番外編1 娘の結婚
八月、青空の綺麗な夏のある日、目の中に入れても痛くない程に可愛い愛娘が結婚した。
私がオーダーした純白のウェディングドレスに身を包んだ娘は、まばゆいほどに美しかった。
今まで、育ててくれて、ありがとう。
そう、涙を溢れさせ、震える声で告げる娘の言葉に、不覚にも目が潤んだ。
娘と腕を組み、溢れんばかりの拍手に包まれながら、共にバージンロードを歩く。
私も妻も、こんな日が来るなんて、思ってもいなかった。
☆ ☆ ☆
娘の陽菜は生まれつき心臓にひどい奇形があり、生後一週間目を皮切りに、過去何度も開胸手術を受け、過去何度も生死の境を彷徨った。
普通に歩いたり階段を上ったりするのすら、陽菜には大仕事。しょっちゅう体調を崩して寝込むし、入院加療が必要となる。
生まれてすぐが最初の余命告知。早急に手術をしなければ命はないと言われた。手術の成功率も決して高くなく、一ヶ月も早く生まれた小さな小さな娘を見て、一人家で涙した。
その後も、何度も大きな手術をした。それでも、娘の心臓が治ることはない。
根治する目処も立たないまま、少しずつ心臓の状態も悪くなり、長年の投薬の副作用もあり、心臓以外の臓器の状態も悪くなっていた。
心臓移植が必要なら、海外でもどこでも連れて行こうと思っていたのに、神の手と呼ばれるような世界的な権威による手術の効果もあってか、長く薬でのコントロールができていた。
他に治療法がある今の状態では、移植は適応外だ。そして、心臓の状態が少しずつ悪化していくとともに、他臓器の状態も歩調を合わせるかのように悪くなって来ている。心臓の状態が移植適用になる前に、他臓器がこれ以上、悪くなったら、もう移植はできない。
今はとにかく、心臓も他の臓器もできる限り大切に使っていくしかない。
そんな身体の弱い娘にも、幼なじみの彼氏がいた。
隣の家に住む広瀬家の次男坊。四歳で陽菜に出会い、恋をして、それ以来、陽菜一筋という男。
悪くはない。
同じ学校に通い、常に同じクラスで陽菜を助けてくれる。さすがに、親の分際ではどう頑張っても学校にいる間は手を出せない。誰はばかることなく、陽菜を大切に守ってくれるのは、正直、ありがたかった。
身体を鍛えるのすら、陽菜を守るためだと言い切るそいつに、陽菜も惚れているらしい。
目の中に入れても痛くないと思うほどの愛娘だ。
父親として恋人との間を多少なりとも邪魔したいと思ったって、自然な気持ちだと思うのだが、どうだろう?
だが、陽菜があんまり幸せそうにそいつといるから、邪魔したくても、することができない。
陽菜の心臓がいつか、新しい治療法か何かで軽快したら、もしかして、こいつが陽菜を奪っていくのかとも思った。嫌だけど、その時は許すしかないんだろうと思っていた。
……が、しかし、だ。
まさか、心臓は調子の悪いまま、同い年の男が、まだ高校生の娘を奪って行くとは思いもしなかった!
