2-2 ドーピングアイテムを金策に回すなんて、普通はしないだろう
「あ、お姉さん……」
私がラミントン王子と結婚したことは、どうやら一般にはまだ知られていないようだ。
だから私がただの『貴族のお嬢様』としか思っていないことが分かる。
少年は少し恥ずかしそうにしながら、挨拶してきた。
「いつもここに来るの?」
「あ、はい……。僕も……剣を振るって国を守る、兵隊さんみたいになりたいなって思って……」
「ふうん……」
まあ、彼の歳だったらいわゆる『剣士』様に憧れるというのはよくあるのだろう。
だがこの世界では彼らのような庶民は剣の訓練を受けられない。……というより、受けたとしてもこの『回復薬』を買い込めない彼らは能力を上げられないし、ステータスアップの薬も貴族に買い占められるためだ。
(まあ、無課金勢と課金勢の力の差みたいなものね……。この世界じゃ、庶民は『努力するための機会』すら、貴族に奪われるから……。ま、現代日本も似たようなものか)
もっとも、私は金を出してまで苦労するのは嫌だから、塾も行ったことがない。
そう思いながらも、私は訓練場のカギを開けて少年を手招きした。
「よかったら、入って? 訓練場、興味あったんでしょ?」
「え……いいんですか?」
「勿論。……けど、内緒よ?」
そういって私は少年を招き入れた。
「へえ……凄いですね、この訓練場……」
「でしょう? ……そうだ、あなたも剣を振ってみない?」
「いいんですか?」
「勿論。はい、私の剣を使っていいわ?」
そういって私は彼に訓練用の剣を渡す。
女性である私の剣は、少年である彼の体格にぴったり合うようだ。
「へえ……! 凄いですね、この剣! 面白いな……」
……そういや、弟も小さい時にはああやって棒切れを振り回して遊んでいたな。
(けど、私を面白がって叩くんだもの、許せなかったな……)
そう思いながら、調子に乗った弟が私を面白がって叩いてきたことを思い出した。
……弟の分際で、姉を叩くなど神にも楯突く愚かな行為だ。
そう思った私は『しつけ』の名目で、地獄を見せてやったことを思い出し、彼に対してはっきりと答える。
「けどね、坊や。面白がって剣を振るのはやめた方がいいわ」
「え?」
「……そうしないと、身を滅ぼすことになるからよ? 気をつけなさい?」
「は、はい!」
……今にして思うと、弟があれほど泣いたのは初めてだった。
この少年に弟のような目に遭ってほしくない。そう思いながら私は訓練場の隅にある標的版に案内する。
「そうね、叩くなら、これに向かってやるといいわ」
「え? ……これ、叩いていいんですか?」
「勿論よ。……後、これも使っていいわよ?」
そういうと私は回復薬を手渡す。
少年はものすごく驚いた表情で私に尋ねてきた。
「これ……回復薬じゃないですか!? しかもこんなにたくさん……?」
「ええ。全部あなたが使っていいわ。たっぷりと訓練してね?」
「は、はい!」
よし、これで回復薬は苦労せず、全部この少年に消費させることが出来るな。
そう思いながら、私は少年が荷台の後ろに乗せていた荷物をチラリと見やる。
「ところで坊や、今は行商中だったの?」
「あ、はい……。けど、別に急ぎではないので……」
見た感じ、あれは※甜菜だ。
(※てんさいと読む。さとうだいこんのこと)
あれを使って砂糖を作ることが出来るのだが、どうやらこの世界では家畜のえさにしているようだ。
(あれを買いたいところだけど……財布を取りに部屋まで戻るのも面倒ね……そうだ!)
