第34話 静観する貴族たちと閉ざされた鉄の国境
モルトケ領が巨大な鉄の要塞へと変貌を遂げている頃。
エルデラント王国の内陸部に領地を持つ、とある侯爵家の屋敷では、恐怖と混乱の嵐が吹き荒れていた。
「ば、馬鹿な! あの帝国軍の先陣四万が、モルトケの私兵に敗れて王都へ逃げ帰っただと!?」
豪華な執務室で、丸々と太った侯爵が悲鳴のような声を上げた。
彼ら内陸の領主貴族たちは、帝国軍十万が国境を越えたと知った時、王太子からの『モルトケを見捨て、帝国軍を迎え入れよ』という密命に従順に従った。
自分の領地と財産さえ守れれば、辺境の狂犬などどうなってもいい。強大な帝国にすり寄り、甘い汁を吸おうと日和見を決め込んでいたのだ。
「ど、どうするのです旦那様! 王太子殿下や帝国軍の敗北が濃厚となれば、我々も『国を売った裏切り者』として、モルトケの奴らに断罪されてしまいますぞ!」
「わかっている! すぐにモルトケ領へ早馬を出せ! 『我々は王太子に脅されて仕方なく従っただけだ』と、今のうちに言い訳と大量の金品を送りつけ、許しを乞うのだ!」
侯爵は脂汗を流しながら、家臣たちに金銀財宝を馬車に積ませた。
王国各地で、同じように帝国と王太子に寝返っていた貴族たちが、モルトケの恐るべき武力を前に手のひらを返し、慌てて使者を国境へと走らせていた。
***
数日後。
言い訳と貢物を持った各領主の使者たちが、モルトケ領との国境である深い森の入り口へと辿り着いた。
「も、モルトケ辺境伯への謁見を願う! 我々は王太子に騙されていたのだ! どうかお話を……!」
しかし、使者たちが声を張り上げた先。
かつては木の柵しかなかったはずの国境線は、完全に異質の『何か』に作り変えられていた。
街道を完全に塞ぐように建造された、巨大なコンクリートの特火点。
周囲には何重にも鉄条網が張り巡らされ、泥の塹壕の中からは、重武装したモルトケの義勇兵たちが、冷ややかな目で使者たちにライフルの銃口を向けていたのである。
「止まれ。未だ、帝国軍が王都を占領している。よって、これより先のモルトケ領へは、何人たりとも立ち入りの許可はしない」
特火点の上から、アランが拡声器を使って冷酷に言い放つ。
「総大将ハインリヒ様は、現在領地の再建でお忙しい。貴様らのような『裏切り者の日和見貴族』と会う時間は一秒たりともないそうだ」
「お、お待ちを! 我々は、モルトケ軍が王都へ進軍する際の物資の援助を――」
「必要ない。我々の軍は、我々の力のみで王都を奪還する」
アランの合図とともに、国境線を守る数百のライフルが一斉にカチャリと安全装置を外す音を立てた。
その圧倒的な殺気と、見たこともない鉄の城壁を前に、貴族の使者たちは腰を抜かし、貢物の馬車を置いて逃げ帰るしかなかった。
彼らは理解したのだ。
モルトケ家はすでに、エルデラント王国という腐った泥船には乗っている必要がないのだと。
圧倒的な近代兵器と、領民との強固な絆で結ばれた彼らは、王家の権威にも他の貴族の財力にも一切依存しない、完全に独立した軍事領として完成しつつあるということを。
「……お断りしてよかったのですか、アラン殿」
「ああ。総大将の命だからな。……あのような腐りきった者たちの口車に乗せられれば、いずれモルトケの鉄は錆びる。我々は、我々の信じる『正義』のためだけに引き金を引くのだ」
閉ざされた鉄の入り口。
それは、裏切り者たちへの無言の死刑宣告であり、エルデラント王国の旧態依然とした貴族社会が、完全に崩壊した瞬間でもあった。




