15節 守りたい称号
ラウルはジュニオールの言葉に強い打撃を受けた。
なぜなら、ジュニオールの発言を辿れば、最初から自分が原因だという結果にたどり着くからだ。
彼は今までその可能性を否定し、ジュリオを根本原因だと思い続けていた。
「疑ってなんか…あいつがおかしいから、正常じゃないから心配を…」
「そりゃジュリオは正常じゃないさ!!」
ジュニオールは彼の言葉に素早く反応した。
「そりゃアイツも変わって当然だ。」
彼は少し息継ぎをしてから話し続けた。
「別にアイツの過去を知ってるわけではないけど、それがどんなに苦しいものだったって、人間である以上乗り越えなきゃいけないんだ」
当たり前のことだが、言葉にしてみたら凄いことのように聞こえる。
実際、ジュニオールの知っているほとんどの人は、苦しい過去を乗り越えている。ロベルト、ウンベルトでさえそうだ。
逆に、それを乗り越えられなかった人は、もう既に死んでいる。
それは"死んでいる"というよりも、"生きていない"と言えるような状態のことだ。
ラウルにとっての“ジュリオの正常”は、死んでいた頃の彼だったのだ。
「でもそれ…本当に乗り越えたって言えるのか?」
ラウルが小さな声で、ジュニオールに言った。
それは彼の負けを確定させてしまった発言だった。
「お前は――そこからジュリオを疑うってのか?」
ラウルは、それを聞いた瞬間、
あっ、と情けない声を出してしまった。
何かを疑う事とは、その真偽を認めていないことでもある。
ラウルは、友達の成長を疑い、認めなかったのだ。
「実際、お前はジュリオのためと良いながらも、お前は自分のために動いてきた。
ジュリオのバーを引き受けたのも、彼の話を聞いてあげたのも、全部拒否できたことばっかだ。
なのに、お前はそれをジュリオのためと言い、疑いながらも引き受けた」
そう、1回もジュリオはラウルに何かを強要した訳ではない。彼が勝手にジュリオの頼みを引き受けたのだ。
「それは決してジュリオが必要にしていたことではない。ジュリオが必要としていたのはいつだってお前の意見だった。でも、お前は恐れたせいで、それをしなかった。」
「…恐れるって何を?」
「『プロミネンテの友達でいなくなること』をだ。」
探偵は少し笑い声をあげ、心の中でジュニオールの発言を大いに褒めた。
ラウルはただ黙った。
もう説明をいらなかった。最初からいらなかったのだ。
彼が必要としていたのは、現実を言われること。
――自分の本性を見せられることだった。
※※※
ラウルは昔から自分の人生に深い意味を見いだせなかった。
それは単に楽しくないからではなく、特別だと言えるような部分がなかったからなのだろう。
しかし、それはあるプロミネンテの存在によって大きく変わったのだ。
普通の中層民が一生で目にすることがないような人物と彼は出会ったのだ。更に、彼はその人の友人になれたのだ。
『つまらない運命に逆らった』象徴として、彼は数年もジュリオと過ごした。そして紛れもなく、そこには友情もあった。
嘗て金髪だったあの髪を黒く染めたのは、それを示すような意味でもあったのだ。
しかし、ジュリオが変わり始めて、その特別さが薄れるように感じた。
またつまらない日々に戻ると言う恐怖に彼は耐えきれず、次第にジュリオを友人ではなく、失ってはいけない称号と見始めたのだった。
「もう一度言うが、おかしいのはお前だ――
――ラウル。」
ジュニオールに言われて、ラウルは自覚した。
「最初っからジュリオを信頼していなかったのは、お前の方だ。」
---
突然、
部屋中に奇妙な雰囲気が生まれた。
それはラウルとジュニオールの会話によるもので、新鮮とも言える、鮮やかで優しい空気だった。
「ジュリオはな、俺に言ったんだ。
なぜお前に何も言わないのかを。」
ジュニオールは静止したラウルを見ながら、
文字を一つ一つ、丁寧に紡ぎながら言った。
「それが、予想以上に単純――
――一緒に話せる友人がいなくなったら、困るから」
《そうか…》
ラウルの目から、少し、汗に似たようなものが溢れた。
しょっぱいが、同時に甘い。心の底で作られた水だった。
――このままでは、ジュリオの友人ではなくなる。
それは完璧にラウルの妄想であり、彼の歪んだ精神が作り出した物だと、彼は初めて気づいた。
心配の必要が最初っからなかったのだ。
「今話した事、あいつに直接言ってもらえよ。俺はそれに協力する」
ジュニオールがそう言い、ラウルは目についた水粒を指で拭いた。
ジュニオールの頭皮が輝き、顔の威圧感が少しだけ優しくなった。
「ああ。きっちり説明させてもらうよ…」
彼はジュニオールの方へ歩き出した。
そしてここで、ラウルの革命への第一歩が始まり、ジュニオールやジュリオ、アレハンドロなどと共に、その人生が大きく動き出す――そういうはずだった。
――ある男がいなければ。
「では、共犯ってことで間違いないな?」
ラウルの頭に、左手で構えた拳銃を突き立て、探偵は聞いた。
それは答えを求めた質問ではないことを、ラウルは瞬時に理解した。
《あ、コイツがいたんだった…》
それを見ていたジュニオールは一度瞬きをしてから困惑した。
いつの間に、銃を出したのか。
いつの間に、ラウルに近づいたのか。
頭の中を整理するのに1秒。
なぜ引き金を引くのか。
なぜラウルを撃つのか。
それを理解するのに2秒。
この大きな音の発生源。
ラウルが地面に倒れる理由。
命の源が流れ出す様子。
彼が右手に持っている紙切れの正体。
反応するまでおよそ3秒もかかった。
「っは?」
ジュニオールは銃を向けられながら、自分の足元を眺めた。先程まで立っていたラウルは無抵抗に倒れ、命の源が床一面に広がっていく。
彼の青い瞳は輝きを失い、その生命は額の大きな傷から外に出ていった。




