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第25話 マナ・リンク

 小鳥の囀る声が耳朶を打つ。それが目覚ましであったかのように、自然と意識がハッキリしてくる。

 最初に知覚したのは、腕の中に感じる暖かくてモフモフした感触だった。オレが目覚めたことに気づいたのか、モゾモゾと動き出したので目を開けると、眠そうなお目目をした愛犬と目が合った。


「……おはよう、モコ」

「わうぅ……」


 眠気が残っているせいか、お互いに気の抜けた挨拶を交わした後、オレたちはのそのそとベッドから出て、朝の準備に取り掛かった。

 慣れない、というか初めての貴族相手の護衛依頼。道中でも魔物やら盗賊やら、狙撃手やらを相手にしてさすがに疲れていて、昨日は宿を取った後、早々に寝てしまった。


 アリエルを領主宅に届けた後、オレは冒険者ギルドに寄って護衛依頼の完了手続きを済ませて報酬を受け取った。その額、なんと500万テラ。さすがに伯爵令嬢の護衛、しかも領主の命を救ったとあって報酬は破格だった。どうしょう、冒険者になってから受けた依頼はたったの2回。それだけで結構な金持ちになっちゃったよ。

 とはいっても、金はあって困るものじゃない。なにせ頼る人間もいない、勝手の判らない異世界での1人と1匹の旅だしな。万が一の時に備えて出来るだけ溜めておいて損はない。


 シン道大原則ひとつ――貯金は堅実に。


 ちなみにいま泊まっているホテルは、ラティナが薦めてくれた。

 ペットOKで内装も綺麗で設備も整っており、食事も美味いし言うことなしなんだが、高級なだけあって少々値が張っていた。が、一般的な価格の宿やホテルにはこの時期、多くの冒険者が滞在していて空きがなく、あったとしても小汚い上に冒険者同士のトラブルなんかも良く起こるらしい。


「君は他の冒険者とは関わりたくないだろう?」


 ――とはラティナの言葉だ。

 さすがは女護衛官。出来る女。よく判っていらっしゃる。

 この宿は値段が高いだけあって、一般的な稼ぎの冒険者ではなかなか手が出ない上、セキュリティもしっかりしているのでそういったトラブルとは無縁だ。正直言うと、ホントにありがたい。エスタール市に滞在する間はここを拠点にさせてもらおう。


 他の冒険者には泊まれない宿に宿泊する。ちょっとしたブルジョワ気分だ。けど、だからと言って無駄遣いには注意しないとな。下手に贅沢を覚えたり、浪費癖なんかが付いてしまうと後が怖い。


 シン道大原則ひとつ――無駄遣いは慎むべし。


「よし! じゃあ街を散策がてら、冒険者ギルドに行こうか!」

「わんっ!」


 元気よく返事を返してオレの頭に飛び乗ってきたモコと共に、ホテルの部屋を後にした。


 領都だけあってエスタールの街はエンディムのそれよりもずっと多くの人が行きかっており、活気に満ちていた。人間だけでなく、獣人やリザードマンといった異種族の姿も多くみられる。

 昨日、気になって少しネットで調べてみたのだが、このエフタル女王国の人口はおおよそ5億人。そのうちの半数が人間で、3割が獣人。残りがドワーフやホビットといった他種族という割合らしい。

 国の方針で他種族への差別や迫害は厳しく禁止されているそうだ。あと、ファンタジーものに在りがちな奴隷なんかも厳禁らしい。なかなか良心的な国みたいで、元日本人のオレとしては好感が持てる。


 とはいえ、それはあくまでこの国に限ってのことであって、他国では普通に異種族に対する迫害や、奴隷制度なんかが存在しているところもあるんだそうだ。

 まあ、国が違えば法律や考え方なんかが違うってのは、前世の地球でも同じだったし、ましてや人間だけでなく様々な種族が住まうこの世界では猶更、国家間、種族間の意識の違いによる摩擦や問題が多いことはオレにも理解できる。そういう意味では、この国はよくやっていると思う。


