
「バカね、竹光で人が斬れる訳ないでしょ・・・、これは、聖護院家の退魔武器よ・・・(汗)」
「退魔武器?」
(なんか物騒なものがあるんだな)
「そうよ、他にも色々あるけど・・・、あたしにはこれが一番扱い易かったから・・・(汗)」
「そう・・・、すげーんだな、聖護院家って」
「そうでもないわよ・・・(汗)」
次第に、曄の足取りが重くなっていった。
そして自分達の学区、見覚えのある街並みに帰ってきた。
その頃には、曄は自力で歩くのも辛くなっており、明月に抱き抱えられるようにして歩くのがやっとの状態だった。
これは、曄にとっては辛くとも、明月にとってはこの上なく嬉しい事であった。
なにしろ、例え服の上からとはいえ、曄の豊満なおっぱ・・・いや体に触れていられるのだから。
「ここでいいわ、ありがとう・・・(汗)」
「ここ? でもここって、ワンルームマンションじゃ」
「なによ、あたしが一人で暮らしてちゃ悪い?(汗)」
「いや、そういう訳じゃ・・・」
(なんか、訳ありっぽいな)
どうにか3階の部屋の前まで辿り着き、ドアを開けたところで、とうとう曄は玄関に倒れ込んでしまった。
明月は、仕方なく彼女を抱き上げて、部屋の中のベッドに寝かせてやる。
その姿、絶妙にしてエロい。
(あ、いかんいかん、スカートがめくれて・・・、ま、このままでもいいか、どうせ俺しか見てねーし)
そして、前回と同様に口づけしようとする。
「やめて・・・」
朦朧としながらも拒絶する曄。
「でも、このままじゃまずいだろ」
曄のオレンジ色の瞳は明らかに俺を誘っている、明月にはそう思えたし、そう思いたかった。
「あなた・・・、あたしが男でもキスするの?(汗)」
「気持ち悪りぃこと言うなよ、んなことする訳ねーだろ。 他にも方法はあるよ」
「じゃあ・・、そっちでやって(汗)」
「直接やった方が、効果があるんだよ」
「スケベ・・」
「世話焼かせんなって、俺だってやりたくてやってんじゃねーんだよ」
「嘘つき・・・(汗)」
(ご名答だよ、ツンデレちゃん)
明月が、口づけして祓除してやることで、ようやく曄の表情が晴れてきた。
頬に赤味が差してきたのは、健全化した証しか、それとも恥じらっているのか。
明月は、曄が横になるベッドの傍らで、カーペットの上に腰を下ろす。
「しっかし、よくそんな体で妖怪退治なんてする気になるな」
「なによ、いやらしいわね。 あたし、いやらしい男って大っ嫌い」
「違うって、体質のことだよ。 めちゃくちゃ妖気に弱いじゃん、あんた」
「その話はやめて」
「ほんとに続ける気なのか? 付喪神みたいな低級の妖気であれじゃ、この先どうなるか分かったもんじゃねーぞ」
「・・・話したくない」
「なんで?」
「話せば、他人でいられなくなるから・・・」
(おいおい、またかよ)
少し静かになって、気が付けばいつの間にか、曄はスースー寝息を立てて、眠りに落ちていた。
(おいおい、上着くらい脱げよ)
明月は、曄のブレザーを脱がせて、布団を掛けてやる。
その前に、ついでにちょっといたずら。
甚だ不謹慎である事を承知で、ブラウスの上から彼女の立派なものをそっと掌に包んでみる。
至福。
(なにやってんだ、俺)
そして、寝顔を見る。
その寝顔の可愛いこと可愛いこと。
しかし、なんでこの子はこんな無茶するんだ? こんな華奢な体で・・・、オッパイはでかいけど
向こう見ずにも程があるってもんだ
それなりの家柄の娘が金目当てでもあるまいし
でも・・・、また続けるんだろーなー・・・
めんどくせぇけど、知っちゃったら放っとけないもんなぁ・・・
まぁ、たまには、こんな夜更かしも悪くねぇか・・・
第1話 了
すいません、変なものを書いてしまいました。
もともと文章化する予定のない話だったので、設定とか曖昧でいい加減で・・・、そこら辺詰めながらぼちぼち書きます。
ついでに言うと、私は本を読むのが嫌いです。
特に小説は、長ったらしい状況説明や情景描写が出てくると、それだけでうんざりします。
だから、私は自分で必要最低限と判断したものしか書きません。
大体からして、自分の頭の中のものを全て文字化する文章力もないんですから。
足りない所は、皆さんで各自想像力を働かせちゃって下さい。
ああ、空気感が表現したい・・・。