それを見て、私は力のしずくを渡す。
「ねえ、坊や? あの荷物、全部これと交換しない?」
「え? ……これって力のしずくじゃないですか!?」
そう少年は信じられないという顔を見せた。
「そうよ。……これじゃあ不満? お金で買い取るほうが嬉しいかしら?」
「あ、いえ! そうじゃなくて……本当にいいんですか?」
「勿論よ。そもそも、お姫様の私が腕っぷしを上げてもしょうがないもの。あなたに全部あげるわ」
「……えっと……ほ、本当に……ありがとうございます!」
私は基本的にゲームをやっているときには『ステータスアップ』のアイテムは全部金策に回してしまう。わざわざ、お金を貯めるのが面倒だからだ。
弟にその話をすると「姉さん、正気かよ!?」と驚かれたものだが、最近のゲームは簡単だ。
ハッキリ言ってドーピングアイテムなんか使わなくてもクリアできるのに、わざわざステータス画面を開いて『誰に使うか』を考えるのは面倒だ。
(みんな、ドーピングアイテムを有難がりすぎよね……)
それは、今の世界の私だって同じだ。
私のような王族の、しかも姫である立場のものが戦場で直接剣を振るう機会なんて、そうないはずだ。
何かあったら王子様や近衛兵が守ってくれる。
もし彼らが居たとしてもどうにもならないような状況では、どのみち私個人がどれほど能力を上げても対処できないはずだ。
そう思いながら私は少年に微笑みかける。
「その代わり、何かあったら私を守ってね?」
「は、はい……! ところでお姉さんの名前は……?」
「ゼフィーラよ。この間ラミントン王子と結婚した、ね」
「な……ひ、姫様……だったんですか!?」
そういうと、少年は絶句したようだった。
……やはり私の正体が分からなかったのだろう。おずおずといった表情で私に尋ねてきた。
「えっと、その……失礼な態度をとって、すみません……!」
「フフフ、そんな気にしないで? それじゃあ私はあっちで、あなたから買ったお野菜を加工してくるわね? 訓練場は好きに使って構わないから」
「は、はい!」
これで、今日は鍛錬をサボることが出来るな。
この少年が標的版を滅茶苦茶に叩いて置けば『私、訓練やってました!』アピールが出来るはずだ。……そして、明日以降も同じ手を使えれば完璧だ。
そう思い、私は少年に付け加えた。
「そうそう。明日もまた来ない?」
「明日? けど……」
「心配しないで。明日はちゃんと銀貨で、あなたの商品を買ってあげるから」
「そんな……。まさか、そこまでしていただくわけには……」
「いいのよ。……だから、あなたはしっかりと訓練して、一人前の剣士になりなさいね?」
「はい!」
よし、これで私のスローライフは邪魔させない。
何より、甜菜を砂糖にすることが出来れば、私のお菓子作りの幅が大きく広がる。
そう思いながら、私は少年が持ってきてくれた甜菜を担いで訓練場わきの炊事場に向かって歩いていった。
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「信じられない……」
少年は必死で剣を振るいながら、感激するように呟いていた。
「まさか、あの優しいお姉さんがお姫様だったなんて……しかも、こんなに回復薬をいただけるなんて……!」
この世界では『スタミナ』を回復する薬は極めて高価だ。
その理由として、自身の子を強くしたい貴族の親がこぞって買い占めるためでもある。
……そのせいもあり、成人するころには貴族相手には平民は束にならないと勝てないぐらい能力に差が開いてしまう。
「しかも、力のしずくまでくれるなんて……! 僕が遠慮しないように、ちゃんと言い訳まで作ってくれたし……!」
当然だが、いわゆる『ドーピングアイテム』を平気で金策に使えるようなプレイヤーなど、恐らく本作の読者の中にもほとんどいないはずだ。そんなことをするのは、RTA走者かゼフィーラくらいのものだろう。
「それだけ、僕に期待してくれているってことだ! ……よし、ゼフィーラ様の期待に答えられるように頑張らなきゃ!」
そういいながら少年は必死で剣を振っては回復薬を飲み、そして日が暮れるまで鍛錬を続けていた。