 まあ、その辺りの難しい話しはいいか。とりま、いま考えなきゃいけないことはエスタールにおける今後の行動方針だ。


 辺りを見回してみると、やっぱり冒険者の姿が多く見受けられる。やっぱりラティナが言ってた通り、遺跡目当てなんだろうな。それにこの辺りは未開の辺境だけあって魔物も多そうだし。当然、それに関する依頼も多くあるはずだ。


 そして、そんな依頼を効率よく見つけられる秘密道具をオレは手に入れた。

 人気の少ない公園の隅のベンチに腰を下ろしたオレは、ズボンのポケットからそれを取り出した。


「ピコピコピコーン! マナ・リンクー!!」


 ポケットから取り出した、手の平サイズの薄い長方形型の小型端末を高々と掲げる。


「………………わふ?」


 なにやってんの? とでも言いたげに首を傾げるモコの視線が痛い。

 いやまあ、一遍やってみたかっただけだし……


 昨日、アリエルたちと別れる際、ラティナに言われたのだ。


「しばらくはこの街に滞在するのだろう? なにかあった時の連絡の為に、マナ・リンクの番号を教えてもらえないか?」


 マナ・リンク。

 聞いたことのない単語に、オレは思わず「マナ・リンクってなんですか?」と、素で聞き返してしまった。そしたらラティナだけでなく、その場にいた全員、ポカンとした顔で驚いていた。


 マナ・リンクというのは、この世界におけるもっとも一般的な通信機器のことで、離れた場所にいる他人と通信が出来るだけでなく、ネット――ちなみにこの世界ではインターネットではなく「マナ・ネット」というそうだ――にアクセスしたり、動画やテレビを見ることも出来る上、動画や写真の撮影、異言語の翻訳等の様々なもついている、異世界版のスマートフォンみたいなものだ。

 もちろん、最初は基本的な機能しか使えないが、スマホのアプリなんかと同じでマナ・ネットを通して新たな機能を無料ないし有料でダウンロードできる。


 なお、この世界では「アプリ」ではなく「ギフト」というらしい。


 驚いたのが、ダウンロードできるギフトの中には魔法を付与出来るものまで存在するということだ。


 中でも一番有名な機能が「アイテムボックス」。

 一定サイズの物体を、マナ・リンクを介して空間魔法で造り出した亜空間に収納するというギフトだという。

 素直にすげーな、って思ったよ。まんま四〇元ポケットだし。

<無限収納(インベントリ)>があるオレにとっては縁のない機能だが、一般人にとっては便利なことこの上ない道具だろう。

 普及率は国や地域によって差異があるものの、エフタル女王国ではほぼ、1人1つは持っていると言っても良いらしい。


 そう考えると、ラティナたちの驚き様も納得だ。つまりオレは、現代日本でいえば「スマホってなんですか?」って真顔で聞き返したようなもんだ。


 うおおおおおっ、思い出したら急に恥ずかしくなってきた! 穴があったら入りたい!!


 しばらく恥ずかしさから心中で悶絶した後、気を取り直してマナ・リンクを起動させる。すると、ヴンという起動音と共に、端末の少し上の空間に立体画面が現れた。


 このマナ・リンクはスマホと違い、SFアニメみたいな立体画面を用いて操作を行う。なのでスマホのように液晶画面は必要ない為、オレがいま持っている長方形型の他にも、腕輪型、指輪型、イヤホン型等、様々な形状の機種が存在している。オレが長方形型を選んだ理由は単純に、前世で使い慣れていたスマホと形が似ていたからだ。


 値段は機種によってピンキリで、便利な機能を搭載している物ほど値が張る。安い物はだいたい3~4万くらいだが、高いものとなると50万を超えるものまであった。


 そしてこのマナ・リンク、何気に冒険者にとって必須アイテムであるらしい。理由は先に述べたアイテムボックス機能を始め、マッピングや探知等、冒険者活動に役立つ機能がてんこ盛りであるから。無論、それらの機能を入手するには結構な金額が掛かる訳だが。なのである程度高ランクの冒険者は、多少無理をしても高額のマナ・リンクを入手して便利機能を入手しておくのだとか。


