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後藤 翔③

「なんだよあれ、勘弁してくれよ」


 ハァハァと息を切らしながらその場にしゃがみ込んだ。目の前にいる真田も両手を膝に置いて呼吸を整えている。


「ごめん、悪い人達じゃないんだけど瑠璃菜の事になると人が変わるっていうか……」


 本当かよ、チェックシャツのおやじ、目がバキバキにキマッテたぞ。と言い掛けてやめた。なぜか真田はあの連中の肩を持つ、なにか理由があるのだろうか。


「まあ、良いけど」


 胸糞悪い気分も瑠璃菜のことを思い出すとあっという間に別の感情が全身を支配した。ドキドキする。一体何を話すのだろうか。向こうから誘ってきたのだから何か用事、いや伝えたいこと、愛の告白。ちょっと飛躍し過ぎか。冷静になれ。


「じゃあ、また明日な」


 軽く手を上げ、真田に別れを告げて立ち去ろうとしたが、肩をグッと掴まれた。

「俺も行く」


「え、いやでも……」


 お前がいたら瑠璃菜が告白しづらいだろーが、空気嫁! と心の中で叫び倒す。


「いま一人になるのは危険だ、秀吉さん達が襲ってくるかも知れない」


「襲ってくるってお前――」


 真田の目を見るが冗談を言っているようには見えなかった。先程の騒ぎを思い出す。眼底が押し出されて目玉が飛び出そうになっていた、チェックシャツの男を考えると寒気がした。真田は空手の有段者だからボディーガードとしては打って付けだか……。数秒なやむ。


「それに、どうせ待ち合わせ場所も分からないだろ?」


「駅前の喫茶店だろ?」


「駅前に喫茶店はいくつもあるぞ」


 なるほど迂闊だった、やはり舞い上がっていたのだろう。


「お前は分かるのかよ?」


「まあな、関係者が使う秘密の場所だ」


「じゃあよろしくお願いしますよ、ボディーガードさん」


 立ち上がって軽口を叩くが、真田はピクリとも表情筋を動かさない。


「時間は稼ぐ、その間に逃げろ」


 その言い方があまりにも真剣なので、突っ込むことも出来なかった。あの三人が束になっても真田に勝てるとは思えないが。何だか急に不安が押し寄せてくる。得体の知れない怪物に狙われているような曖昧模糊な緊張感。俺はそれを掻き消すように瑠璃菜の記憶で上書きした。


 会場出口からは満足そうに顔を綻ばせたファン達が次々と吐き出されていく、彼らのほとんどは息抜き、趣味のようなもので、本気でアイドルと付き合おうなどと考えている人間はいないだろう。それが普通の下民だ。


 しかし俺は違う。人気はイマイチだが本物のアイドルからも声が掛かるポテンシャル、たとえ同級生と言えども冴えない凡人を瑠璃菜が誘うだろうか? 答えはNO。そんな事はありえない。


「どんな子だった?」

 喫茶店に向かう途中、重苦しい空気を変えるような明るい声で真田が聞いてきた。


「だれが?」


「ばっか、瑠璃菜だよ。小学生の時から美少女だったろ?」


「ああ……。まあ普通だよ」


 たしかに同級生だが同じクラスになった事は一度もなく、話した記憶もない。あの頃は鎌田とつるんで悪さばかりしていた。と言っても万引や暴力など知能指数が低い不良がやるような悪事は一切しない。頭脳戦だ。大人達が小学生に踊らされる姿を見るのが楽しくて仕方なかった。他人に罪を着せるのは簡単で、大人は、いや、人は日頃の行いや表向きの性格、家庭環境などですべてを判断する。生贄になるのはそんなバイアスのかかった社会的弱者ばかりだ。


 特に貧困の家庭や片親、毒親、つまり親ガチャに外れた哀れな奴らは恰好の餌食だ。あの頃は無意識に選抜していたが、実に合理的な選出だったと思う。そもそも親ガチャと言うのは少し語弊がある。能力が低い子供の親が、カースト上位にカテゴライズされるような優秀な逸材な訳がない。馬鹿と馬鹿が結婚して生まれた子供だから馬鹿なのであって、それは当たり前の自然の摂理、ただの遺伝だ。そいつらから優秀な子供が生まれ出てくる方が、よほど不自然だと本人達は気付いていない。そんな馬鹿はまた馬鹿と結婚して、馬鹿を産む。まさに馬鹿スパイラル。

 

 ――うんこ漏らしたんだって?

 

「クッ!」


 数歩先を歩く真田の背中を睨みつけた。奥歯をギリギリと噛むと怒りが更に込み上げてくる。

 完璧とは言いがたい。まだ小学生だったから、なにか証拠を掴まれるような不手際があったのだろう。しかし、あの女教師、園部七海さえいなければ完璧に大人達を騙せたはずなのだ。同級生をオカズにオナニーをする変態小学生として、あのデブを一生消えないデジタルタトゥーの餌食にしてやるはずだった。

 

 ――テメーがやったんだろ?

 

 ビビった、本気で殺されるかと思った。何よりそれが許せない。小学校の教師程度の下民に俺は屈服した。奴がどんな証拠を持っていたのか分からないが、そんな物は無かったのかも知れない。認めるのは証拠が出て来てからでも遅くは無かったはずだ、なのに俺は自白した。あの女教師の迫力に屈した。

 あの女教師の事を忘れた事はない、必ず復讐してやる。今の俺はあの頃とは違う。

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