プロローグ 六月十八日
椅子は二脚しかなかった。
真帆がそれに気づいたのは、洗濯物を畳みながら、遼が直している録音機の置き場所を考えていたときだった。食卓の端には、外したねじを入れた小皿と、底に油の染みた布がある。向かいの椅子には、まだ乾ききっていないバスタオル。もう一脚に遼が座っていた。
「それ、いつまでそこに置いとくの」
「今日まで」
「昨日も聞いた」
「昨日のは予想」
遼は眼鏡の上から真帆を見た。笑わせようとしている顔だったので、真帆は笑わなかった。畳んだシャツを胸に抱えたまま、食卓の小皿を指さす。
「せめてごはんのときは片づけて」
「わかった。あ、そこのねじだけ触らないで。似てるけど長さが違う」
「触らないよ」
そう答えてから、真帆は、子どもが生まれたら触るだろうなと思った。最初は何でも口に入れると、昨日借りた本に書いてあった。
「椅子も要るね」
「仕事用のなら店にある」
「子どもの」
遼の手が止まった。
「もう座るの?」
「今じゃないよ」
「びっくりした。何か買い忘れてるのかと思った」
「まあ、買い忘れてはいるんだけど」
昼前の台所は、洗剤と、湿った布と、温め直したコーヒーの匂いがした。網戸を通る風は涼しくなかった。港へ下る道を、荷台の揺れる小さなトラックが走っていく。雨が上がってまだ一時間ほどで、ベランダの手すりには水滴が残っていた。
真帆はシャツを棚にしまった。立っていると腰がだるくなる。少し出てきた腹を片手で支えると、遼が録音機の蓋を閉じた。
「座れば」
「タオル」
「ああ」
遼は向かいの椅子からタオルをどかし、代わりに自分の膝に置いた。真帆が座ると、椅子の背のねじが小さく鳴った。
「こっちを先に直してよ」
「それは締めればいいだけ」
「じゃあ締めて」
「今?」
真帆は遼を見た。遼は素直に工具を持ち直した。
検診は午後二時だった。遼も一緒に来ることになっている。午前中に納品するはずの録音機が片づいていないので、また仕事を理由に取り消されるのではないかと、真帆は朝からそれとなく気にしていた。
先月の補助療法を受けてから、待合室で一人になるのが前より嫌になった。説明を聞いて決めた治療だった。それでも、次の診察までのあいだに、何かを自分が見落としたのではないかと考えてしまう。試験に参加する人はほかにも大勢いると聞いたが、真帆が会うのはいつも、自分の身体と同じ一人分の心配だけだった。
「病院の前に、封筒持ってきて。青い袋に入ってるから」
「補助のやつ?」
「補助じゃなくて、治療」
「治療のやつ」
遼は言い直した。
「あれ、出したっけ」
「出すのはコピー。うちの控えを持っていくの」
「はい」
ねじを締めるあいだ、遼がテーブルに肘をついた。その肘のそばで、録音機の小さなランプが点いていた。修理後の動作確認で、録音して再生し、また録音する。昨日から、食事中の会話まで拾われている。
「それ、消してよ」
「残さないって」
「この前も、私が怒ってるところ残ってた」
「消した」
「私が自分で消したんでしょ」
遼は小さく笑って、停止ボタンを押した。ランプが消える。
真帆は自分のマグに水を足した。遼のコーヒーはまだ半分残っている。青い釉薬の欠けた縁を、彼は親指で撫でていた。
「帰りに、あの店寄ろうか」
「どの店」
「橋のところの。椅子とか売ってる」
「今買っても置くところないよ」
「見るだけ。何が要るか、俺、全然わかってないし」
その言い方で、真帆の気持ちは少し緩んだ。
「見るだけなら」
遼はマグを持ち上げた。
「じゃあ、帰りに――」
陶器が床に当たった。
大きな音だった。
真帆は反射的に膝を引いた。熱いものが足の甲に散り、椅子の脚に沿って茶色い筋が走った。
