第三百五十二話
霧散するように黒オークがかき消えてからも、一同は黒オークがいた場所を睨んでいた。
「これは……」
「終わった、のか?」
だがしばらくしても何も起こらないことで、少し警戒を緩めた大輝とガルギスがその言葉を口にする。
その言葉に反応する者はおらず、いまだ揃って森の奥を見つめていたが、しんと静まり返った森があるだけだった。それ以上何かが現れる気配がないため、次第に一同はざわざわとし始める。
「こ、これは!」
「やった!」
「倒した!!!」
緊張から解放された大輝たちの後ろにいた冒険者たちが口々に喜びの声をあげる。
「ふう、これなら大丈夫みたいだな。みんながこれだけフラグを建てても何もないみたいだからね」
ゆっくりと深呼吸するように息を吐いた大輝は冬子に向かってにっこりとほほ笑んで言った。
「フラグよりも、周りの魔素が薄まっているから恐らく原因を取り除けたと思う」
「きゅ、急に真面目な返事をもらうとリアクションに困るな」
冗談のつもりで言った大輝だったが、さらりと返された冬子のそれは状況を見ての判断だった。予想外の反応に大輝はガックリと力が抜けて力なく笑うしかなかった。
「何変なこと言ってるのよ、そんなことよりもまだ魔物と戦っている人がいるんだから、そっちの助けに行くわよ!」
眉を吊り上げた秋は気が抜けていた大輝の背中をバシンと叩いて走り出していく。
「う、うん!」
そんな秋に置いていかれないようにと大輝たちが続いていく。
「やれやれ、疲れ知らずか。……俺も負けてられないな!」
そんな五人の背中を見送ったガルギスも大輝たちとは別の場所に向かい、いまだ戦っている冒険者たちの助けに向かった。
「もう少しだ! みんなあとひと踏ん張りがんばるぞ!」
そこで戦っていたカルロスの声に赤い一撃の士気は高まり、残った魔物たちの掃討に専念していく。
前線で大剣を構えて戦うカルロスはSランク冒険者であり、彼が戦いに参加していることはクランメンバーの心のよりどころにもなっていた。
「せいっ! やあっ!」
相変わらずの膂力をもつカルロスは両の手に持った大剣を軽々と振り回し、次々に魔物を一刀両断にしていく。
「ひゅう! 相変わらずすごいな!」
その言葉はガルギスのものであり、口笛交じりにカルロスの戦い振りを見て感心していた。そんな彼も他の冒険者たちから見たら十分すぎるほどの実力を持っており、持ち前の拳で次々に魔物を葬り去っていく。
彼らの活躍により、森に住みついていた強力な魔物たちが次々に倒されていく。
少しずつ、しかし確実に状況は変わっていった。
「ふう、これで大体の魔物は倒せたのかな?」
周囲の魔物をあらかた片付け、一息ついた大輝たちは一度他の冒険者たちのところにいき、状況を確認する。
「あぁ、ダイキといったな。君たちの活躍はガルギスから聞いた。君たちがいなかったら、この勝利はなかったかもしれないな」
大輝たちに気付いて言葉をかけてきたのは赤い一撃のリーダーカルロスだった。すらりとした長身に整った顔立ちの彼は、荒っぽい赤い一撃のメンバーの中でとても目立つ存在だ。
「あなたは、カルロスさんでしたね。僕たちが前で安心して戦えたのはあなた方が後方の魔物の相手をしてくれたおかげです。これは僕たちの活躍ではなく、この場にいる冒険者全員の活躍ですよ」
にっこりとほほ笑みながら遠慮がちに身を引いた大輝はカルロスにそう返した。
「ふむ、そのつけあがらない姿勢は君のいいところなのだな。……よかったらうちのクランに入らないか? もちろんお仲間のお嬢さんたちも一緒にだ」
機嫌よく頷いたカルロスはウィンク交じりに大輝たちに微笑む。
