復讐の終わり
私が今回大きく動くにあたって、一番の懸念はメアのことだった。
もし私の企みに気付かれていて、メアのところに刺客を送り込まれていたら……と考えると、体の震えが止まらない。
だから私は、ここに来る前にアフィーに頼んだんだ。メアの傍にいて欲しいって。
アフィーは、私のことを嫌いかもしれないけど……メアとは、仲が良さそうに見えたから。守ってくれるって、信じられる。
でも、アフィーは私が一人で孤児院に行くのを絶対に認めなかった。
確かに、私も戦えると言ったところで、孤立無援の状況の中で全てを切り抜けられると断言できるほど、強くはない。
だから……お父様に頼んで、今日一日だけ近衛騎士をもう一人護衛に当てて欲しいって頼んだの。
そうしたら、秘蔵の"影"を付けてくれるなんて言うものだから、びっくりしちゃった。
騎士は忙しいから、ってことだったけど……まあ、お陰でこの場にいるのは私一人だって勘違いさせて、トートン神父を油断させることが出来たわけだし、最高の人選だったと言える。
実際……トートン神父を取り押さえて、証拠を見つけ出してくれたセルマを保護出来たわけだから、結果も完璧だ。
これで、レレム皇妃を失脚させられる。
ただ……。
「説明して貰おうか」
その代償とばかりに、皇宮に戻った私は、執務室でお父様に詰問されているんだけど。
……理由は分からないけど、すごく機嫌が悪そうだ。
言葉選びを間違えたら、処刑されるかもしれない。
どうしてこうなったの? そもそも、なんであの場にお父様がいたのかも分からないし。
あれもこれも、全部分からないことだらけだ。
「……何を、でしょうか?」
間違えないために、まずはその真意を見極めないと。
そんな私の無難な問いかけに、お父様はギロリと鋭い眼差しを向けて来る。
「最初から、教会の不正に気付いていたのだろう? なぜ俺に言わなかった?」
「…………」
なぜって……それは……。
「言ったところで、証拠などありませんし……そんな私の言葉を、誰が信じてくれるのですか……?」
「だから、自ら乗り込んだと言うのか?」
「はい……」
頷くと、お父様の機嫌が更に傾き、全身から暗黒のオーラが溢れ出しているのを感じる。
何なの!? 私、別に間違ったことは言っていないと思うけど!?
「信じていたとも」
「はい?」
「娘の言葉だ、信じていた」
一瞬、それがお父様の口から飛び出した言葉だとは信じられなくて、その顔をまじまじと見つめてしまった。
混乱のあまり、私は思ったことがそのまま口から飛び出してしまう。
「嘘ですよね。陛下が、証拠もなく誰かの言葉を信じるわけがありませんし。まして、私の言葉なんて」
「…………」
あ、これ言ったらダメな奴だったかも。お父様がもう、視線だけで人を殺せそうな状態になってる。
冷や汗をダラダラと流していると……お父様は、溜息と共にその空気を霧散させた。
「信じるか信じないかは、俺が判断することだ。お前が勝手に決めるな」
「は、はい……」
正直、未来の記憶を前提とした話をお父様にするなんて、深く突っ込まれたら終わりなことを考えるとごめん被りたい。
だけど、それを今ここで口に出来るほど、私も命知らずじゃなかった。
「それと」
まだ何かあるの!?
