エピローグ
「ひな、ちょっといいか」
鈴屋から戻り、いつもの様に弦太くんの家で冷たいカフェオレを頂いてた時だった。
彼は何やら改まった様子で私の隣りに座ると、少し緊張した面持ちで私の左手をとると、そのまますっと薬指に指輪を嵌めた。
「……うん、ピッタリだ」
「えぇ!?」
思いもよらない出来事に、私は持っていたカフェオレをこぼしかけた。
よく見ると、その指輪には赤い石がシルバーの小さな石に挟まれる様に並んで付いていた。
「もしかしてこの真ん中の赤いのって、前にもらったネックレスのあの石?」
「あぁ。 赤い石を取られたって聞いたから、ネックレスより指輪の方が安心かなと思って」
弦太くん曰く、私は憑かれやすい体質らしいので、御守を常に身につけていられるようにと指輪に加工してもらったというのだ。
残った石は、お気に入りの赤いクマのリボン用に取り置きしてくれていた。
左の薬指に嵌められた指輪。
赤い石とキラキラ光る小さな石。
私好みの可愛らしいデザインに、私は目を輝かせながら暫くそれを眺めていた。
だったが。
左手の薬指に嵌められた指輪。
そしてこのタイミング。
まさかこれは……。
「あの、弦太くん。 これは……」
「あぁ、結婚指輪のつもりだけど」
「因みにこの隣りのキラキラした石は……」
「それはダイヤだけど」
「えぇーー!?」
「だって結婚指輪にはダイヤモンドを送るって聞いたぞ? んでデザイン考えたら二つ付いてる方が良いかなと思ってそうしたんだけど、ダメだったか?」
「いやいやいや! デザインがどうこうじゃなくて、赤い石だけでも充分嬉しいのに、ダイヤが二つもついた指輪なんてそんな高価なもの……」
「あぁ、そこは全然大した事ないから気にすんな」
驚愕の事実にあたふたとする私を見て、弦太くんは笑いながら私の手を取ると指輪に軽くキスをした。
「ご所望ならもっと大きいのをプレゼントしようか?」
「結構です!!」
ニヤリと意地悪く目を細めてこちらを見ている。
ここにきて彼の金銭感覚に驚かされるとは。
体を張っての請負仕事だからそうなるのかもしれないが、どうやら彼の家業は相当稼げるらしい。
庶民の私がそんなところに嫁いで本当にやっていけるのだろうか段々心配になってきた。
「まぁまぁ、この話はここらへんにして」
彼はそう言って私の体をソファへと横たえると、私の顎に手を添え唇に軽くキスをした。
「今回の勝負は俺の勝ちに決まったし、その報酬を頂こうか」
気づけば弦太くんに組み敷かれている。
彼の前髪が私の額に触れる程近い距離にあり、間近に迫る瞳は正に獣の様にギラギラと私という獲物を狙っているようだ。
私は身の危険を察知して、思わず彼の胸を押し返した。
「ちょっと待って!! 報酬なんて決めてなかったじゃない!」
「……思い出したか」
弦太くんは小さく舌打ちし不満気な表情をしてみせた。
「だ、だからこれ以上の事はもう少し待ってよ!」
「籍までいれようかっていうのに往生際が悪いぞ」
「だったら尚更同意の上でお願いします!」
最後の一言にぐっと言葉を詰まらせた彼は渋々体を起こし、私の体も一緒に起こしてくれた。
「まぁ、ひなが思うようにいかないのは今に始まったことじゃないもんな」
叱られた犬のように悄気げる彼は、小さく溜息を漏らした。
何とかこの場は乗り越える事ができ、私は安堵の溜息を漏らす。
しらたまくんに守ってもらおうかと本気で思ってしまった。
とりあえず話題を逸らそうと、私は気になっていた疑問を彼に投げかけた。
「弦太くんが私と結婚してくれる気になったのって、やっぱり『"癒し"の君』だったから?」
彼は少し黙っていたが、私の顔を見ると真剣な面持ちで答えを出した。
「それは違うかな」
確認の為と聞いた問に、彼は意外な答えを返してきたので正直驚いた。
「どんな俺になっても、変わらずにずっと俺を見てくれてる所」
「……そんなの、皆そうじゃないの?」
「いや、ひなだけだよ」
そう言って少し照れくさそうに微笑んだ彼は、視線を合わせるかのように両手で私の顔を包んだ。
「初めて逢った時から、ひなは俺の朱い瞳を見ても怖がらずに真っ直ぐ俺を見てくれてる。 記憶を無くしても、獣化しても、それはずっと変わらないでいてくれたのが堪らなく嬉しかったんだ」
彼の告白を聞いて私の顔はどんどん熱くなっていくのに、彼は手を離そうとせずそのまま続けた。
