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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第4章

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第35話 飢餓の王都と反攻の曲射砲




 エルデラント王国の中心、王都。


 かつて美しかった石畳の街路には、泥とゴミ、そしてやせ細った餓死者の死体が無数に転がっていた。


 帝国軍が王都の兵站(食糧)を食い潰した結果である。


 すでに王城の正門や城壁は、完全に武装した帝国兵によって占領(せんりょう)・封鎖されていた。


 しかし、王城の最も奥深く――豪奢(ごうしゃ)な大広間では、城外の地獄絵図とは無縁の狂宴が繰り広げられていた。


「はっはっは! 飲んでくれ帝国の将軍殿! 我が国の酒は美味であろう!」


 王太子が、酩酊(めいてい)した赤顔でワイングラスを掲げる。


 周囲には着飾った裏切り者の貴族たちと、帝国軍の将校たちがはべっていた。


「辺境の狂犬(モルトケ)など、いずれ帝国本国からの援軍がくれば塵芥(ちりあくた)よ! 私をコケにしたあの小生意気な令嬢も、生け捕りにして私の奴隷(おもちゃ)にしてくれるわ!」


 狂ったように笑い声を上げる王太子。


 帝国将校たちは表面上は追従(ついしょう)の笑みを浮かべていたが、その眼の奥には、自国を売り飛ばした愚者への底知れぬ軽蔑が宿っていた。


(……自国の民が飢え、王城を完全に我々に占領されていることにも気づかぬ愚か者め。暴動を防ぐための傀儡(あやつりにんぎょう)としては、これ以上なく便利だがな)


 将校の一人が、苛立ちを隠すようにワインを(あお)る。


 彼らの胃の()もまた、限界に近いほどの飢餓感に(さいな)まれていた。


(第一陣のバルガス将軍が一万を失い、先日のグスタフ将軍も一万の兵と食糧を失った。……現在、この王都で孤立している我が軍の残存兵力は『八万』。モルトケの暗殺者によって本国への橋を落とされたせいで、皇帝陛下からの勅命も、追加の兵站も未だ届かない。このままでは、我々帝国軍が先に飢え死にするぞ)


 王城を制圧した強者でありながら、ジリジリと首を絞められている帝国軍。


 王都はすでに、内側から完全に腐り落ちる寸前であった。



***



 一方、旧モルトケ領の第一兵器工場。


 要塞化と反攻準備の熱気は、ついに最高潮に達していた。


「お嬢様、新型の試射、完了しやしたぜ! こりゃあトンデモねえ代物だ!」


 ガレンが耳を塞ぎながら叫ぶ。


 開けた演習場。そこに並べられていたのは、短い(砲身)を斜め上へと向けた、奇妙な形の大砲であった。


「素晴らしい出来です、ガレン。……これが、都市での市街戦を制するための新たな牙、『迫撃砲(モルタル)』です」


 アンジェリカが、図面を片手に頷く。


 防衛戦で威力を発揮した機関銃(マシンガン)榴弾砲(りゅうだんほう)は、直進する弾道を描くため、遮蔽物の多い王都での攻城戦には不向きであった。建物を粉々に壊せば、無実の王都の民まで巻き込んでしまう。


 そこで彼女が開発したのが、弾を高く打ち上げ、敵の塹壕(ざんごう)や城壁の『頭上から』爆発を降らせる曲射砲であった。


「これなら、王都の民家や城壁を破壊することなく、城壁の裏に隠れた帝国兵だけを正確に爆撃できます。……さらに、移動用の『装甲馬車』の量産も完了しましたね」


 彼女の視線の先には、鉄板とコンクリートの装甲で覆われ、機関銃を搭載した黒鋼の馬車が何十台も並んでいた。魔獣の馬に牽引させる、近代的な装甲車である。


「ああ。これで、我々は『守り』から『攻め』へと完全に転じることができる」


 背後から、完全武装したハインリヒとマクシミリアンが歩み寄ってきた。



***



「弾薬の備蓄は百万発を超え、新型の迫撃砲と装甲馬車も揃った。……時は満ちた」


 ハインリヒは、軍事工場と化した領地を見渡した。


 そこには、最新鋭のライフルを構え、統率の取れた深緑の軍服に身を包んだ、モルトケの精鋭と義勇兵(ぎゆうへい)、合わせて一万五千が整列していた。


 誰一人として、恐怖に震える者はいない。彼らの眼には、家族を守り抜き、祖国を腐敗から救い出すという確固たる意志が燃え盛っていた。


 ハインリヒは装甲馬車の屋根に立ち、全軍に向けて軍刀を抜き放った。


「聞け、モルトケの誇り高き猟犬(ハウンド)たちよ! これより我々は、鉄の国境を越え、エルデラントの王都へと進軍する!」


 拡声器を通した野太い咆哮が、海岸線に響き渡る。


「我々の目的は、王都の民を飢えから解放し、国王陛下を救出すること! そして……我が国を売り渡した腐れ外道どもと、王都に巣食う『八万』の帝国兵を、一人残らずこの国から駆逐することである!」


 「「「おおおおおォォォォォォッ!!!」」」

 大地を揺るがすような、一万五千の(とき)の声。


「情けは無用だ! 我々の(ごう)と鉄弾で、エルデラントの歴史を塗り替えるぞ! 全軍、前進開始!」


 重々しい地鳴りとともに、鉄の装甲に覆われた車列と、黒い銃身(バレル)の波が、王都へ向けて動き出した。


 孤立無援の防衛戦から始まった彼らの戦いは、ついに国家の命運を懸けた、凄絶なる『王都奪還戦』へと雪崩れ込んでいくのだった。




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