第3話 封鎖された王宮の謎
事業計画の承認から、わずか三日後。
モルトケ辺境伯城の作戦司令室には、早朝から重苦しい空気が澱んでいた。
「……報告します。王都に潜伏している、大旦那様が放った諜報隊員から、至急報が入りました」
通信士官が、震える手で魔導通信機からの解読文と、転送されてきた「書状」の写しを机に置いた。
「『王太子アルフレッド、モルトケ辺境伯家を正式に【逆賊】と認定。爵位剥奪および領地没収の勅命を発令。……なお、国王陛下の容体は不明なるも、王城は完全に近衛騎士団により封鎖された』……以上です」
ドンッ!
兄マクシミリアンの拳が机に叩きつけられた。
「逆賊……だと? この国を守り続けてきた我々を、盗人猛々しくも逆賊呼ばわりか! 爵位剥奪とは笑わせるな!」
顔を真っ赤にして激昂する兄に対し、当主である父ハインリヒは、無言で書状の写しを手に取った。
その瞳が、冷たく細められる。
「……マクシミリアン、落ち着け。怒る価値もない」
「ち、父上? ですが勅命と……」
「ただの紙切れだ。ここにある署名は王太子だけ。|国王陛下の玉璽も、国務大臣や法務大臣の副署もない」
ハインリヒは書状を指で弾いた。
「我が国の法では、高位貴族の処罰には厳格な手続きが必要だ。……これには何一つ法的効力がない。まともな貴族が見れば『王太子のご乱心』と鼻で笑う代物だ」
「な……。では、なぜこんな物が?」
「そこが問題だ」
ハインリヒの視線が鋭くなる。
長年、国境で古狸のような帝国将軍たちと渡り合ってきた勘が、きな臭さを嗅ぎ取っていた。
「王太子は愚かだが、こんな書状を出せば諸侯の反感を買うことくらい、周りの官僚が止めるはずだ。……だが、止めなかった。いや、『止められなかった』のだ」
「止められない? 王城が封鎖されているからですか?」
アンジェリカが問うと、ハインリヒは重く頷いた。
「そうだ。……諜報隊員の情報によれば、封鎖の表向きの理由は『国王陛下への毒殺未遂』。犯人が城内に潜んでいる可能性があるとして、近衛騎士団が全門を閉ざしたらしい」
「毒殺未遂……!?」
アンジェリカが息を呑む。
もしそれが事実なら、近衛騎士団が「陛下の安全確保」を最優先して封鎖を行うのは理に適っている。彼らは忠義で動いているのだ。
「ですがお父様、それならなおさら、なぜ我々が逆賊に? 犯人は城内にいるのでしょう?」
「こじつけだろうな。『毒殺犯は辺境伯家の手引きで入り込んだ』とでも吹き込まれたか。……王太子は扱いやすそうだ。そこを『誰か』に上手く誘導されたのかもしれん」
ハインリヒは、地図上の王都を睨みつけた。
「王太子一人で、近衛を掌握し、帝国侵攻のタイミングに合わせて書状を出すなど不可能だ。……間違いなく、裏で糸を引いている『黒幕』がいる」
「|黒幕……。一体、誰が?」
「近衛騎士団が動いている以上、軍部に強い影響力を持つ者だ。……心当たりがないわけではない」
ハインリヒの脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
王弟ゲオルグ大公。
国軍の総司令官であり、かつてはハインリヒとも酒を酌み交わした戦友。
だが、彼は近年、帝国の圧倒的な国力を前に「戦えば国が滅びる。ならば属国としてでも生き残るべきだ」という『敗北主義』に傾倒していた。
(ゲオルグよ……。貴公、まさか国を売ってでも平和を買うつもりか?)
ハインリヒは苦渋の表情を浮かべたが、確証がない以上、娘たちにその名を告げることはしなかった。
今はまだ、推測の域を出ない。
「……困りましたね。敵の正体が分からないまま戦うのは、骨が折れます」
アンジェリカがため息をつく。
彼女は経営や兵站には明るいが、宮廷内のドロドロとした権力闘争や軍事的な駆け引きは、父や母の領分だ。
そこへ、紅茶のカップを持った母ソフィアが静かに口を開いた。
「焦ることはないわ、アンジェリカ。……私の実家の『黒い鳥』たちも、王都の通信妨害結界に阻まれて沈黙しているわ。今は情報がないのが情報よ」
ソフィアの瞳に、鋭い光が宿る。
「でも、一つだけ確かなことがあるわ。……この混乱を一番喜んでいるのは誰か、ということ」
その言葉に呼応するように、泥だらけの斥候が駆け込んできた。
「ほ、報告! 帝国軍先遣隊三万、国境を突破! ……旗印は『黒騎士団』です!」
室内の空気が張り詰める。
王都の闇(黒幕)の正体は不明。だが、目の前の暴力(帝国軍)は待ってくれない。
「黒騎士団か……。魔法を弾き、剣を通さない動く要塞。それが三万も押し寄せてくれば、既存の騎士団一万五千ではひとたまりもない」
マクシミリアンが険しい顔で唸る。
真っ当な騎士として、黒騎士団の恐ろしさを誰よりも理解しているからだ。
「父上、どうしますか? 迎撃に出ますか? それとも……」
父ハインリヒは、二人の子供たちを見回し、不敵に笑った。
「狼狽えるな。……相手が黒騎士団だろうと、我らの庭に土足で踏み込んだことを後悔させてやるのがモルトケ家の流儀だ」
そして、彼はアンジェリカに向き直った。
「アンジェリカ。お前の『事業計画』とやら、間に合うか?」
話を振られたアンジェリカは、背筋を伸ばした。
ここからは、彼女の仕事だ。
「はい、お父様。……生産ラインは稼働済み、初期ロットの配備も完了しています。性能テストを兼ねた『実地運用』の準備は万端です」
「よし。……マクシミリアン、お前は前線の指揮を執れ。新兵器の威力を、兵たちに見せてやれ」
「ハッ! 任せてください! 俺が一番槍を……いや、一番砲をぶっ放してきます!」
マクシミリアンが嬉々として敬礼し、部屋を飛び出していく。
ハインリヒもまた、マントを翻して立ち上がった。
「誰が絵を描いたか知らんが、我らモルトケ家を計算に入れたことを後悔させてやろう。……総員、迎撃準備だ!」
父の力強い号令に、アンジェリカは深く頭を下げた。
頼もしい。
この父がいる限り、モルトケ家は揺るがない。
ならば自分は、彼らが存分に戦えるよう、最高の「武器」と「物資」を用意し続けるだけだ。
こうして、帝国との戦の幕が、北の辺境から切って落とされた。




