第四百五話
鉱山を進んでいく大輝たち。
何度も魔物との戦闘を重ねていく中で大輝と秋は満足したようで、その後は戦闘をリズとも交代し、彼女も武器を試すことができた。服装と相まって戦姫を思わせる彼女の戦い振りは、勇者である大輝たちに負けずとも劣らぬ奮闘ぶりだった。
「さて、この先に広場があってそこには竜や魔物がいたことがあるという話だったけど……」
「それより、ここってマグマが流れていて熱いとかって話だったけど、全然そんな感じないよね? むしろ涼しいというか……」
大輝はこの先にいる魔物を見すえていたが、はるなは環境が聞いていたものとあまりに違うことに違和感を覚えていた。きょろきょろと周囲を見渡すも、マグマなどどこにもなかった。
「確かに涼しい……というより、寒いかも?」
秋もはるなと同様の感覚を覚えており、ぶるりと震えると暖をとるように肌をさすっていた。洞窟に入った時に動きやすさを重視し、外で着ていた防寒具を脱いでいたため、寒さが身に染みるようだ。
「これは……全然違うみたいだねえ。何かがあって環境の変化があったのかも?」
寒そうにしているリズに抱き着くようにくっついたはるながそう呟く。
女性陣が集めて来た情報は多方面からのものであるため、今のこの状況は大輝、それに冬子もリズもおかしいと感じていた。
「――少し魔法で空気を温める」
悩んでいても状況が変わるわけではないので、冬子が炎の魔法を応用し、自分たちの周囲の温度をゆっくりとあげていた。はるなの障壁に重ねるようにすることで消費魔力もぐっと抑えられている。
「冬子ちゃんありがと!」
「助かるわ」
「ありがとうございます」
女性陣はみな寒いと感じていたため、冬子の対応に感謝していた。みんなに感謝された冬子はいつも通り無表情に近いが、どこか嬉しそうな雰囲気が漂っている。
「――さて、問題はこの先だよ。一体何が起こっているのか……」
奥に近づくにつれて魔素の色がさらに濃くなってきている。もう奥が魔素の霧で見えないほどで、禍々しい雰囲気があった。
そこからみな表情がひきしまり、大輝を先頭に、ゆっくりと広場へと進んでいく。
広場に足を一歩踏み入れたところでその違和感がひと際強くなったのを全員が感じていた。
「っ、これは!?」
先頭を進む大輝が一番最初に異変に気づく。
まず、この場所は魔素が異様なほど濃くなっている。これは今までと同じものであると予想できた。
次におかしいのは壁際を流れていたはずのマグマが全て凍り付いていた。
「ギャルルルル……」
そして、広場の中央には魔物の姿があった。唸り声をあげて侵入者である大輝たちをギラギラとした眼差しで睨み付けている。
魔物は大型のトカゲタイプで、その身体は氷で覆われている。おそらくはマグマの凍結や周囲の温度の低下はあの魔物が原因と思われた。
「あれは……強いね」
白い息を吐きながら、大輝は魔物を見ただけでその力を感じ取っていた。警戒するような表情で武器に手を当てる。
「えぇ、油断できないわね」
その隣に立つ秋も同様にその力を見抜いていた。キッと力強く魔物を睨む。
「二人とも下がって」
その時、いつも後方で魔法攻撃をメインとしている冬子が一歩前に出て大輝と秋を下がらせる。
「冬子……?」
どうしたんだろうと大輝が声をかけるが、冬子は振り返らず更に数歩進んでいく。
そしておもむろに杖を前に振りかざすと、素早く魔法を詠唱する。
「“フレイムサークル”!」
使ったのは上位魔法ではなく、珍しくない初級魔法。しかし、威力は通常のソレとは格段に違った。
冬子の足元を中心に風が巻き起こったかと思うと、瞬時に発生した炎の魔力がうねりながら勢いよく燃え盛り、円状に広がっていく。彼女のローブは強い魔力が放つ余波で大きくはためいている。
後方にいた大輝たちにこれほどの魔法による影響がないように発動されているのは、彼女の魔法操作力の高さが成せる業だ。
「ギャル!?」
氷のトカゲは徐々に息苦しくなるほどの熱さを感じ、酷く動揺していた。自分の領域があっという間に支配されていくような感覚に恐怖を抱いたのだ。
広がった炎の力は凍りついたマグマを飲み込みながら溶かしていく。じゅわりと音を立てて火が入ったマグマは再び力を取り戻すように周囲の温度を上げる。
冷気が充満していた広場は、それまでとは反対に熱気に満たされていった。
「まずは、相手の弱点になるフィールドを形成する」
淡々とした表情で勢いよく燃え盛る炎を操りながら冬子が告げる。