びくびくと震える私に、お父様は目を逸らしながら言った。
「"陛下"はやめろ。以前のままでいい」
「以前の、まま……?」
「俺が助けに入った時、呼んでいただろう?」
助けに入った時? あの時は軽いパニックになっていたから、あまり覚えてないんだけど……え? もしかして……。
「お父、様……?」
「……ああ」
どうやら、正解だったらしい。
……いいの? 私が、"お父様"だなんて呼んでも。
「それでいい」
お父様の真意が分からない。
それでも、お父様から今日……ううん、人生で初めて向けられた笑みに、私はほんのちょっとだけ、胸が温かくなるのを感じた。
トートン神父が、私に禁止されている麻薬を使おうとした。
それを口実に、お父様の指示で教会に強制調査が入り、一週間。横領の事実だけでなく、麻薬栽培という更なる真実まで白日の下に晒され、教会上層部は一掃されることに。
失墜した教会の権威を取り戻すため、お父様が自ら次の教皇を選出し……孤児院の院長には、私がセルマを推薦した。
約束通り、支援金の支払いは継続して貰うようお父様にお願いしたから……ここから立て直せるかどうかは、セルマ次第だ。
ほぼ全て、良い形で決着がついたと思う。
ただ、一人を除いて。
「ウィル兄様……ごめんなさい」
皇子宮を訪れた私は、ウィル兄様に向かって頭を下げていた。
……今回私は、メアを傷付けられた復讐のために、教会の悪事を暴き出した。
当然、最大の標的だったレレム皇妃も責任を追及され、皇妃の立場も教皇の娘という特権も全て失い、これから先は一生、皇宮の端にある囚人を閉じ込めておくための塔に幽閉されることになる。
その影響は、レレム皇妃の息子であるウィル兄様にも、当然あった。
教会の後ろ盾を失い、皇位継承権も失い、やり直す前の私よりも苦しい立場に追いやられてしまったんだ。
ううん、何よりも……私はこの手で、ウィル兄様から母親を奪った。
どんな理由があろうと、それは紛れもない事実だ。
皇子宮を追い出すようなことはしないって、お父様は言っていたけど……そんなことが、ウィル兄様の救いになるとは到底思えない。
だからごめん、と謝る私に、ウィル兄様はそっと手を伸ばし……抱き締めて来た。
「え……?」
「謝るのは、ボクの方……ごめんね、レメリア。お母様が、酷いことして」
ウィル兄様の声は、震えていた。
顔が見えなくても、泣いているってすぐに分かる。
辛いんだ、やっぱり。
辛いのに……私の気持ちを慮って、励ましてくれてるんだ。
「ボク、頑張るよ。お母様が悪いことした分、ボクが償う。レメリアや、お父様が応援してくれた夢を叶えて、たくさんの人を助けられる男に、なってみせるから……だから……」
体を離して、ウィル兄様が真っ直ぐに目を合わせて来る。
知らず知らずのうちに流れていた私の涙を、指でそっと拭いながら……ふわりと花が開くような、温かな笑みを浮かべた。
「胸を張って、レメリア。君は……誰にだって誇れる、良い事をしたんだよ。ボクが保証する」
「っ……!!」
他ならぬウィル兄様にそう言われて、また涙が溢れそうになる。
ぐっと堪えて、何かお礼を言おうと口を開きかけて……上手く、言葉に出来ない。
「レメリア様!!」
そんな私の耳に、アフィーの声が聞こえて来た。
ここはウィル兄様の部屋なのに、礼儀も何もかなぐり捨てて飛び込んで彼女の焦った様子に、私はまさかと目を見開く。
「メアが……!!」
「っ!!」
話を最後まで聞くことなく、私は部屋を飛び出す。
誰に呼び止められても、誰に注意されても構う事なく、一目散に駆け抜けて……私は、医務室に辿り着いた。
「メア……?」
息を切らせながら、扉を開ける。
顔を上げたその先で……ずっと眠っていたメアが、ベッドの上で体を起こしていた。
「レメリア様……」
「っ、メアぁ……!!」
もう、我慢なんて出来なかった。
ボロボロと涙を溢しながら、メアのところに駆け寄って……その胸に、思い切り飛びつく。
「メア、メアぁ……!! 良かった、良かったよぉ……もう、二度と……目を覚まさないかもって、私……私……!!」
「……ご心配をおかけして、申し訳ありません。でも、大丈夫ですよ、私はずっと……レメリア様のお傍におりますから」
メアが、ゆっくりと私の頭を撫でながら、抱き締めてくれる。
その温かさを感じて、声を聞いて……私はやっと、胸につかえていた黒い蟠りが、溶けていくのを感じた。
私は、大切なものをちゃんと取り戻せたんだっていう、その実感と共に。




