2、吉川良平、女装する。
「なかなか可愛く仕上がってるじゃないか」
「おかげ様でなッ」
午前九時。待ち合わせ場所の〈フレンドリー・テーマパーク〉の正面入口で、良平は晃二に向かって、あらかさまに憤怒の形相を覗かせた。良平の格好を見れば、それは無理からぬ話なのだ。
というのも、今の良平は、艶やかな黒髪ロングヘアのカツラをかぶり、服装はフリルふりふりレースひらひらの、ほんのりピンク色が掛かったワンピース姿なのである。
ぱっちりおめめに、儚げに伏せられた長いまつげ、すっと通った鼻筋に艶やかなおちょぼ口を持つ美少女顔に加え、細い手足に締まったウエストの華奢なプロポーションを持つ身長一六〇㎝の良平にとっては、このような乙女チックなワンピースを着こなすことは造作無いことであった。
そして、きわめつけは、晃二の姉にとっ捕まり、化粧とアクセサリー類を面白半分に施されてしまったことである。お人形扱いされ、完璧な仕上がりとなったそれは、どこからどう見ても、絶世の美少女であった。
ここまでの道のりで、隣の晃二が数歩離れただけで一体何人の男たちにナンパをされたことかと考えると、良平はなんとも屈辱的だった。
そして、その怒りは、そのまま晃二に向かっているという今に至っている。
「なんで俺がこんな目にあわなきゃなんねーんだよっ!?」
「愚問だな。良平、お前は昨日の昼休みをどうやって過ごした?」
「……カツカレーをよばれました……」
「そうだな。ちなみに分かってるとは思うが、デートで失敗したら、カツカレーの営業は停止だぞ」
あまりに冷酷な発言に、良平は「ヒィ~……」と震え上がった。
「……なあ、これってマジでドッキリじゃねーの……?」
「残念ながらな。さて、設定はどうしようか。とりあえず、名前は……良子にしよう。フルネームは田村良子で、ニックネームはやわらちゃんだ。うん、悪くないぞ」
「いや、ちょっと待て。ちゃんと真面目にしよう」
女装の良平は、シリアスな顔つきで晃二を諭した。
「場当たり的なアイデアはやめよう。嘘って、ちょっとの綻びから、あっという間に破綻してくんだよ」
「経験者みたいな発言が気になるが、時間がないから今度聞くことにする。とりあえず、じゃあ……谷良子にしよう」
「そういうことじゃないんだよ」
呆れた目で晃二を見たその時、どこからともなく元気な声が飛んできた。
「おはようーっ! 晃二さーんっ!」
二人がほぼ同時に声の主に目をやると、池端しのぶが嬉しそうに、にこにこ笑ってやってきた。
しのぶの隣には、彼女のイトコと思しき青年が、にこやかな笑顔で立っている。
晃二のような冷たいオーラではなく、やんわりした雰囲気の、端整な顔立ちの青年であった。
良平が上目使いで見ていると、こころなしか彼の頬がポッと赤く染まった。そして、良平をじーっと見下ろしてくる。
嫌な予感がして、晃二の後ろに隠れようとしたが、しかし、その一歩が遅かった。
「じゃあまず、紹介するわね」
しのぶの台詞を押し退けるように、彼は、ずいっと近付くと、良平の両手をしっかと握り締めてこう言ったのだった。
「僕と付き合ってください」
「んあ!?」」
思わず、良平の顔右半分がくにゃと歪んだ。虫酸が走り、反射的に両手を思いきり振り払う。
「いっ、嫌よっ! お断りだわっ!」
きちんと女言葉で声色を使っているところが、良平もリキが入っている。
「な、なぜだいっ!?」
驚愕の表情を覗かせる彼に、
「とにかく紹介をするぞ」
たまり兼ねた晃二が、良平に食らい付かんばかりに擦り寄るイトコを引き離して言った。
「これが俺のカノジョの」
「田村良子で~すっ! ニックネームはやわらちゃんで~すっ!」
晃二の言葉を引き継いで、にこにことエンジェルスマイルを作る。結局、緻密な設定が思い付かなかったため、場当たり的なアイデアでいくことになってしまったらしい。
その時、良平の背中にずっしりと何かがおぶさってきた。見ると、
「か・わ・い・い」
ぽっと頬を赤く染めたイトコが、べったりとへばり付いているではないか。
「だ━━っ! なにすんだよっ! てめーはっ!」
土足で相手の頭をぐりぐり踏み付けると、慌ててしのぶが割って入った。
「ごっ、ごめんなさいっ。こいつは私のイトコで池端寛太っていうのよ。ちょっと変な奴なんだけど、仲良くしてやって」
「ちょっとかぁ~~?」
まだ食らい付かんばかりのキラキラおめめをしている寛太に、良平は先行きに一抹の不安を感じた。
しかし、お昼ごはんにカツカレーを食べられる上、母親から貰っているお昼ご飯代を全額お小遣いにプラスできるという甘い誘惑があるかぎり、このデートを失敗の二文字で終わらせるわけにはいかない。
「それじゃあ、今日一日、楽しく遊びましょう!」
しのぶの掛け声に、
「望むところよ」
良平は応え、両者の視線がぶつかり合って、バチバチと火花を散らした。
かくして、危険な偽デートの火蓋は切られたのであった。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。