第二集
けふ、ういはあやかし 第二集
なぜか1ヶ月が経過していた。季節外れのコタツに潜り込んで、憂は文句を言っている。
あやかしは、「まだその時じゃない」といいながら将棋の「金」を斜めに進めている。
めんどくさいのだろう。
荒くれ者の妹に会うのが。
1ヶ月前。
あの日からあやかしの様子がおかしい。
「まだ雪山には行かないのか?」
「そっちじゃなくて右側」
「…はいはい」
当然だが、あやかしは駒に触れられない。ので、俺が動かしている。
妖怪が見えない人からしたら、1人で将棋を遊んでいるという究極のぼっちになってしまう。
「何してたの、あの女の子と」
「またその話か」
話はちょうど1ヶ月前に遡る。
雫と憂は、半個室のつけ麺屋でコシのある麺を啜っていた。味は濃いようで優しく、昆布水のつけ麺は、とろろそばのように麺にまとわりついていてボリュームが感じられた。
「まず、なんで学校休んでたの」
「ゆうにLINEした。聞いただろ?家族関連だって」
「お父さんが帰ってきてるんでしょ?」
核心に迫るように言うが、ハズレだ。
もっとも、妖怪が見えるようになったんでしょ〜なんて言ってきたら怖い。
「…そうだ」
これは賭けだ。
ここで雫を騙し切れば、雪山に行く1週間、学校を休む口実を作ることができるかもしれない。
「会わせてよ、ろうきさん?だっけ」
「いやそれは困る」
「どういうこと?じゃあなんで登山用品なんか買ってたの?ろうきさんに頼まれたから?」
「どうだろう」
雫は、ズズッと勢いよく麺を吸い込んだ。
顔が怖い。
「そんなに信頼できない?私、昔から憂には常にオープンでいたのに」
「いや言い方よ、まぁいろいろ相談には乗ったけど」
「そろそろ私を頼って」
憂は覚悟を決めていた。
もうこれで終わってもいい。
だからありったけ…。
「話すよ。お父さんが帰ってきてて、お母さんのお墓を作るらしい。それで一旦、お母さんの実家に戻ることになった」
「お母さんの実家、どこ?」
えーっと、山があるとこ、一応雪もあるとこにしといたほうがいいか?
「……長野」
「なるほどね、だから登山着買ってたの。スキーウェアっぽかったし、まぁ納得」
雫が麺を啜るペースが落ちていた。
憂は、動揺して箸が進んでいなかった。
ようやく食べれる。
1400円もしたんだ。幼なじみとはいえ、女の子と2人でご飯に来ているのだからそんなもの必要経費だとしても、冷めた状態で食べれば損だ。
箸で麺をごっそり、持ち上げる。
美味しそうだな、このとろとろ感…。
「じゃあ急に後ろに振り向いてたのは?」
「グホッ」
勢いよく麺が喉に詰まった。
雫は慌てて憂の背中をさする。
「そういう時期はだれにでもあるだろ?」
「あるけど、あんたずっとボソボソ喋ってたじゃん1人で。デポにいる時も、ずっと」
「ついてきてたの!?」
「もちろん」
自慢げにストーキング暴露をしている。
恥を知れ、全く。
「イヤホンで友達と話してた、後ろ振り向いたのはなんかイタズラされてびっくりしただけ」
「『今オレお前の後ろにいるぞ〜』的なこと言われたってことね」
「そ」
「なんでその場で、そう説明しなかったの」
「イヤホンつけたまま話しちゃったの、失礼だと思って。ごめんね」
雫の目を見る。
「それだけだったのかぁ、まぁいいよ。その代わり、私もお母さんの実家に連れて行って」
あやかしは無様にも、王を逃がしている。
王手。
憂は敵陣を荒らして荒らして、最後は香車で退路を塞いで勝利した。
「負けたかぁ。2人で話して、ご飯食って、ありもしない母親の実家に連れて行くことにしたの?」
「全部終わったら、本当のことを話すよ。それまでの時間稼ぎみたいな感じ」
「ほんとに話しちゃうの?」
「仕方ないでしょ」
「そうだけど、私たちだけの秘密にしてた方がいいんじゃない?」
「ん?なんで?」
「いや…」
あやかしは、疑っている。
本当にそれだけだったのか。
いや違う。
「あの日、帰ってくるの遅かったじゃん」
「中央線が遅れてて」
その話をしただけなら、もっと早く帰ってくるはず。あんな夜遅くまで2人で何をしていたのか。
電車の遅延なんて、たかが知れてる。
「何してたの?私そんなに信用できない?」
「似てるな、なんか。しずくとあやかし」
「似てない!」
やけに大きな声を出した。
あやかしは自分でもそう思った。
憂は驚いている、というか怖がっている。
「あ……ごめん大きい声出して」
「俺以外に聞こえてないから大丈夫だよ。それに、あやかしに嘘はつきたくない」
「そう…」
あやかしは、少し顔を赤くして相槌を打つ。
「将棋盤、片付けようか」
憂がそう言って、将棋盤のサイドから引き出しを開く。
あやかしは駒をザーッと流し入れた。
あやかしが流し入れた?