「ちょっと」
言ってから、向かいを見た。
椅子には、タオルと、遼のシャツがあった。
肘をついていた場所に、腕はなかった。眼鏡が食卓の縁を滑り、片方のつるを引っかけて止まっていた。
「遼?」
真帆は椅子の脇を見た。しゃがんだのだと思った。
床にジーンズが落ちていた。腰の形をなくし、ベルトが内側へ折れている。靴下が片方、椅子の脚に引っかかっていた。もう片方は、割れたマグのそばにあった。
その間に、遼はいなかった。
真帆は立った。背中で椅子が倒れかけ、壁にぶつかった。
「何してるの」
返事はなかった。
台所の出入口へ顔を向けた。二人で向かい合っているあいだ、誰かが通り抜けたなら分かるはずだった。それでも、遼がそこを通って別の部屋へ行ったことにしなければ、次にどこを見ていいか分からなかった。
寝室には布団が畳んであった。洗濯物を入れた籠があり、遼の部屋着が一番上にのっている。
トイレの戸を開けた。
ベランダへ出た。
網戸が軋んだ。真帆は手すりにつかまり、下を見た。
港へ向かう道の途中で、さっきのトラックが電柱にぶつかっていた。
荷台の箱が歩道に散らばり、白い煙が細く上がっている。自転車が一台倒れていた。自転車の脇で女の人が片膝をつき、何かを抱えていた。
クラクションが鳴っていた。長く、息継ぎなく。
「遼」
真帆はもう一度呼んだ。
すぐ隣のベランダで、物干し竿が落ちた。
樋口さんが窓を開けて出てきた。髪の片側だけをピンで留め、手に電話を持っている。
「朝倉さん」
「はい」
「うちの人、そっち行ってない?」
真帆は何も答えなかった。
「さっきまで、いたんだけど」
樋口さんは真帆の顔を見て、持っていた電話を下げた。
二人のあいだを、風が通った。
遠くで別のクラクションが鳴り始めた。
*
遼の電話は、ジーンズのポケットにあった。
真帆がかけると、足元で振動した。布にくるまれた画面が青白く明るくなり、いつもの短い曲が鳴った。
真帆は通話を切った。
またかけた。
また、足元で鳴った。
三度目をかける前に、樋口さんが玄関を叩いた。
「下、けがしてる子がいる」
真帆は電話を握ったまま戸を開けた。
「タオル、ある?」
「あります」
「何枚か。私、下行くから」
樋口さんの声は普段より高かった。大きな声を出せば、家の中で聞こえなくなったものを取り戻せるとでもいうように、最後の言葉だけが廊下に響いた。
真帆は椅子の上のバスタオルを見た。遼のシャツと重なっていた。
それには触らず、洗面所から別のものを持ってきた。
履こうとしたサンダルに、コーヒーが付いていた。片足をタオルで拭き、もう片方を入れたところで、床に遼の結婚指輪があるのを見つけた。
拾い上げると、温かい気がした。
真帆は確かめるように掌を閉じた。指輪が指の付け根に食い込む。
自分の掌が温かいだけかもしれなかった。
階段を下りると、建物の前に人が集まっていた。トラックの扉は開いている。運転席の脇に、作業着が落ちていた。
自転車の子は、小学校の低学年くらいだった。赤いヘルメットをまだかぶっている。膝の皮膚が破れて、靴下まで血がにじんでいた。
「お母さんは?」
樋口さんが聞くと、子どもは首を振った。
「お父さん」
「お父さん、どこ?」
子どもは、倒れた自転車を指さした。
サドルの下に、灰色の上着が落ちていた。
真帆はタオルを渡した。樋口さんが子どものそばへ屈み、額についた砂を取ろうとした。子どもはそれを嫌がり、顔を背けた。
「取らないで」
「ヘルメットは取らないよ」
「違う」
子どもの目は、自転車の方を向いていた。
樋口さんは動きを止めた。
「うん。あれは触らない」
