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【第2章 あはれてふ 心の奥ぞ けふ知られぬ】全年齢版⑥

【第2章 最終話】


「どうして……どうして、わかってくれないの。どうして、守ろうとするの……」


 姑獲鳥の声は、怒りと悲しみが絡み合った歪な響きを帯びていた。


「衝撃波は防ぎきれぬ……柊よ、蛇弓を使うのじゃ」


 玄武の声と共に、ブルーの前に水流が噴出し、弓の形に変化していく。


「弓? おれは弓なんか使ったことないよ」


「心配はいらぬ。弦を弾き、放てば、水の矢が蛇の如く敵に喰らいつく」


 柊が見様見真似で弓を構え、恐る恐る弦を弾くと水の矢が装填される。


「そうじゃ。集中して、狙いたい場所をイメージして……放て!」


 放った水の矢は、蛇のようにうねり、吸い込まれるように姑獲鳥の手足に命中する。決定打にはならないが、確実に行動を止めていく。衝撃波を放つ隙は与えない。


「蓮……いや、レッド。おれが援護する。だからあいつを斬って! 攻撃は、絶対にさせない!」


 初めての式神外装。これほど呪力を使いこなすのは、元々の器用さもあるのか。


「おう! やってみる!」


 柊の援護に応えるべく、祭祀刀を構える。


「あの男も、そうだった……!」


 姑獲鳥が叫ぶ。


「愛に溢れた女と子供を喰らってやろうと思ったのに……あの男は、必死な顔で立ちはだかった……!」


 柊の矢によって、姑獲鳥の手数は確実に削がれている。その隙を突き、斬りつける……が、再生する。切り裂いたはずの肉体は、黒煙に包まれ、すぐに元へ戻っていく。


「愛と無念に満ちた、極上の味……忘れられぬ。恐怖に歪む女の顔も……!」


 姑獲鳥は、嗤った。


「同じ匂いのお前も、守ろうとするのね。ふふ……面白い。余計に、味わいたくなったわ」


 感情を喰う。それだけに集中したような欲望に満ちた視線を向けている。


「おまえは……どうして、こんなことをするんだ! なぜ、おれや施設を狙った!!」


「なぜ……?」


 姑獲鳥の声が、低く沈む。


「そんなもの、決まっている。私は、子供も……自分の命も失った。誰も救ってなんてくれないの。だから奪う。同じ悲しみを、味わわせるために……」


 柊が、一歩、前へ踏み出した。


「味わわせて……極上の、愛と悲しみを……私が……!」


「……奪われたまま、誰にも抱きしめてもらえなかったんだね。よく耐えたね。だから、これ以上……同じ境遇の人を増やさないであげて」


 柊は、姑獲鳥を……抱きしめた。


「なっ……」


 姑獲鳥の動きが、止まる。


「悲しかったんだね。ずっと。失ったものの悲しみを、抱えきれなくて……理解されなくて…こんな姿に、なってまで」


 柊の声は、静かで、揺るがなかった。


「大丈夫。誰も、君を恨んでなんかいない。……もう、終わりにしよう」


 姑獲鳥の目から、一筋の涙が零れたように見えた。


「今度は君が……本当の子供を抱きしめてあげる番だよ。きっと、待ってる」


 姑獲鳥の手がおろされる。


「おい……あいつ、まじかよ。物怪を……諭してるのか?」


 朱雀が呆然と呟く。


「……見ろ、姑獲鳥の周囲の黒煙が薄れてる。憎しみが、剥がれたってのか」


 朱雀の声が鋭くなる。


「今ならいけるぞ!!」


「……さい。うるさい」


 再び姑獲鳥が手のひらを強く握りしめた。


「うるさい……うるさい……うるさい!!お前に何がわかる!このまま、お前の全てを喰わせてもらう!!」


「ブルー! 離れろ!!」


 俺の叫びを合図に、柊が身を引いた。


「最後の全力だ……! これで終わりにする。お前の悲しみごと、ここで断ち切る。業火……一閃!!」


 確かな手応え。


「……あぁ……あっ……ぐあああああ!!」


 再生はしない。姑獲鳥の身体は、端から光へと崩れ、静かに消えていった。


「ごめんね……ちゃんと、産んであげられなくて……

ごめん……」


「次は……次はね……あたしの……かわいい……」


 声が、消える。


「……やった、んだよな……?」


「あぁ! よくやった、レッド! ブルー!」


「主ら、喜ぶのは後じゃ」


 玄武が告げる。


「騒ぎが大きくなる前に、離れるのが賢明じゃろう」


「そ、そうだな! ブルー、手を掴め!」