しかも、陽菜を想う気持ちは、私が妻を思う気持ちより、もしかしたら遥かに深いのではないかと思わされるくらいで……。
陽菜のために高校生ながら収入を確保した上で、結婚も筋を通して、私に事前に許可をもらいに来たくらい、そいつは陽菜を本気で愛している。
確かに、陽菜のためには、そいつとの結婚が良いのだろうと思ってしまった自分に、心底驚いた。
だが、許せるはずがないだろう。
そして、怒りに任せて、嫁にはやらんと言うと、そいつは怯むどころか、即座に言い間違えたから、やり直しても良いかと言いやがった。
自分を陽菜の婿にしてくれ……と。
自分が姓を変え、牧村になるから、私の息子にしてくれと……。
しかも、新居に出て行くのではなく、この家に住ませてくれという。
気がつくと、形がどうあれ陽菜を奪われるには違いないのに、私は思わず頷いていた。
☆ ☆ ☆
そいつが、今日、間もなく我が家にやって来る。
新婚旅行代わりの別荘での数日間を終え、娘と共に帰宅する……。
「ただいま」
ドアを開けると、愛娘と婿がいた。
「おかえりなさい」
と、娘がはにかんだ笑顔で迎えてくれる。
その隣の、愛娘を奪っていったにっくき婿が満面の笑顔で、
「お父さん、これからよろしくお願いします!」
と言うと、ぺこりと頭を下げた。
しかめっ面をするはずが、思わず、笑って出迎えていた。
「よく来たな。ようこそ、」
我が息子! ……とは、さすがに気恥ずかしくて言えず、省略した。
どうやら、私はこの元娘の彼氏が、自分の息子となって我が家に来る事を喜んでいるらしい。
思わずにやけた顔に気が付いた娘が、嬉しそうに笑っていた。
☆ ☆ ☆
あの日、絶対に許すはずのない結婚を承諾してしまった後、一人で反省会を開いた。
あの手腕は、なかなかすごかった。とても高校生とは思えない交渉術だ。
分かっていてやっているのか、天性のものかは分からない。が、いずれにしても、筋が良いのは間違いない。
私もまだ若いが、いずれは、牧村商事の跡取りも考えなくてはいけない。
我が家には、非常に出来の良い長男がいるが、医学の道へと進んでしまった。
陽菜は働けるような身体ではない。
世襲にはこだわらないつもりだったが、良いことを思いついてしまったんだ。
そう、娘婿が継いでくれるというのはどうだろう?
よくある話だ。
彼は先日、やっと十八歳になったばかりだと言うのに、既にひと財産築いてしまっている。
ひとえに陽菜のために。
だから、こんな重荷は嫌だと渋るかも知れない。
けど、構うものか。
私の宝物を奪っていったんだ、オマケの一つや二つ、持って行ってもらっても良いだろう?
いや。陽菜の婿には自動的についてくる義務ってことでどうだろう?
押し付けが過ぎて、陽菜共々出て行かれてしまったなんてことにならないように、慎重に進める必要がある。
なに大丈夫だ。時間はまだまだある。
何しろ、彼は十八歳。10年もあれば洗脳には十分じゃないか?
幸い、私もまだ若い。20年かけても良いかもしれない。
いやいや、愉快愉快。
「叶太くん、君は投資をやっていたね? もし、事業投資なんかにも興味があれば、いつでも言ってくれたまえ。株や不動産ではもう教えることもないだろうが、事業投資なら、まだ私でも教えられると思うよ」
「え!? 本当ですか!? 嬉しいなあ、今度ぜひ! 興味はあったけど、そこはまだ勉強できてなくて」
「それは良かった! じゃあ、陽菜が寝た後の夜にでも勉強会をしよう。新婚さんの邪魔もなんだから、そうだな来週からでどうだい?」
彼が嬉しそうに同意をするのを見て、私は密かにほくそ笑んだ。
☆ ☆ ☆
結局、陽菜の二度の手術と長引く入院で、なかなか勉強会は実現しなかったが、興味があるのは本当みたいで、私が貸した本は既に二冊返ってきた。
来週には、ようやく陽菜も退院予定だ。
そうそう。
牧村商事の社長には、もれなく牧村総合病院の理事長の座も付いてくる……ってのも言わなきゃな。
陽菜を溺愛する叶太くんのことだ。医療従事者ではない彼には、その地位は魅力的かも知れない。
牧村総合病院に潤沢な資金を回すためには、牧村商事の業績も上げなくてはいけない。
きっと彼は、頑張ってくれるだろう。
「楽しそうね、幹人。何か嬉しいことでもあった?」
妻の響子さんが不思議そうに聞いてきた。
「いや、もうすぐ陽菜が戻って来るなと思ってね」
「ああ。本当ね。今回も何度もヒヤヒヤしたわ……。無事、元気になってくれて本当に良かった」
「ああ」
「叶太くんのおかげかしらね」
「そうだな」
「あら。否定しないのね」
意外そうに、響子さんが目を丸くした。
「いや、良い婿をもらったと思うよ……本当に」
顎に手を当て、思わずにやりと笑うと、響子さんはどこまで分かっているのか、面白そうにクスッと笑った。
《 完 》




