透明な未来へ
昔から苦手なんだ、こういう祝い事は…。
俺は早朝から、いや昨日からの押し寄せるようなスケジュールに少しイライラしていた。
「新郎がそんな顔してどないすんねん」
控室に顔を出した蒼汰は苦笑いで俺の額を小突く。
俺は着なれない服にどうしていいかわからず、まともに身動きすら取れない。
藍が望まなければ、こんなに面倒で労力も金も時間もかかる事はしなかっただろう。
「うるさいな。おまえ、子どもは見なくていいのかよ?」
ちらりと目をやると、今日のリングボーイとベールガールをする奴の子供の方を見た。二人とも元気いっぱいに走りまわり、すっかり母親になった紅先輩を困らせている。ちなみにフラワーガールは兄の子どもだ。
「元気があってええやろ?お前もはよ作れよな。ってか、父親してるお前って想像つけへんな」
勝手な想像に含み笑いする蒼汰の足を、俺は思いっきり蹴った。
ったく、少しは成長しろよ。
「もうすぐ花嫁さん来るって!」
懐かしい声に俺は顔を上げた。
さっき再会した桃とはもう12年ぶりになる。
彼女は年を取らないのかと錯覚するほど本当にそのままで…若干、口調がきびきびしたのを除けば、なんにも変わらない。
桃はそっと俺の隣に立つと、穏やかな笑みを浮かべた。
「ね、青くん。今、幸せ?」
それに答えるのは、彼女への感謝と敬意の証の様な気がした。
俺はほほ笑むと、しっかり頷いて見せる。
「あぁ」
とたん、桃はくしゃっと顔中に笑顔を浮かべ
「もぅ! 妬けるほどいい顔するんだから!」
そう蒼汰と同じように額を小突いた。
「これで藍ちゃん泣かせたら、本当に承知しないんだからねっ! 幸せになってよ!」
そういう桃も、今年、イギリス人と結婚すると言っていた。
彼女の幸せもまた、すぐ傍にある事に、俺は素直に嬉しかった。
「あ、来たで!」
蒼汰の声に思わず立ち上がる。
自然にその場の空気が静まり返り、空間が彼女を迎え入れる優しくて温かな色に変わっていく。
その純白のドレスの彼女を見た時、俺は息を飲んだ。
「青くん」
スタッフに手を引かれ俺の目の前に立った彼女は……本当に綺麗だった。
俺は柄にもなく緊張して、言葉を無くす。
「どうかな?」
恥ずかしげに頬を染め、上目づかいで見上げるその顔は直視できないほど、その……愛しくて。俺は固まってしまった。
「おぃ、怖い顔してんとなんとか言えや」
蒼汰が小突いてようやくスイッチが入ったように我に帰ると、俺は眼鏡を触ろうとして、かけていなかったのに気が付いた。藍の希望で最近からコンタクトに変えたんだった…。
その仕草に藍が苦笑いするから、俺もつい笑ってしまい
「綺麗だよ」
ようやくその言葉が言えた。
藍は
「ありがとう」
輝くような笑みで答える。
「そうだ、この写真。覚えてる?」
桃が突然そう言うと、一枚の写真を取り出した。
それは……
「あぁ」
懐かしい。
唯一4人で写っている写真。確か、蒼汰が自分探しの旅とやらから帰って来た時のものだ。
破顔する蒼汰。前髪を直す桃。みんなファインダーに入ってるか気にする藍にそんな皆を苦笑する俺。
この時、色々あった。
理解しあえなかったり、傷つけあったり、励ましあったり、裏切ったり、許したり……泣いて笑って、そんな日々はもう遠い思い出だ。
「な、4人で写真、撮ってもらおうや」
蒼汰が言った。
俺はふと、窓の外に広がる空を見上げた。
空が、常にその色や形も変えても、いつもどこでも広がっているように…変わりゆく時の中でも、続いて行く繋がりを今なら信じてられる。
「ほな、撮るで!」
蒼汰の声に視線を戻すと、隣に座る彼女の手を握った。
藍は少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑み握り返す。
遠い過去は今のこの瞬間の為にあるのだと思った。
そして、今日という日が過去になる時、やはりこうやって彼女の手を握っていられるように……。
俺は今また作られる、今の4人を写すタイムカプセルに、そう願いを込めた。
最後までお付き合いありがとうございました。
7/10 13:00(以降毎日13時投稿予定) より蒼汰を主とした、青以外の人物視点を通した物語『Apollo』を連載いたします。
同じ時系列、同じシーンを他の視点から再構成した物語となっております。
よろしければお付き合いいただけたら幸いです。