 柊に手を伸ばす。握り返された手を引き寄せ、そのまま抱き寄せる。


「飛ぶから、しっかり捕まってて」


「……え? 飛ぶって?」


 一瞬、体を強張らせる柊。次の瞬間、二人は夜空へと飛び上がった。行き先は吉岡酒店。


 俺の部屋に柊を招き入れた瞬間、変身が解けた。呪力は、完全に底をついていた。


「もしもし、渡辺さんですか? ……はい。おれも蓮も無事です。里のみんなも? ……そうですか、よかった。はい。今夜は……蓮の家に泊まります。それじゃあ」


 通話を切った柊が、静かに息を吐く。


「いやあ、今回は特にハードだったな……」


 緊張の糸が切れ、玄関に倒れ込むと、柊の声が裏返った。


「れ、蓮!?」


「どした?」


「いや、その……」


 柊は目を逸らし、頬を赤らめる。


「なんだか……すごく、刺激的で」


 その視線を追って、気づいた。


「あ……」


 何も着てない。そうだ。戦闘前、風呂上がりで飛び出して……身につけていた手拭いは……投げた。


「ご、ごめん!!」


 咄嗟に手で覆い隠して、部屋の奥へ逃げる。風呂上がりだったとはいえ、部屋で一人だけ裸という状況に顔が熱くなっていた。


「どうも。お見苦しいところを失礼しました」


 着替えて戻ると、柊は何も言わず待っていた。心なしか柊の耳も赤い。


「……まず、隠しててごめん」


 物怪のこと。呪力のこと。式神外装のこと。街を守っていること。柊は、一度も視線を逸らさずに聞いていた。


「……蓮が相談してくれなかったのは、正直ムカつく。

でも、これから隠さないなら……許す」


 責める声じゃない。心配する声だった。


「それで……なんで蓮は外装できたんだ?」


 朱雀が、軽く笑う。


「血筋だな。晴明様の、ずっと遠いが確かな血だ」


 自分でも知らない事実。そういえば、聞いてなかった。


「そしてお主じゃ、柊。お主は蓮から受け取ったのじゃ。両親を失い、愛が枯渇していた心に、少しずつ満たされ、馴染んでいった。式神外装が叶うほどの呪力を、な」


 玄武が続ける。


「さて、無理はいけねぇ。そろそろ体を休めろ。今夜も呪力の補充が必要だろ? じゃあ、説明頼んだぞ」


「え、待て。俺が説明すんの?」


 アレやコレを…? 柊に…?


「当たり前だ。だってその方がおもしれえだろ」


 朱雀はニヤリと笑って、俺の中に消えていった。


「げ、玄武さんは?」


 助けを求めるように見つめるが……。


「ほっほっほっ」と笑い声を残し、玄武も続けて、柊の中に消えていく。あいつら、楽しんでないか? 初めて式神たちに怒りを覚えた。


「ねぇ、蓮、呪力の補充ってなに?」


 喉が鳴る。ゆっくりと柊に視線を向ける。どこまでも純粋な眼差しと視線が合う。


「えっと……その……好きなヤツと……えっと。でも、柊は、いないなら、男がみんな……一人でするやつをさ……」


 頭が回らない。何も説明できてないことはわかってる。


「蓮。全然わかんない。大事なことなんだろ? ちゃんと話して」


 柊が、俺の正面に正座して座り、両手を握ってくる。待て。余計に恥ずかしいぞ。でも、言わなければ解放してくれないのはわかる。


「うぅ……わかった。ちゃんと話す。話します」


 意を決して、朱雀から聞いていた、呪力の補充と鍛錬について話すと、次第に柊の目線が泳が出す。


「愛を確かめるとか……一人でとか……マジ?」


 たぶん、二人とも顔が真っ赤だったはずだ。柊の顔を見れない。初めて俺が外装した時みたいに柊も限界なはず。心なしか、体が小刻みに揺れている。きっと状況は理解はしてくれただろう。

 

「それじゃあ……蓮、おやすみ」


「うん、おやすみ」


 柊がいつも泊まる時は、俺が寝室、柊がリビングで寝ている。部屋が分かれているのが、今は幸いだった。

 壁一枚隔てた、それぞれの部屋で。抑えた吐息が、同じ夜に、重ならないまま溶けていった。

呪力じゅりょく

本作における呪力は、「感情エネルギーが変換された力」として扱っています。

とりわけ愛情から生み出される呪力は純度が高く、より大きな力を発揮します。


また、人それぞれに呪力を蓄えられる総量と、生み出せる量には個人差があります。

一般的には、十代半ばから四十代頃までが最も活性化しやすい時期とされています。

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