やせこけた井本のおじさん
「朝ごはんできたわよ」
と母さんの声が聞こえる。
俺はスマホを確認する。
7月20日で、新聞社も、ポータルサイトの日付も、そしてテレビ番組も7月20日だった。
俺は宿題を見る。
宿題はしていない。
俺は財布を見る。
財布の中身も7月20日時点の金額5800円だった。
同じだ。
俺は父さんに宿題と爺ちゃんの家の事を確認して、宿題を始める。
そして爺ちゃん家に……
今回も58,000円だった。
俺は急ぎ家に戻る。
次は純ちゃん家に行き、蚊を撃退。
そして茜ちゃん家に行き、告白し、地震発生し、引っ越し回避。
モデル君に連絡を取り、家へ行く。
覚君と従姉妹のお姉さんと遠藤君と西家に行く。
これでフラグは折れた。
次は井本のおじさんの件だ。
井本のおじさんは、
ひょうきんもので有名だった。
ちなみに、ひょうきんものとは、
『気軽でおどけた感じのすることや、その様子』
だそうで、有体に言えば、面白い奴……リア充系だ。
あれだけ元気だったおじさんが、
ずいぶん追い詰められていたとは、何があったのだろうか。
今までのパターンからすると、犯罪に見せかけておいて、
全然違うって流れだから、今回も、どうでも良いような話なのだろう。
面倒なので、さっさとフラグを折りにいく事にする。
しかし、夏休みっていうのは、こんなに苦痛なものなのか。
同じ宿題を何度もやり、
何度も告白でドキドキし、
何度も同じ展開で友達を救う。
茜ちゃんへの告白は、茜ちゃんカワイイし、別にいいけど。
完全に惰性で流している自分がいて、
少しおかしくなってしまいそうだ。
しかもタイムリープものって、大体1週間とかじゃね。
なに、夏休みまるまるって、ずっと同じ事のくり返しじゃねぇけど。
結構しんどいんだけど。
しかも猛暑だし。
まぁ計算的には半年以上夏を過ごしているから、慣れてはいるけど……。
……
というわけで、俺はおじさんの家に着いた。
(ぴーんぽん)
ドアが開く。
室内から、生臭いにおいがする。
なんだこのニオイは。
そこにはやせこけたおじさんがいた。
「あれ……はじめ」
おじさんは言った。
「おじさん?」
と俺は言った。
「そうそう。井本のおじさん」
おじさんは言った。
「めっちゃ痩せてない?」
と俺は言った。
「そうなんだよ。役作りでね。まぁ入ってよ」
おじさんは言った。
「おじゃまします」
と俺は言った。
部屋に入ると、そこには干し魚が多量に干されていた。
「あぁごめんね。臭いだろ」
おじさんは言った。
「うん。かなり」
と俺は言った。
「これね。ほら、干し魚とか干し野菜ってブームじゃん」
おじさんは言った。
「そうなの?」
と俺は言った。
「いや知らないんだけど、おじさんもやってみようかなと思ったら、こうなっちゃった」
おじさんは言った。
「おじさんも干されて干からびたの?」
と俺は言った。
「おじさんは、メタボリックだって言われてたので、ダイエットしてたら、なんかやせこけた農民みたいだなって思って、これいいなって思ったんだ」
おじさんは言った。
俺はおじさんの脳がどうなっているのか、まったく理解できなかった。
「ごめん。斜め上すぎて、まったく理解が追い付かない」
と俺は言った。
「そう。えっと、じゃあ、このドラマ見てみて」
おじさんは言い、韓国ドラマを再生しだした。
「ほらココのチョナハー! サルリョジュシオー!!(陛下ーー! お助けくださいーー!!)ってのを再現したいんだよ」
おじさんは言った。
「それを再現するためにやせたの?」
と俺は言った。
「そうそう。前のおじさんだったら、この絶望感は再現できないでしょ」
おじさんは言った。
そうニタニタ笑うおじさんに、俺は絶望した。
正直……
すぐさま帰りたかった。
8月31日に電話線を抜き、全てを無視し、世界に身を委ねたかった。
おじさんは何を望んでいたのだろうか。
「おじさん。仕事は?」
と俺は言った。
「仕事は辞めてな。今は俳優のタマゴだ」
おじさんは言った。
「なにか出たの?」
と俺は言った。
「いや……何も出てないし、オーディションとかも行ってない。クオリティが足りない」
おじさんは言った。
「練習とかは……」
と俺は言った。
「脳内ではな……」
おじさんは言った。
「いまどんな役がやりたいの?」
と俺は言った。
「これだよ。これ……チョナハー! サルリョジュシオー!!」
おじさんは言った。
「俺がチョナハの役するから、おじさんやってみる。スマホで録画するから」
と俺は言った。
「いいのか?」
おじさんは言った。
「いいよ」
と俺は言った。
「じゃあ。ちょっと待ってくれ。準備する」
おじさんは言った。
30分ほどかけ、おじさんは準備をした。
「チョナハー! サルリョジュシオー!!
チョナハー! サルリョジュシオー!!
チョナハー! サルリョジュシオー!!」
おじさんは何度も練習をした。
「よし大丈夫だ。ここを歩いてくれ」
おじさんは言った。
俺は言われたところを歩く。
おじさんは額を畳にこすりつけ、
「チョナハー! サルリョジュシオー!!
チョナハー! サルリョジュシオー!!
チョナハー! サルリョジュシオー!!」
おじさんは言った。
「カット」
と俺は言い、スマホを止める。
「どう、どんな出来だ」
おじさんは身を乗り出してきた。
「ちょっと待って、こんな感じ」
と俺は言った。
「チョナハー! サルリョジュシオー!!
チョナハー! サルリョジュシオー!!
チョナハー! サルリョジュシオー!!」
「これが俺なのか……」
おじさんは言った。
現実を見たんだな。
俺は思った。
それを見てどう判断するかはおじさんしだいだ。
「そうだよ」
と俺は言った。
「なんだ……。めちゃくちゃクオリティ高いじゃないか」
おじさんは言った。
「そうだね」
と俺は言った。よくわからないが、あわせる事にした。
「これだったら、オーディション受けられる。ありがとう。はじめ」
おじさんは言った。
……
その出来事でおじさんの死亡フラグが消えたかどうかはわからなかった。
ただ、おじさんの家に行って1週間後。
おじさんから、オーディションに合格した。
との連絡が来た。
人気俳優が出るドラマのサブキャラで、セリフは少ないが、表情の演技などが必要な難しい役だったそうだ。
しかも監督はかなりの有名監督。
まぁよかったかなと俺は思った。
それから、また日常をくり返し、
そして気が付くと、8月31日になっていた。
今回は電話が来るのか……。




