第94話 諦めない心
俺は元勇者を注視する。
その動きがだんだんと遅くなっていった。
しまいには芋虫よりにも劣るような速度まで落ちる。
俺は後ろに下がる。
この一歩分を進むのに、果たして元勇者はどれだけの時間がかかるのやら。
元勇者の攻撃は、停止しているのかと見紛うほどに遅かった。
しかし、彼の周囲を浮遊する剣は別だ。
九本の剣が速度を落とさずに回転し、俺の身体に次々と命中する。
刃が体内に潜り込むも、痛みはない。
極彩色の血管が破れて傷口から噴出した。
液体を浴びた剣は、ぐにゃりと曲がって変形して茶色い花になる。
よく見ると花びらが錆びていた。
俺は全身各所から生えた錆びた花を千切って束ねると、元勇者に向けてばら撒く。
花に触れた元勇者は、全身が錆びて崩壊した。
そして間もなく復活する。
今度は腰から下が最初から欠損していた。
断面から内臓を露出させた元勇者は、床に倒れてもがいている。
俺はそれを見下ろしながら告げる。
「もう諦めろ。お前は絶対に勝てない。俺の術中に囚われている」
「ふざ、けるな……まだ、終わっていない。レード……お前を、殺すまで、はなァ!」
元勇者は手の力で跳ねて、持っていた剣を振り下ろしてきた。
俺は片手で受け止める。
斬撃は俺の腕を真っ二つにして胴体にまでめり込んできた。
やはり痛みはない。
変貌したこの身体は痛覚を持たないらしい。
俺の胸に埋まった剣は融解し、逆流するように元勇者の腕を覆い尽くした。
そこから腕を紙のような厚さまで圧縮する。
「ぐおおああああっ」
床に落ちた元勇者は悶絶する。
暴れるたびに腰の断面から内臓がこぼれ出していた。
それが苦しみを倍増させる。
俺は魔眼で元勇者を見つめる。
自己解釈を混ぜて、その存在を根本から歪めていった。
「お前のすべてを奪ってやる。このまま無価値になって死ね」
元勇者の背中から一本の剣が生えてくる。
それは青白い刃を持つ美しい剣だった。
無駄な装飾は一切なく、機能性のみを追求した美しさを宿している。
全体的に使い込まれた雰囲気だった。
ただし劣化というより洗練された印象を受ける。
この剣は元勇者の剣術だ。
幻創魔術で具現化させたのである。
人格面は最悪だが、剣術に関しては真摯で誠実なのだろう。
それがよく表れている。
俺はその剣の柄を握って力を込める。
元勇者が絶叫し、軋みながら剣が体外へ引き出されていく。
俺は元勇者の背中を踏み付けた。
そうして苦悶の声に構わず、極限まで磨かれた剣術を奪い取った。




