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園部陸人②

 すみれ荘から歩いて二十分の場所に、川口県立青木第四中学校はある。特筆してなんの特徴もない普通の学校に、三ヶ月ちょっと前に俺は転校してきた。


「おはよう! 園部くん」


 背中にかけられた声に一瞬戸惑いながら、すぐによそ行きモードへと切り替える。


「あ、おはよう鈴木くん」


 クラスは違うが同じ野球部でキャプテンを務める鈴木慶太は、中学三年の一学期という中途半端な時期に転校してきた俺を常に気に掛けてくれた。真っ黒に日焼けした顔に坊主頭。爽やかな笑顔はまさに、ザ、野球部。


「本当に最後の大会でなくていいの?」


 当たり前のように慶太は俺の隣を歩き出した、その自然な行動に感嘆する。これは才能だ。人の懐に入り込む才能。すみれ荘の住人に一番必要なスキル。


「うん、()()まだ入部して三ヶ月の新米だし、みんなの思い出の邪魔は出来ないよ」


「もったいないなあ、実力的には絶対にエースで四番なのにさ」


 俺もそう思う、はっきり言ってこの学校の野球部は弱い。初めて練習に参加した時に愕然とした。まるで球遊びだ。すぐにレギュラーになれる実力はあったが、自ら最後の大会は辞退した。どうせ一回戦で負けるだろうし俺の目標は甲子園。中学校の軟式には興味がない。


「そんな事ないよ、僕なんて全然」


 謙虚な姿勢、横柄な態度はとらない、仲間を大切にする、悪口を言わない。過去の自分を頭の中で反芻(はんすう)しながら笑顔で会話に応じた。


 中学校が近づいてくるにつれ、慶太の周りには人が集まってくる。同じ野球部の仲間たち。クラスメイト。その輪の中心に自分がいる事が、なんだかこそばゆい。


「園部くんが言ってた選手ユーチューブでみたよ。すごいバッターだね、えっとバリーボンズだ」


 野球部のマネージャーをしている伊藤春奈が話しかけてきた。この前、憧れている選手を聞かれた時に答えたメジャーリーグの選手だ。


「見てくれたんだ、凄いでしょ」

「うん、同じ左バッターだしね。打ち方も園部くんに似てるよ」

「はは、僕が真似してるんだけどね」

「そうだった」


 テヘッという擬態語が出そうな仕草で片目をつむり舌を出した。なかなか可愛いらしい女の子だ。


「でも世代違うよね、私たちの代なら大谷くんとかアーロンジャッジが有名じゃない?」

「え? ああ」


 そう言われて自分がとっくに現役を引退したメジャーリーガーに、なぜ憧れているのか答えに詰まってしまう。彼女が言うように現役の選手、今ならば大谷選手と言うのが圧倒的多数だろう。


 どうして俺は――。


「メジャー通ぶってんだろ」


 吐き捨てるように言ったのは一応、野球部のエースである源田和也。事あるごとに絡んでくるのは実力で圧倒的に劣っている事が自分でも分かっているからだろう。しかし、昔の俺ならこの安い挑発にたやすく乗っていたに違いない。


「確かに、ちょっと通ぶってたかも」

 暖簾に腕押し、いくら絡んでもなんの手応えもない俺を和也は一睨みして鼻を鳴らすと、つまらなそうに前を向いて歩き出した。


「マネージャー、今日はグラウンド使えるの?」

 慶太の質問に春奈は眉間に皺を寄せて顔をしかめた。


「今日も明日も女子野球部、あちら様は全国優勝が期待されてますからねぇ」


 そう言いながら慶太を上目遣いで見つめると、バツが悪そうに視線をそらして「すんません」と謝った。


 この中学校には珍しく女子の野球部が存在する、しかも全国大会常連の強豪。毎年一回戦負けの野球部とのグラウンド争いで分が悪いのは仕方がないだろう、今日も隅っこでトスバッティングするしかない。


「女が野球なんかやっても意味ねえだろ、どーせ甲子園に行けるわけじゃねえんだから」


「あー、和也。それ女性差別だよ」


「ふんっ、時間の無駄だろ。どんなに頑張っても男には勝てないんだしよ」


「お前ぐらいの下手くそなら、勝てる女もいるだろ」


 そのセリフは心の中で言ったつもりだったがどうして、春奈が驚いた表情で俺を見ている。


「え?」

 和也もコチラを振り返る。

「え?」


 俺はすっとぼけて首を横に振った。どうやらちゃんと聞こえなかったようだ。助かった。心の声が漏れてしまわないように気をつけなければ。


 しかし無性にイライラする、なぜだろうか。最近は何があっても平常心を保てていたのに。相変わらず頭の中はスッキリしない。その理由が何一つ分からないまま、その日は授業を受けて部活を終えた。

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