 ラティナからそれらの説明を受けたオレは、散々考えた末、売られている機種の中で一番高額なものを買うことにした。


 理由は先の薬草採取とアリエルの護衛依頼の報酬で懐に余裕があったことと、これからの冒険者活動に欠かせない道具であると思ったからだ。


 いくらチート級の強さだからと言って、それで勝手の判らない異世界を渡っていけると考えるほど馬鹿にはなれない。現に今回のマナ・リンクの件で、オレにはこの世界における常識が著しく欠如していることを思い知らされたばかりだ。こればかりはチートではどうにもならない。きっと冒険者活動でも同じようなことがあるだろう。冒険者活動はオレの生命線。

 しかもオレがしくじれば、そのシワ寄せはモコにまで及ぶことになる。モコを飼うと決めた以上、オレはその命に全責任を負う義務がある。冒険者活動はその礎。絶対に疎かには出来ない。用心しすぎることに越したことはない。なのでこれは先行投資だ。

 

 シン道大原則ひとつ――金で買える安全、安心には糸目を付けるな!


 という訳で、オレは大金を叩いて購入したマナ・リンク――『シング078型』という機種――を早速使ってみることにした。

 なにに使うかって? 決まってんだろ?


「はいモコー、こっち向いてー」

「わふ?」


 可愛らしく首をかしげているモコに立体画面を向けて――パシャリ! 


 モコの写真を手に入れた!


 やっぱ愛犬家として飼い犬の写真を撮るのは義務だと思うんだよ。前世でもオレのスマホのライブラリは9割がモコの写真で、残り一割が風景写真。人間の写真は一枚たりとも存在しないという有様だったからな。


 ……あれ? おかしいな。目から汗が出て来たぞ?


「はっ!!」


 夢中で10枚くらいモコの写真を撮った後、オレはようやく我に返った。


 なにやってんだオレは!? こんなことやってる場合じゃないだろ!! わざわざ馬鹿高いマナ・リンクを買ったのはモコの写真を撮る為……でもあるけど、主に冒険者活動に役立てる為だろ!


 情けなくも我を忘れていた自分を内心で叱咤しつつ、オレは端末を操作して冒険者ギルドのサイトを開いた。

 基本的に冒険者の依頼はギルドに直接行かなければ受けることは出来ないが、依頼の内容を確認するだけならネットでも可能だ。

 エスタール支部のサイトにアクセスし、現在受注可能な依頼を表示する。おお、やっぱり領都だけあってエンディムよりも断然多い。意外なことに魔物の討伐依頼はそれほど無い。一番多いのは遺跡調査に向かう探索チームの護衛。また未開拓地域に調査に向かう冒険者の一団が、同じ冒険者に協力を要請するっていう内容もある。

 冒険者が冒険者を雇うって、面白いな。


 他にもエンディムにもあった薬草の採取や、例の契約結婚。安定の人体実験依頼。あとエスタール市とフィジー市の合間に出没する盗賊団の討伐……あれ? これってもしかしなくても、ここへ来る前にオレたちが始末した奴らのことじゃないか? 依頼を受けずに討伐しちゃったけど、この場合はどうなるんだろう? ……まあ、いいか。


 ざっと見た感じ、7級冒険者(オレ)でも受注可能な依頼だけでも100件近くある。もちろん、その中の何件かは【受注済み】の表示がされているものもあるし、契約結婚とか他の冒険者と合同みたいな感じで、オレ自身の個人的な事情で受けられないものも多い。それらを除外し、オレ個人でも受けられる依頼をピックアップしていくと、受注可能なものはそれほど残らない。


 ここは手堅くまた薬草採取にするべきだろうか? そんなことを考えながら画面をスクロールしていくと……


「なんだこれ?」


 ある依頼内容を見て、オレは思わず声を出してしまった。



 暴走した魔導兵器の討伐。



 ………………なにこれ?

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