第11話:魔法の消えた朝に、探偵は泣く
魔法が消えて三ヶ月。王都は、物理的な不便さと人間臭い混乱の中にあった。
かつて貴族が優雅に空を飛ぶために使っていた魔法回路は、今やただの粗大ゴミと化し、通りには生活の術を失った元魔法使いの浮浪者が溢れている。
俺――探偵ツヨシは、事務所の窓からそんな王都の姿を眺めていた。
「ツヨシ、見て! あの家の屋根、魔法が切れて崩れちゃったみたい。修理の手伝い、行こうよ!」
エリスが楽しげに言う。彼女は魔法を失っても、相変わらず明るい。
俺は黙って珈琲を啜った。この状況を作り出したのは、紛れもなく俺だ。
俺がシステムを強制終了させたことで、この世界の文明は数百年分、時計の針を巻き戻されたに等しい。俺の「正しい選択」が、誰かにとっては「絶望」であるという事実。それを突きつけられるたび、俺の探偵としての矜持は音を立てて削れていく。
そんな時、一人の老婦人が事務所の扉を叩いた。
「探偵さん……助けてください。孫が、魔法が使えなくなったショックで……いえ、魔法で生計を立てていたせいで、何も食べるものがないんです。もう、どうしたらいいのか……」
老婦人の孫は、元・王立魔法学院のエリートだった。彼は魔法が消えた瞬間、未来のすべてを失ったと思い込み、自ら命を絶つことを選んだという。しかも、彼が最後に遺した言葉は、「魔法のない世界に、希望などない」という俺への呪詛のような言葉だった。
「……私の、せいだ」
エリスの笑顔が、胸に刺さる。俺がシステムを壊さなければ、彼は今も輝かしい未来を生きていたはずだ。
探偵としての論理は、ここでは何の慰めにもならない。「システムがバグだった」という真実は、彼が失った「希望」の重さを決して軽くはしてくれない。
「ツヨシ、どうしたの? 顔色が悪いよ」
エリスが心配そうに俺の手を握る。その温かさに、俺は自分の「正義」が、いかに傲慢なものだったかを突きつけられる。
「エリス……俺は、彼らから『魔法』を奪っただけなんじゃないか。彼らが生きてきた時間や、積み上げてきた努力まで、無価値にしてしまったんじゃないか」
探偵の仕事は、真実を暴くことだ。だが、暴かれた真実が、依頼人の人生を破壊するものだとしたら? それでも探偵は、その真実を突きつけるべきなのか?
俺は生まれて初めて、探偵としての筆を置きたいとすら思った。
「……依頼は受ける。だが、事件を解決するわけじゃない。彼の『遺言』が本当に魔法の喪失だけを理由にしているのか、それとも、他に『人間としての』隠された動機があったのか、それを探るんだ」
俺は立ち上がり、コートを羽織った。
俺の論理は、今は魔法を解くためではなく、魔法の消えた世界で生き残る人々の「小さな嘘」を解くためにある。
「行こう、エリス。この世界が魔法の幻影から覚めたあと、本当に残るものを見つけに」
俺たちは、重い足取りで王都の裏路地へと踏み出した。
探偵と助手、魔法を失った二人による、新たな日常が始まった。それは、世界の秘密を追う壮大な物語から、たった一人の絶望をすくい上げるという、極めて小さく、しかし極めて残酷で愛おしい物語への移行だった。




