第37話 恩人 ※竜雲(ボス)視点
死んでしまうと思った。
俺が吹き飛ばしてしまった両親は、このまま地面に叩きつけられてしまうんだと。
俺が、俺を助けようとした父さんと母さんを殺してしまうんだと思った。
「父さん! 母さんっ!!」
駆け出そうとした瞬間、明るい声が聞こえた。
「はぁーい、大丈夫よー。危ないとこだったわねぇー」
俺の両親は、水で作られた大きな手のようなもので、地に落ちる前に受け止められていた。
その手に凛々しく立って、明るく笑っていたのが神山玲子さん……後の薙乃玲子さんだった。
「玲子さん、モンスターがあと三体」
振り返れば、いつの間にか知らないおじさんが部屋にいて、姉ちゃんのそばに座っていた。
手にはちぎれた腕を握っている。
「なっ、なにすんだよっ」
「大丈夫だ、元通りになるからな」
「元、通りに……?」
おじさんが手をかざすと、痛みに喘いでいた姉ちゃんの表情が和らいだ。
「マズいんだが、これをひと瓶飲み切れるか?」
「はい」と姉ちゃんは必死でそれを飲んだ。
おじさんは姉ちゃんの肩にちぎれた腕を重ねて、細くてキラキラした糸で繋ぎ合わせる。
「お? この糸が見えるのか。将来有望な坊主だな」
おじさんはそう言って俺の頭を撫でた。
それが、薙乃雄大さんだった。
二人は中央所属のコンカーで、俺が協会に入ってからも、よく声をかけてくれた。
時々飲みに誘われて、同期には言えないようなグチを聞いてもらったり、飯をおごってもらったりしていた。
森江支局の副支局長になった時には、祝いの席を設けてくれた。
その頃には二人には男の子がいて、玲子さんは「うちの子ももう少し大きくなったら森江支局のお世話になるわね」と言っていたし、雄大さんは「その時には竜雲が支局長かもしれないなぁ、うちの子を頼むぞ」なんて言って、大きなあったかい手で俺の背を叩いてくれた。
俺は、その言葉が嬉しかった。
本当に本当に……嬉しかったんだ……。
なのにどうして、俺はあの二人がいなくなった後、あの人達の子をちゃんと見てなかったんだ。
小学校からの高巡力者名簿には欠かさず目を通してた。
でもいつになってもそんな名前の子は上がってこなくて、引っ越したのかもしれないなんて思って終わりにしていた。
だから、あいつを見ても一目では気づけなかった。
名前を聞いて、心臓が凍るかと思った。
小さい頃の写真は何度も見せられていたし、何なら動画だってたっぷり見せられた。
ちゃんと五体満足な子だった。
――それが、どうしてあんなことになってんだよ!!
俺も、俺の家族も、皆あの二人が救ってくれたのに。
ちぎれた姉ちゃんの腕だって、ちゃんと元通りにしてくれたのに。
俺の家族は今だって元気に暮らしてるってのに、あの人達のたった一人の息子が、あんな身体になってたことが、俺には信じられなかった。
全部、俺のせいだと思った。
俺がもっと早く、二人の子が今どうしているのか調べていればよかっただけなのに。
俺の担当地区で、こいつはずっと生活してたのに。
忙しさにかまけて、俺が放っといたせいで、あの二人の大事な息子を守ってやれなかった。
俺に、「頼む」と言ってくれたのに……。
大切な恩人の頼みを、俺は…………。
「竜くん。竜くん起きて。ゲートの拡大が止まったよ」
箕輪が俺を揺すっている。
ああ、そうか。何かあれば起こせって言ったよな。
次の瞬間、俺はハッと覚醒する。
「ゲートが止まった!? 縮むのか!?」
「それはまだわかんないよ。現地に行って調べる?」
「ああ、すぐ行く。今何時だ?」
「まだ17時前。2時間ちょっとしか寝られなかったね」
「十分だ」と俺は答えて支局を出た。
今回のゲートは拡大型だったこともあり、ゲートの周辺は完全に退避が終わっていた。
「……静かなもんだな」
「この辺にはもう誰も残ってないからね」
「念の為、斎賀も呼んどくか?」
「斎ちゃんも少しは休ませてあげてよ」
そういう箕輪は今も専用車に積まれた機器を広げて、難しい顔でゲートの動向を探っている。
一番働き詰めなのはお前だろうよ。
「そういうお前は寝てんのかよ」
「寝かせてくれないのは竜くんでしょ?」
……それは、その通り過ぎた。




