番外編2 料理修行1
「お願いします!」
四月、オレは自宅の台所で、小皿に味噌を溶いたばかりの味噌汁を入れて、おふくろにスッと差し出した。
具は、ネギと豆腐とワカメ。
「味、濃すぎよ」
「え!? どこが!?」
ただいま、絶賛、婿入りのための料理修行中。
婿に行く先は、恋人ハルの家。
隣の家なのだから、ハルの家で修行すれば良いのかもしれないけど、プロポーズに失敗した関係で、現在、「結婚」の二文字は禁句状態。けど、結婚を諦める気がないオレは、コッソリ、裏でできることを続けていた。
プロポーズの根回しを、ハル抜きで行った結果、ハルに拒否られるという大失態の後だ。
ちゃんとハルの気持ちを考えて行動する大切さは重々承知していたけど、ハルのために料理を覚えるくらい、別に大丈夫だよな?
小皿に味噌汁を注ぎ、自分でももう一度味見する。
うん。うまい。
「……こんなもんじゃない?」
何かできることはないかと頭を悩ませた結果、専業主婦のおふくろに料理を習うことを思いついたのは、ハルにプロポーズを断られた一週間後。
おふくろは笑いながら、
「まさか、婿に出す息子に料理を教えることになるとはね」
と言い、包丁の握り方や出汁の取り方から叩き込んでくれた。
調理実習くらいしかまともにやっていなかったせいで、何度もおふくろにバカにされつつ、それでもやっと褒めてもらえるようになってきたんだ。
これだって、鰹出汁がよく効いててうまいよな?
味にしても、そんなに濃いとは思えない。
オレ的には、割とおふくろの味に近づいて来た気がするんだけど……。
「そんなに濃いかな?」
おふくろは、うーんと少し考えた後、ポンとオレの肩を叩いた。
「叶太、あなた、一度、沙代さんに頼んで、陽菜ちゃんの食事を食べさせてもらって来なさいな」
「え? ハルの食事?」
「そう」
「けど、遊びに行ったら同じものを食べてるし、出かけたら外食だって普通にしてるし」
「そうよね。けど、きっと違うと思うわよ」
「……違うかなぁ? でも、まあ……おふくろがそう言うなら」
とは言え、ただでさえ外出の少ないハル。
一体、いつ行けば、ハルに内緒で食べさせてもらえる?
表情から、オレが何を考えているのかを読み取り、おふくろが笑いながら言った。
「遊びに行った時、先に、今日は陽菜ちゃんと同じ味付けで出してくださいって頼めば良いじゃない」
「あ、そっか」
そりゃそうだ。
ハルと一緒に食べる時に、同じ物を出してもらえば良い。
てか、今までだって同じ物を食べてたんだけど……。
おふくろは、もう一度、味噌汁の味を確認した。
「うちなら、これで良いんだけどね。美味しいわよ、とっても」
そう言うと、おふくろはオレの前にドンとほうれん草の束を置いた。
「さ、味付けの話は置いておいて、付け合わせの方に行きましょうか」




