第35話 荒療治
俺は聖騎士を観察する。
弱々しく助けを乞うその姿からは、かつての面影が感じられない。
もはや人間の容貌を失っているのだから当然だろう。
足の先端から腐りつつあるのは、本人の心の表れかと思われる。
深い絶望が聖騎士の力を崩しているのだ。
(このまま殺してやるべきか?)
俺はふとそんなことを思う。
別に何も難しい行為ではない。
ここまで弱っているのだから、卵を割るより簡単だった。
聖騎士は心身ともに限界だ。
放っておいたとしても、長持ちせずに息絶えるだろう。
それを少しだけ早めるだけだった。
俺は少し考えた後、破壊衝動を心の奥へと沈み込ませる。
聖騎士から一歩離れて息を吐いた。
(……いや、やめておこう。まだ利用価値はある)
殺せば終わりだが、殺さないことで何かの役に立つかもしれない。
冷静に行動しよう。
無駄なことをしている場合ではないのだ。
私怨は捨てて動かねばならない。
俺の雰囲気が変わったことを察して、ノアが不安そうに話しかけてきた。
「レード、その男はどうなっているのだ?」
「幻創魔術の力に蝕まれている。自己が不安定なまま変動し続けているんだ」
俺は解除したつもりだが、影響は継続している。
本人の心が折れているのが最たる原因だろう。
聖騎士は己を見失った。
崩壊した精神が波及して、体内に残る幻創魔術の余韻に作用しているのだ。
変動する姿は、すなわち聖騎士の精神の具現化であった。
ノアは暗い面持ちで俺に確認する。
「このまま苦しめておくのか」
「……いや、一旦止めようと思う。許すわけじゃないが、休憩を挟むのにちょうどいい時間だ」
俺は魔眼を解放して聖騎士への干渉を始める。
容貌の変化の流れを掴むと、徐々にその動きに抵抗していった。
(幻創魔術で存在が不安定になったのなら、同じ手段で固定すればいい)
魔眼を経由して送り込まれる情報を理解して、さらに解釈を歪めていく。
虚構を真実に上塗りするのだ。
それだけ間違っていようと、俺の視たものを解に据え置くことができる。
(本質は不変だが表面の姿は変えられる。このままちょうどいい形を探していくぞ)
聖騎士の姿が金属人形へと戻り始めた。
そこからだんだんと四肢が丸まって短くなり、畳み込まれて胴体へと収納される。
腐った足先もいつの間にか艶やかな金属になっていた。
剥がれた腐液が床に染みを作るも、聖騎士の本質には関係ない。
最終的には、少し錆びた金属の球体が出来上がった。
ちょうど人間一人を丸めたくらいの大きさで、元の部位は判別が付かない。
とりあえず腐蝕や崩壊といった現象は見当たらず、状態としては安定しているようだ。
まずはこれくらいでいいだろう。
いずれ別の容貌に変えてもいいが、一旦は保留にしようと思う。