「菱川の所に居たときも、ずっとひなの事ばかり考えてた。 だから戻ったらもう一度伝えようと思ってたんだ。 『俺と夫婦になってくれ』って」
止めどなく溢れてくる弦太くんの想いが、私の心を優しく締め付けていく。
甘く痺れる拘束力で私の涙腺が緩み始めた。
「だからそっちから『結婚して』って言われてすごく嬉しかったし、やっとひなを独り占めできるんだって安心したよ」
「独り占めって……」
「ひなは自覚ないだろうけど、俺の周りは敵だらけなんだよ」
「???」
「獣達は独占欲強いからね」
最後は意味深な台詞で括られ、彼はすっと手を離した。
「そういうひなこそどうなんだ?」
「私?」
彼の話を聞いた以上は私も正直に応えなければと心の中で気持ちを紡いでいった。
弦太くんに助けられて初めて目が合った瞬間、透き通る様な朱い瞳の虜になった。
自分とは違うからこそ、その瞳に映るものが何なのかを知りたいと思い彼を追いかけた。
今までは自ら動くこともせず本音を隠して生きていたのに、この時だけは追わずにはいられなかった。
追えば追うほど弦太くんの背中は遠のいたけれど、何時からか彼はその瞳に私を映してくれるようになっていた。
貪欲で屈強な彼の心は決して折れる事はなく、常に己の欲に向き合い直走る姿に今も魅了されている。
そして時々それが羨ましく思う。
獣の血が流れていない私でも、側に居たら彼のようになれるだろうか。
彼のように強くなれるのだろうかと。
そんな憧れと好きとが積み重なり育った想いがまた新たな欲を生んだ。
彼ともっと一緒にいたいと願ったのは、きっとそれが抑えきれなくなったからだ。
気持ちと言葉がカチン、と繋がった。
「私も独り占めしたかったの。 もっともっと、弦太くんのこと」
「え?」
「弦太くんの瞳には何時でも私だけが映っててほしいって思ったから言ったの。 あ……あんな形になっちゃったけど」
彼を見倣って伝えようとしたら、途中でストレートな表現になっている事に気づき、最後の方は恥ずかしくなって思わず顔を背けてしまった。
「……」
けれど待っても反応が来ない。
不安になってちらりと弦太くんの方を見ると、彼は赤らめた顔を手で覆い俯いていた。
「弦太くん?」
「いや、ごめん。 顔が緩む」
耳まで真っ赤にしているということは、本気で照れてるようだ。
あぁ、これは癖になりそうだ。
私がもっと欲を出せば、もっと色んな彼が見れる気がした。
「弦太くん、指輪……ありがとうね」
やっと顔を上げた彼に、私は感謝の言葉とキスを送った。
「……さっきの今で、これは反則だろう……」
彼は真っ赤な顔を隠すようにもう一度私を抱き締めた。
この瞬間、私の心の中に幼獣が生まれたみたいだ。
弦太くんのように立派な獣ではないけれど、それが何だか嬉しくて思わず彼の腕の中でクスクスと笑った。
「何笑ってんだよ」
「何でもない。 弦太くんが私を好きでいてくれて嬉しいなって。 でもずっと一緒にいれるようになったのにどんどん欲が湧いてくるのっておかしいよね」
「それで良いんだよ。 その欲を満たしたくなるから一緒にいるんだ。 そしてそれをずっと俺だけに見せてくれたらいいから」
そっと唇を重なった瞬間、私の前にいたのは朱い瞳をした弦太くんだった。
彼はよく朱い瞳で私を見る事がある。
それはいつも私を物欲しそうに見ている時だったと、今気が付いた。
だから見つめられると、逃げられなくなるのだと。
「ひな、やっぱりこのまま……」
「ダメったらダメ!!」
彼の甘すぎる愛し方に目が眩みそうになるが、それがイヤじゃないからとても困る。
これが知られたらどんな事になるのやら。
獣憑きの彼、いや夫は益々私を囚えて離さなくなるだろう。
だからまだこの気持ちは、熱りが冷めるまで私だけの秘密にしておこう。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
『朱い瞳』シリーズ第三部、これにて完結です。
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(もしお時間ありましたら、一部、二部も合わせて読んで頂けたらとても嬉しいです)
二人のその後は書く予定ですが、多分別のサイトになると思いますので、その際はまた活動報告よりお知らせ致します。
ありがとうございました。




