夏休みが永遠に続いたらいいのに
夏休みが永遠に続いたらいいのに。そう思った学生は多いだろう。
俺も小学一年生から中学二年生になるまで、毎年思い続けた。
八年間だ。
しかし「永遠に続いたらいいのに……」それは大抵の場合、死亡フラグになる。
恋愛モノを見ればわかる。
「永遠に続いたらいいのに」
そうヒロインが願った次の回では、
きっちりとピンチが訪れる。
まるで作者が意図したかのように。
現実も同じだ。
まるで神が意図したかのように、
俺にも今ピンチが訪れている。
残り3日。時間にして72時間。
膨大な宿題を前に、俺は1か月前の俺を恨んだ。
俺は1か月、何をしていたんだ。
朝9時頃に起き、懐かしのアニメの再放送と高校野球を見る。
昼はそうめんを食べ、
クーラーの下で、ぼーっとし、
15時にスイカを食べ、ぼーっとし、
プラっと外に出かけ、ぼーっとし、
18時にご飯を食べ、ぼーっとし、
テレビを見て、ぼーっとし、
風呂に入り、ぼーっとし。
寝なさいよと言われて、寝る。
どこにも宿題の影はない。
これが俺のルーティンだった。
いったい何がいけなかったのか。
毎年、夏休みの始めに、
始めの1週間で宿題を終わらせようと意気込む。
心の炎が燃え盛る。
そしてそれは大抵一日で鎮火する。
父さんも言っていた。
始めの一週間で終わらせられるのは、成績上位者だけだと。
だからお前が始めの一週間で終わらせられたなら、きっと成績上位者になれるし。
社会に出ても成功できる。
会社でもエリートコースにいる連中は一週間で終わらせていたタイプが多いと。
別に期待はしてないが、その事だけは伝えておくからと。
俺はその話を聞いて、心の炎が燃えた。
エリートになって、人生を変えたいと願った。
でも。ダメなんだ。
中学2年生にとって、夏休みは刺激的すぎる。
ぼーっとしたくなる誘惑が強すぎる。
時計の針は残酷に、かちかちと時を刻む。
時間が早く過ぎ去ってほしい時には、ゆっくりと進み。
ゆっくりと進んで欲しい時には、早く進む。
全ての時間は同じ価値のようで、実は同じ価値ではない。
学生にとっては、朝の時間と夏休みの終了間際の時間は、
異常に価値が高い。
そしてボーっとしている時間がもっとも価値が低い。
そうか。価値のない時間に、面倒な宿題をしておけば、こんな事にはならんかったんだと。
そう気が付いた。
そして俺は無性に部屋の掃除がしたくなる。
テスト前、夏休みの終了間際。
なぜだか無性に部屋の掃除がしたくなる。
普段はまったく掃除なんてしたくもならないのに、
なぜだか無性に部屋の掃除がしたくなる。
ダメだと手を抑えても、手が勝手に掃除を始めてしまう。
そうして、
部屋の掃除をしていると、昔買った漫画が目に飛び込んでくる。
「なつかしいな」
その一言で、俺は漫画にのめり込む。
ふと気が付くと、声が聞こえる。
「晩御飯だよ」
母さんの声だ。
心臓の鼓動が激しくなる。
ダメだ。ダメだ。勉強しなくちゃダメだ。
「今勉強中」
俺がそう答えると。
「冷めるからさっさと降りてきなさい」
と母さんの怒鳴り声。
俺は食卓に強制転移される。
食卓のテレビはいつもつけっぱなしで。
テレビでは特番をやっていた。
俺は晩御飯を食べながら特番にのめり込む。
ふと気が付くと時計の針は21時を回っていた。
「お風呂入りなさい」
母さんが言った。
俺は風呂に強制転移される。
やばい。
時間がない。
気持ちが焦る。
どうしよう。
風呂から上がると。
「梅ドリンク入れたよ」
と父さんの声がした。
俺は父さんの作ってくれた梅ドリンクを味わいながら飲む。
爺ちゃんが毎年送ってきてくれる梅ドリンク。
やっぱり美味いな。
(ぴぽぴぽぴぽ)
突然父さんのスマホがなる。
こんな時間に父さんのスマホが鳴るなんて珍しい。
「メッセージか……。
うん?父が亡くなった。母さん。父さんが亡くなったって」
と父さんは言った。
我が家のリビングに緊張が走った。
「えっ!突然過ぎない。なにがあったの?」
母さんは言った。
「餅が原因って」
父さんは言った。
「えっどういう事。正月でもあるまいし」
母さんは言った。
「餅をつく道具を処分しようとして、動かしてたら、上からモノが落ちてきて、
それで倒れて、臼の角で頭をぶつけて亡くなったって」
「とにかく明日実家に帰らなくっちゃ」
と父さんは言った。
突然の出来事にリビングが凍りつく。
でも爺ちゃん家に行くと、夏休みの宿題ができない。
宿題ができないと、怒られる。
おじいちゃん家に行かないで怒られるのと、夏休みの宿題ができなくて怒られるのとでは、どっちが良い。
俺はしばらく考えた。
そして結論を出す。
「あの。大変恐縮ではありますが。俺は学校の宿題が多量にあるために、参列はできません」
と言った。
父さんと母さんの顔が明らかに絶望した様子に感じられた。
まぁ毎年の事だが、今年の顔は特にひどい。
「お前……毎年だな。まぁ父さんも母さんも、同じこの時期に必死にしてた方だから、遺伝だねとしか言えないけど」
と父さんは言った。
これは……セーフか。
俺は少し安堵した。
「そんなことより、私冬物の喪服しかないのよ。どうしよう」
と母さんは言った。
「俺だってだよ。しかも猛暑なのに、どうする」
と父さんは言った。
「仕方ないわね。涼しいインナー着ていきましょ。それに冷房もかかってるわ」
と母さんは言った。
「そうだね……。いやちょっと待て。今回は行かない事にしよう」
と父さんは言った。
「そんなのいいの?」
と母さんは言った。
「よく考えろ。お前行きたい?」
と父さんは言った。
「まぁ面倒ですものね」
と母さんは言った。
「ほらコイツが宿題してないのもなにかの印だ。きっと父さんが来なくて良いって言ってるんだ」
と父さんは言った。
「でも世間体的に……」
と母さんは言った。
「それだよ。葬式なんてものは世間体的にいかないといけないような気がしてるだけなんだ」
と父さんは言った。
「まぁそれもそうよね」
と母さんは言った。
……話はそれで終わった。
俺は爺ちゃんの梅ジュースは今年で終わりかと思いながら、宿題をやった。
そして夏休み最終日の23時35分。
無事宿題は完成した。
俺は疲れ果てて、ベッドに横たわった。