周囲にいた赤い一撃のメンバーはカルロスの悪いくせが始まったと呆れていた。武闘大会の時もあったことだが、有望な冒険者を見ると彼はすぐにスカウトする癖があるのだ。
「……えっ? いや、あの、そう言ってくれるのは光栄なんですけど、僕たちには目的がありまして……その目的を果たさないことには、そういった選択肢はとれないんです。すいません」
「それは残念だ。もし、それが片付いて興味があれば声をかけてくれ。君たちならいつでも歓迎しよう」
戸惑いながらも大輝はその申し出を断った。だがカルロスは残念そうな表情は見せなかったものの、、女性が見たら惚れ惚れするような微笑みと共に最後の一声を忘れない。
「あ、あのー、カルロスさんは僕たちとは一緒に戦っていなかったと思うのですが、なんでそんなに買ってくれているんですか?」
ふと大輝は疑問に思っていたことをカルロスにぶつける。
「あぁ、君たちと一緒にガルギスが戦っていたただろう? こいつが君たちのことをべた褒めしていたんでね。詳細な戦い振りも聞いているんだ」
そこへガルギスもいつの間にかひょっこりと顔を出し、カルロスの隣にやってきていた。
「悪いな、こいつが聞きたいっていうからあんたたちのことを話したんだ」
「自分の目で見ていないのに、ガルギスさんのことを信用して僕たちを誘ったんですか?」
人づてに聞いた話だけでスカウトをしたことに大輝は驚いていた。いくらなんでもそれで大丈夫なのか、と不安を覚えたのだ。
「ん? 親友が君たちのことを褒めていた。であるなら、それを疑う余地はないだろう?」
何を言っているんだ? とカルロスは首をひねっていた。彼はどうやら本心からそう思っている様子だった。
「こういうやつなんだ。まあ、悪く思わないでやってくれ」
困ったような笑顔を見せたガルギスは頬を掻きながら、ぽんとカルロスの肩に手を置いた。
「いえ、いい関係だと思いますよ。それだけ信頼できる仲間がいるというのは素晴らしいことです!」
ガルギスとカルロスの信頼関係を素敵だと思った大輝は眩しい笑顔を見せながら、カルロスに負けず劣らず臭いセリフを口にしていた。
「こういうやつなんです。ごめんなさい」
ガルギスへと秋は苦笑いしながら大輝の肩に手を置いていた。
「ははっ、お互い苦労しているな」
「ふふっ、全くです」
ガルギスと秋はどこか通じ合うものを感じ取ったらしく、お互いの顔を見て笑いあっていた。
それをカルロスと大輝はきょとんとした表情で見ている。そんな彼らがおかしくて、はるなたちはクスクスと微笑みあっていた。
「さて、それじゃあみなさん。撤収しましょうか」
そろそろ落ち着いたころだろうと、大輝は何事もなかったように話を進めていく。
「そうだな。……みんな帰る準備を始めろ!」
それに頷いたカルロスも同様に仲間たちに声をかけていく。
この切り替えの早さを見ても、二人は似た者同士だった。彼らの呼びかけで周囲の冒険者たちが準備に入って行く。
「そういえば、報酬ってどうなるんだろうね? うちら、原因っぽい魔物倒したけど、多分倒した魔物の数はそこまで多くないでしょ?」
周りの人たちに合わせるように帰り道へと移動しながらはるなが大輝と秋に質問する。
「恐らくですが数だけではなく、倒した魔物の質も評価に加わるかと思います」
そっと会話に入って来たのは、これまで影の薄かったリズの言葉だった。
「そっかあ、じゃあうちらも報酬たくさんもらえるといいねっ」
そんなリズの手を取ったはるなは笑顔でそう言った。
こうして彼らは森をあとにする。
結局、あの魔物は一体何者だったのか……それを知ることになるのはまだしばらく先のことだった。
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