向かいの店の女の人が、電話を耳に押し当てていた。
「つながらない。何回やっても」
別の人が、車を出せると言った。けれど港へ下る交差点はもう動かず、上の道も分からないという。子どもをどこへ運ぶか、誰が付き添うか、二人三人が同時に話した。
真帆は、自分も何か言わなければと思った。
指輪を持っていることに気づき、服のポケットに入れた。掌に丸い跡が残っていた。
子どもの傍らへ座る。
「名前、教えてもらえる?」
子どもは答えなかった。
「私は真帆」
やはり答えはなかった。
樋口さんがタオルを膝に当て直すと、子どもは息を吸って泣き始めた。さっきまで声を出さなかったのが不思議なくらい、大きな泣き声だった。
真帆は、自転車を見ないようにして、その子の手を持った。
小さな指が、すぐに握り返した。
電話が鳴った。
遼からだと思い、真帆は反射的に立ちかけた。子どもの手がついてきたので、座り直して画面を見た。
母だった。
「真帆?」
「お母さん」
「お父さんがね、いないの」
真帆は、道路のひび割れを見つめた。
「電話も置いたままで。あんたのところに――」
「遼も」
「え?」
「遼も、いない」
接続が途切れた。
真帆は端末を耳に当てたまま待った。もう何も聞こえなかった。
子どもが、真帆の手を強く握った。
真帆は電話を膝へ置いた。
*
部屋に戻ったのは、十二時を少し過ぎてからだった。
子どもは近所の女性二人に付き添われて、診療をしているらしい整形外科へ連れていかれた。自転車は樋口さんが店の軒下へ運んだ。上着は畳まず、サドルの上に置いた。
玄関を開けると、コーヒーの匂いがした。
床が濡れているのは当然なのに、真帆は一瞬、水道が漏れたのかと思った。雑巾を探し、洗面所へ行きかけてから足を止めた。
拭いたら、遼がここにいたことまでなくなる気がした。
でも、このままでは破片を踏む。
真帆は雑巾を持ってきて、割れた陶器を避けながら床を拭いた。食卓の脚の裏にまでコーヒーが入っていた。膝をついた姿勢がつらくなり、何度も身体を起こした。
腹が、机の縁に触れた。
真帆は雑巾を止めた。
手を腹へ当てる。
妊娠していることを、忘れていた。
ほんの短いあいだでも、忘れていた。
「ごめん」
声に出した。何に対して謝ったのか、すぐには分からなかった。
まだ、はっきりした胎動を知っているわけではない。昨日と同じだと言いたくても、昨日の身体をもう正確には思い出せなかった。
先月、画面で見た輪郭を思い浮かべた。
担当の先生が、指をさして説明してくれた。遼が画面を覗き込み、どっちを向いているのかと二度聞いた。真帆は、その二度目の質問を少しうるさく感じた。
男の子の可能性が高いと聞いた日の、遼の顔も覚えている。
真帆は立ち上がり、テレビをつけた。
画面には高速道路が映っていた。何台もの車が、不自然な向きで止まっている。中継の声は途中で途切れ、スタジオに戻った。
女性のアナウンサーが、手元の紙を見たまま話していた。
各地で多数の行方不明者が出ていること。交通機関に重大な障害が発生していること。不要不急の移動を控え、火を使う器具の確認をしてほしいこと。
そこで一度、声が止まった。
画面の下に、新しい文字が出た。
海外でも同様の事態。
アナウンサーは横を見た。画面には映らない誰かに、小さくうなずいた。
「現時点で、確認されている行方不明者の多くが、男性だという情報が入っています。ただし、詳しい状況は――」
真帆は腹を押さえた。
遼だけではなかった。
父も、樋口さんの夫も、自転車に乗っていた子の父も。
どこまでなのかを考えようとすると、知っている顔が次々に浮かんだ。弟の勤め先。駅で切符の機械を直していた人。昨日、店に来た客。港の船。
