四十一本目
駅前の喧騒の中、優衣は機械的にティッシュを配っていた。
大学をサボり、虚無感に支配されたまま、ただ「社会との接点」を維持するためだけに立っている。指先が冷え、意識が朦朧としていたその時、手元が狂ってティッシュの束を路上にぶちまけてしまった。
「……あっ」
拾おうと腰を浮かせた瞬間、背中に衝撃が走った。
「――っ!?」
鈍い音とともに、優衣の体は前方にのめり込んだ。後ろから誰かに蹴られたのだ。
驚きと痛みで振り返ると、そこには、派手な服を着崩し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた雫が立っていた。
「……あは、みっともなー」
雫の目は、どこか濁っていた。
「なんなの……いきなり……」
優衣が震える声で立ち上がると、雫はさらに一歩詰め寄り、わざとらしくぶちまけられたティッシュをヒールで踏みつけた。
「あんた、まだ薫に期待してんの? 無駄だよ。薫はあんたみたいな『小綺麗なだけの女』なんて、これっぽっちも好きじゃないって。……私を選んだんだから。あんたの負けなの」
優衣の頭の中で、何かが音を立てて切れた。
「……なんで、そんなこと言うの? 今言う必要、なくない!? 私はただバイトしてただけなのに……!」
「必要はあるよ。あんたが生意気だから。勉強ができても、結局薫は私を選んだんだよ。言葉も知らない、こんなゴミ溜めみたいな私をさ!」
雫の言葉は、自分自身への呪詛のようでもあった。まともにコミュニケーションを取る術を知らない彼女は、マウントを取ることでしか自分の価値を証明できない。
「最低……。あんた、本当に最低……!」
「最低なのはあんたでしょ! 選ばれなかったくせに!」
優衣は叫びながら、雫の肩を突き飛ばした。雫も負けじと優衣の胸ぐらを掴み、二人は駅前で激しい掴み合いの喧嘩を始めた。
「離しなさいよ! 薫くんは、あんたが他の女といる彼を横目に、私を口説いてきたような軽薄な男だってこと、分かってんの!? あんたも、そんな男に縋って恥ずかしくないの!?」
「うるさい、うるさい!! あんたみたいに頭が良ければ、もっとマシな言い方できたんだろうね! でも私にはこれしかないんだよ! 薫を離さない、絶対に!!」
道ゆく人々が足を止め、スマホを向ける。
ティッシュが散乱する路上で、一人は絶望と怒りに震え、一人は劣等感と執着に狂い、醜く取っ組み合う。
そこには、恋の美しさなんて欠片もなかった。
ただ、持たざる者たちが互いの傷口を抉り合うような、泥沼の現実だけが転がっていた。