「サルグトカゲ――氷の属性を持つ大きなトカゲの身体をした魔物。自身の周囲数メートルを凍結させてしまうほどの冷気を持つ。その特性そのままに氷の攻撃を得意とし、遠距離は氷の息などの魔法攻撃、近距離は氷の身体を使っての物理攻撃が特徴……でも氷は氷――炎に弱い」
彼女の言葉通り、サルグトカゲは明らかに弱気の表情になっている。どうすべきか悩み、身がすくんでいるように見えた。
「そして、動きが弱ったところで。“フレイムアローフルバースト”!」
次に使った魔法も基本的な初級魔法。しかし、その魔法に込められた魔力量が尋常ではなかった。
発動された魔法の矢の数は百を超えており、蒼太が一度に生み出すファイヤーボールの数をはるかに超えていた。
冬子の背後に百以上の矢が放たれる瞬間をいまかいまかと待つように展開されている。
「――と、冬子!?」
初級魔法の威力とは思えないほどの状況を見せつけられ、動揺を口にしたのは大輝だったが、それ以外の三人も同じように驚いていた。
「魔法はただ難しい魔法を使えばいいというわけではない、そしてスポーツでも勉強でもそれは同じ。魔法も基本が大事」
基本的な魔法の修練を続け、その威力を高めることに、数を増やすことに成功した冬子。
移動中も常に魔力の循環の練習を行い、夜間も一人で基礎魔法の練習をしていた。
着実に積み重ねてきたその結果が、この魔法に繋がっていた。
「いけ」
放たれた魔法とは裏腹に冷たい言葉で彼女がすっと杖を振り下ろすと、勢いよく飛び出した炎の矢が一斉にサルグトカゲへと向かって行く。
一本避けようが次の一本が迫る中、何が起こっているのか全く理解できないサルグトカゲは、なすすべなくその矢を全身に受けてしまうことになる。
最初の環境であれば、自身の持つ氷の力を最大限に使うことができ、防御に徹するべく強度をあげることもできた。
あの時、先手を打って動いていれば、フレイムアローを大量に生み出す時間を与えなかったかもしれない。
そんなことを考える暇もないほどあっという間に、冬子の魔法はサルグトカゲの身体を貫いていた。
一本、また一本と襲いくる矢はトカゲの氷を溶かし、その弱ったところを更に追い詰めるように突いていく。もうこうなってしまえばサルグトカゲには抵抗する手段はない。
「ギャ、ギャギャ……」
苦し気にうめくそれが断末魔の声となり、無残な姿になったサルグトカゲはその場に倒れていった。
「っと、冬子すごい!」
「冬子、あんたこんなにすごかったの!?」
「冬子ちゃん、すごいよ!」
「なんて魔力……すごいです!」
冬子の魔法に圧倒されて見入っていた大輝、秋、はるな、リズが次々に冬子へ興奮気味に声をかける。
氷のトカゲを倒したことをしっかりと確認して一つ息を吐いた冬子は、振り返って右手を軽くあげてみんなの声に応えた。
その瞬間、表情を硬くした大輝と秋が全力で走り出す。
刹那、カキーンという金属音が広場に響き渡っていた。
「させない!」
「わよっ!」
大輝と秋は冬子を狙った攻撃を防いでいた。冬子はハッとしたような表情で彼らに守られたことを知る。
冬子が大輝たちへと振り返った瞬間。その背中を狙った黒い鎧が一瞬で距離を詰めていたのだ。
しかし、その目論見は二人によって止められることとなる。
蒼太が倒したはずの黒い鎧――それと同一かはわからないが、同一種の鎧だった。
「ここからは近接戦闘で僕たちが相手をするよ。覚悟してもらおうか」
「二人がかりだけどいいわよね?」
仲間の背中を狙われたことに苛立ちをにじませた二人の言葉に黒い鎧は何も答えない。ただ、その無機質な鎧の隙間から異様な色合いの目の光だけが見えていた。
「うおおおおおお!」
先に動いたのは大輝。
黒い鎧の剣を受け止めていたが、そのまま剣で押し返してみんなから距離をとっていく。
その大輝に秋も並走し、大輝が力を入れて思い切り後方へ吹き飛ばしたところへ飛び込み、勢いよく剣を振り下ろす。
「せいやああああああああ!」
攻撃は直撃、とまではいかなかったが、鎧をかすめる。
秋の攻撃は鎧に傷をつけることに成功したが、その傷はすぐに最初からなにもなかったかのように修復されていく。
「――再生能力?」
「これはやっかいな相手ね。でも、いい腕試しになるわ」
黒い鎧と対峙した二人の表情は笑顔に変わる。
道中で戦った魔物はそのほとんどが手ごたえがなかった。
しかし、この鎧が相手であれば存分に自分たちの力を試すことができる、と。
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