そして、まだ顔を知らない、この子。
テレビの音量を下げた。下げたところで、出てきた文字は消えなかった。
電話で診療所の番号を探した。接続できなかった。
もう一度かけた。
つながらない。
真帆は鞄を出した。財布を入れ、母子手帳を入れた。青い袋を探すと、遼がもう玄関の棚に置いていた。口が少し開いて、中の封筒の角が覗いている。
持ってきて、と頼んだ後、真帆が洗面所に立った数分のあいだに、彼はそこへ運んだのだろう。
真帆は袋を鞄へ押し込んだ。
遼の眼鏡を、食卓の中央に戻した。
衣服はそのままにした。
窓の鍵をかけ、テレビを消した。玄関で振り返ると、台所は午前中より暗くなっていた。
「病院、行ってくる」
いつものように言った。
戸を閉めてから、一緒に行く約束だったと思った。
*
診療所まで、普段なら十五分ほどだった。
その日は、もっとかかった。
橋の手前で人が集まっていた。欄干にぶつかった車のそばに、毛布が広げられている。毛布の端から女性の靴が出ていた。近くにしゃがんでいる人が、顔を覆っていた。
真帆は歩道の外側を通った。
自分が立ち止まらないことを、誰かに見られている気がした。見ている人はいなかった。
交差点の信号は普通に変わった。青になっても動かない車があり、後ろの車の女性が降りてきて窓を叩いていた。車内へ顔を向けた瞬間、その人の動きが止まった。
真帆は目をそらした。
家具店は、片方のシャッターだけが下りていた。店先に低い木の椅子があった。背に小さな丸い穴が開いている。
遼が言っていたのは、これだろうか。
思ってから、真帆は足を速めた。
脇道の家からラジオが聞こえた。男の声だった。
真帆は立ち止まった。
明るい声で、何かの商品を勧めていた。店の名前を二度繰り返し、短い音楽が鳴った。
録音だった。
声は残っているのだと、そのとき初めて分かった。
真帆は鞄の肩紐を持ち直した。遼の店には録音機があり、家にもある。昨日、うるさいと思った声も、消さなければ残っていたのかもしれない。
診療所の門は開いていた。
駐車場に椅子が並べられ、座っている人の隣に、それぞれの鞄が置かれていた。誰も雑誌を読んでいなかった。受付の窓口では看護師が二人、紙に名前を書いていた。
真帆は列の後ろへ立った。
前の女性は、大きな腹を両腕で抱えていた。サンダルの踵が片方だけ踏まれている。
「昨日は、動いてたんです」
その人は受付へ向かって言った。
「昨日の夜、ずっと。眠れないくらい」
看護師が、別の人を呼んだ。女性を椅子へ案内しようとする。
「診てもらったんです」
女性は立ったまま言った。
「さっき、向こうで。でも、先生がいなくて。違う人が見たから、分からなかっただけかもしれなくて」
声は怒っているようにも聞こえた。看護師は何も言い返さなかった。
真帆は鞄の中の手帳を探した。いつも決まった場所へ入れるのに、指が何度も財布に当たった。
「朝倉さん?」
奥から梅崎佐和が出てきた。
白衣の袖が片方だけ折れていた。眼鏡を頭に上げ、手には何も持っていなかった。
「二時だったね」
その言葉に、真帆はうなずいた。
予約はまだある。
こんな日にも、二時という時間は残っている。
「すみません。電話、つながらなくて」
「いいよ。来てくれて」
佐和は真帆の顔を見て、それから腹を見た。
「出血は?」
「ありません」
「痛みは」
「ない、と思います」
佐和は少し間を置いた。
「気分は?」
真帆は答えようとした。
口を開いたが、答えは出なかった。
佐和は受付の看護師に短く話し、真帆を診察室へ連れていった。戸が閉まると、待合室の声が一段遠くなった。
「横になれる?」
