第一章 海洋研究所 7 懐かしい血まみれ事件
ヴァシリス様と、私的な場所で、朝食をいただくのは、何年振りだろう。
この離宮は私宮とは言え、王子である事にかわりはない。側近からシェフ、警護官も、信頼のおけるものだけを、王宮から連れてきているはずだ。
初めての場所なのに、王宮のヴァシリス様のところのように懐かしく感じる。
王立アカデミーに入学したのが13歳。
アカデミーでは学年が違ったから、ほとんどすれ違いだったし、すれ違うことがあっても、幼い頃のように、好き勝手に話すことはなかった。
7年ぶり?いや違う。
ヴァシリス様は、私より3年早くアカデミーに入学されたから、10年は離れていたのだ。
幼い時ではあったけれど、ずっと一緒にいた人だった。
運ばれてきたのは、私の大好きなものばかりだった。果汁は、桃ジュースだった。
これ大好き!
「好みは変わってないようだな」私の表情をみたのか、やっぱり笑顔だ。
「覚えていてくださったのですね。」
サラダやスープ、体がホッとするような、好みのメニューばかりだった。
「忘れるわけがないだろう。幼い其方と、食べ物の取り合いをして、どれだけオランにキツく叱責されたと思っているのだ」
食事は、同じものが出ていたのだけれど、私があれが欲しいこれが欲しいと、ヴァシリス様のお皿にちょっかいを出して、
小競り合いになり、小さな女の子の特権で、最後は、年上の王子が、叱責されるわけである。
いつだったろうか?
ヴァシリス様の大好きな「チョコムース・ラズベリーソース・バナナクリーム添」を喧嘩に勝利し、私が取り上げて、クリームを口の周りにくっつけて食べている横で、
オランに叱られ、ぎゅっと口を結び、手を握り締めて、涙目になっていたヴァシリス様を思い出した。
あの時は、更に私が、ヴァシリス様にちょっかいを出して、最後は、取っ組み合いの喧嘩になり、
側近が3人がかりで引き離した時に、全員ラズベリーソースで、血まみれみたいになっていた。
「今、思い出すに、全て私のわがままでした。
特にラズベリーソース事件は、、ごめんなさい。」
さすがに今日は、謝った。
「ほう、覚えていたのか?」何故か嬉しそうだ。
「忘れるわけがありませんわ、王様にまで、、」
「わかったなら、良い。私は其方のせいで、随分と濡れ衣をきせられたのだからな。
女嫌いになったのは、其方のせいだ」
オランが笑いながら、
「あのラズベリーソースの血まみれ事件は、
たまたま王様とお妃様がお2人の様子を見にこられた時で、驚かれて、医師が3人呼ばれましたからね。」
ヴァシリス様と私は、服や顔にラズベリーソースがついていただけではなくて、
頭からラズベリーソースを滴らせていたから、
大出血と誤解されたのだ。
でも、何で私はヴァシリス様に掴みかかって、ラズベリーソースをぶちまけたのだろう?
きっかけがあったはず?
首を傾げる私をみて、
「もうよいではないか、幼き日の楽しい思い出にすれば良い」と含みのある顔で笑ってる。
最後のデザートは、ななんと、大好きな「さくらんぼ」だった。
「更に元気になったようだ」とヴァシリス様が珍しくニコニコだ。
「はい、堪能しました。好きなものばかり、用意して下さったのですね。ありがとうございます。」
「礼はオランにいえ」
オランがクスクス笑っている。
そうだ、ヴァシリス様に相談があった事を思い出した。
「アリエッタ、、ヒー」
「ヴァシリス様、ヒーリ」
2人同時にかぶさった。
たぶん、亀獣のヒーリングのことだ。
今日は、息が合ってる、懐かしいな。
「書斎で話そう。」とヴァシリス様が立ち上がって、手を差し出した。
おお!王子様のエスコート。
さすがに研究所では出なかったが、
離宮では、完全装備の王子様だ。
これなら、カジキマグロは取り消しでもいい。
逆らう必要もなく、
エスコートって何年ぶりだろうかと思いながら、素直に手を重ねた。
お読みいただきありがとうございます。
2人の距離が近づいています。