ん?
「ん?」
2人の間にハテナが浮かぶ。
「逆サイドもやろっか」
もう片方の駒も片付けた。あやかしの手で。
「なんで…さわれるんだ…?」
「え…?」
——————
ついに雪山に行くようだ。
場所は、なんと長野県。
「しずくに言ったとおりの場所だな」
「はやくいこ」
遮るようにあやかしは言って、先導する。
2日前の夜に起きたことは、あやかしの妖力が0に近づいているから起こる現象だと結論づけた。
ならば、善は急げ。
いち早くあやかしに、妖力を分け与えないといけない。
「長野旅行行ってくる」
「あぁ行ってらっしゃい」
祖父は見送った。なんで放任主義なのだろう。憂には、このくらいが心地よかった。ただ愛情を爆発させて、鎖をつけるような教育よりも、ずっと。
あやかしの故郷である雪山は、普通のルートでは踏み入ることはできない。それこそ、人間が遭難してたまたま入ってしまったならば死亡が確定する。遭難して行方不明になる人には、妖怪の世界に迷い込んでしまう場合もあるらしい。
「私から離れないでね」
THE 田舎の駅から、すぐ前に見える山に向かって歩く。雪はない。冬ではないのだ。これを雪山と、果たして呼べるのだろうか。
登山用の入り口、加工された木から作られた階段から登ろうとすると、あやかしは言った。
「そっちは人間の入り口。こっちね」
古井戸があった。数多のツタが生えている。
「ここから入るのか?」
「一応、山に入ってから決められたポイントを順番に歩いていけば私の故郷に行ける。けど、こっちの方がはやいよ」
「井戸に飛び込むとか、怖いんだけど…」
あやかしは嬉しそうに近づいてくる。不気味だ。
「え?何が?」
「いや…なんか細菌とかウイルスとか…」
「嘘つき。ただ飛び込むのが怖いだけでしょ?こんなのにビビってるの?」
「うん」
正直に答えると、あやかしはもっと嬉しそうな顔をした。
「2人なら大丈夫だよ」
自分でも驚いたのだが、胸が締め付けられたような気がした。
彼女は人間じゃないというのに。
彼女の手は冷たかった。
か弱く感じられた。妖力が足りないからだろうか。
訳もわからず、勢いで井戸に飛び込んだ。
彼女と過ごした1ヶ月。たった1ヶ月だが、色々な思い出が頭を駆け巡った。
風圧が髪を揺らしている。意識が朦朧としていく。
不安からか、気づけば彼女の腕ごと掴んでいた。
木にぶら下がるコアラのようだ。
恥ずかしい。こんな姿は、彼女に見せたくない。
背中に感触がある。きっと彼女が、支えてくれているのだろう。
「見て、うい」
粉雪。
視界一面に白色が広がっている。
まるで転移したかのごとく、緑の山が雪山に変わっていた。
そして、天空にいた。
「え!?死なないよね!?」
我に帰る。
落下しながら、後ろから抱きしめてくれている彼女に言う。
「だいじょ〜ぶ」
緩く告げた彼女は、斜めに急降下を始める。
ムササビのように滑空して上手く雪山に着地した。
「へぶっ」
上手く?いや結構痛い。
「ここから、ちょっと歩けば私の家がある。いこ!」
「はぁい」
痛みから、まだ解放されていない。
もっと丁重に扱ってくれよ、と言いたいところだが彼女はどんどんと進んでいく。
手は離してくれない。別に離す気もないが。
寒い。
そんなことよりも、目線が痛い。
肌から直で感じる。
近くに妖怪がいる。それも大勢の。
綺麗な雪景色を堪能する時間もない。
「それは人間かい?」
「あんたには関係ない。退いて」
「何をするつもりか知らないけど、面倒ごとは起こさないことね。あんたが雪女様を怒らせたら、妹の首が飛ぶよ」
「2回も言わせないで」
彼女は手を強く握った。
その瞬間、吹雪が強くなった。
もう一度彼女が「退いて」と言うと、大きな妖怪は冷や汗をかきながらどこかに消えた。
「痛いですあやかしさん」
「ごめんごめん」
そんなことが何度かあった。
その度に、手に激痛が走った。だけど悪い気はしない。