「はい」
鞄を椅子に置いた。靴を脱ぐと、右足の甲にコーヒーの小さな染みが残っていた。
遼がこぼしたのだと、また思った。
こぼした後、どこへ行ったのか。
佐和が何か言った。真帆は聞き返した。
「ごめん、冷たいよ」
腹に触れたものの冷たさで、ようやく自分が診察を受けているのだと分かった。
画面は真帆から見えにくい位置にあった。佐和は機械のつまみを動かした。椅子の車輪が短く鳴った。
真帆は天井の染みを見た。
いつもは、遼が画面を見て何か言う。その声を聞いてから、自分も身体を少し起こす。今日は、何も聞こえなかった。
「先生」
「うん」
「遼が」
佐和の手は止まらなかった。
「台所に、いたんです」
「うん」
「そこにいたんです」
佐和は、今度は少しだけうなずいた。
何が起きたのかを説明しなくていいことに、真帆はほっとした。それから、説明しなくて分かってしまうことが怖くなった。
機械から、細かな音がした。
佐和が身体を前に寄せた。
真帆はその顔を見ようとした。眼鏡が戻され、目元がレンズの光に隠れた。
「いる?」
自分の声が、思ったより小さかった。
佐和はすぐには答えなかった。
つまみを動かした。画面を確かめた。もう一度、位置を変えた。
真帆は寝台の端を握った。
「います」
佐和は言った。
「心臓、動いてる」
音が大きくなった。
速く、規則的だった。
真帆は目を閉じた。閉じると遼の手が見えたので、すぐに開けた。
「ここ」
佐和が画面を回した。
薄暗い灰色の中に、小さな輪郭があった。真帆が覚えているものと同じかどうかは、分からなかった。でも、佐和の指が止まったところで、確かに動くものがあった。
「今の大きさも、見ておきますね」
佐和の声が、少し変わっていた。
真帆はその違いを聞いた。喜んでいるだけではない。佐和は画面と手元の記録を何度か見比べた。
「先生」
「はい」
「この子、男の子って」
言葉が途切れた。
佐和は真帆を見た。
廊下で誰かが泣き出した。名前を呼ぶ声が重なり、それから戸の向こうで足音がした。
「前の検査では、そうでした」
佐和はゆっくり答えた。
真帆は画面を見た。
さっき受付で立っていた女性の、両腕を思い出した。大きな腹を抱えていた。あの人も、今朝までは何かの予定を持っていたはずだった。洗濯や昼ごはんや、午後の約束。
嬉しいと言ってはいけない気がした。
けれど、音が聞こえるたびに、身体のどこかが緩んだ。そのことを止められなかった。
佐和はティッシュの箱を近くへ寄せた。真帆は泣いていなかったので、初めは自分のためだと分からなかった。
「まだ、分からないことばかりです」
佐和は言った。
「今日起きたことも、この子のことも。今ここで、ちゃんと診ます」
真帆はうなずいた。
寝台の脇の椅子に、鞄が置いてあった。青い袋の口から、遼が運んでくれた封筒が覗いている。
真帆は鞄へ手を伸ばした。佐和が何か必要なのかと聞いたので、電話、と答えた。
画面には、途中で切れた母からの着信が残っていた。
遼へかけた履歴もあった。
指がそこに触れかけた。
真帆は別の画面を開いた。
「この音」
佐和が顔を上げた。
「録っても、いいですか」
少しのあいだ、返事がなかった。
それから佐和は、いいですよ、と言った。
真帆は電話を、機械のそばへ寄せた。
録音を始める赤い印を押した。上手く入っているか、確かめる余裕はなかった。
廊下の声も、車輪の軋みも、一緒に入った。
真帆の息も入った。
その間を、小さな心臓の音が続いていた。
遼が生きていたときには、もう動いていた心臓だった。
真帆は電話を持つ手を、もう片方の手で支えた。
録音を止めずに、聞いていた。




