第一章 海洋研究所 8 離れてしまった10年
「オラン、書斎にお茶の用意と、さくらんぼをもう少し頼む」
さくらんぼと聞いて、気分アップ。
「坊っちゃま、ご用意いたします。」
久しぶりの懐かしいエスコートだと思っていたのに、エスコートされながら、書斎に向かっているうちに、あれ?と感じた。
幼い頃から、ヴァシリス様のエスコートは当たり前だったけれど、何かが違う?
当時は、幼稚園児のお手手繋いで状態。
ちょっと成長しても、小学生のフォークダンスレベル。
だけど、10年ぶりのエスコートは、ちょっと恥ずかしいというか、怯んでしまう。
ヴァシリス様の横に並ぶと、身長差が結構ある。
見上げないと、顔が見えないし、
手が、そう、手ががっしりしていて、大きい。
私の手なんて、すっぽりと包まれてしまう。
男の人感が、半端ない。本当のエスコートって言うか、、
今まで気にした事なんて無かったのに、
顔を見上げると、顔立ちは元から見目麗しい王子様然なので、基本は変わらないけれど、
精悍で凛々しくなってる。
何で私、狼狽えてるの?
心臓が、ドクン、とする。
離宮の書斎に入った私は、目を見張った。
「すごい、海が、きれい。」
部屋の2面が海に面していて、ガラス張りだった。
砂浜と海しか見えない。どこまでもコバルトブルーの海が広がっている。
ヴァシリス様の瞳と同じ色の海。
引き込まれそうな海。
「美しいだろう。君に見せたかった。
夕暮れになると、其方の瞳の色になるのだ。
引き込まれそうな、透明度の高い深い緑に変わる」
幼い頃の私は、ずっと海で暮らしたいと、海から王宮に戻る時、帰りたくないと、波打ち際に足を入れたまま駄々をこねていた。
波の音が聞こえないと、眠れない、と夜中に王宮を抜け出そうとして、夜は鍵付きの部屋に閉じ込められたこともあった。
私は海がないとダメだった。
「ヴァシリス様も、海がお好きですものね。
研究所が海の前なので、それだけでも幸せを感じていたのですが、この離宮は、、海に帰ったような懐かしさを感じます。」
窓を開けると、潮騒の音が聞こえる。
「住みたければ住めばよい。
巫女の離宮にしても良いと思ってな」
私は、思わずヴァシリス様を見上げた。
今日は何かやっぱり、いつもと違う。
ちょっと憂いがあるような雰囲気だし。
「今日はどうなさったのですか?
研究所に入ってから、あんなに意地悪ばかり連発されてましたのに」
「会えぬ間の10年で、君が全て忘れたかと思った。首席は、私がアカデミーに入る時に、互いに約束したものだが、それも忘れてしまったかと。まあよい、ラズベリーソース事件を覚えていてくれた。」
とても穏やかな表情で、コバルトブルーの瞳で、
強く優しく私は見つめられていた。
そうだ。この瞳。
ヴァシリス様の瞳には、きっと私の深いグリーンの私の瞳が映っているのだろう。
なんだか涙が出てきた。
「ヴァシリス様がアカデミーに入学された時、私は10歳でした。ヴァシリス様が入学された後、
王宮の奥深い神殿で、アカデミーに入学するまでの3年間、外に出る事なく、
お母様から巫女教育を受けておりました。
誰の巫女になるのかわからないままに、
来る日も来る日も、オラクルを受け取るために。
もうお会いできないと思っていました。」
そして10年が過ぎ、アカデミーの卒業前に、
王様から、直々に呼ばれた。
「海洋研究所で、ヴァシリス様と共にヒーリングをするようにと。その時に、初めて、私が、
ヴァシリス様の巫女だと知らされたのです。」
「ずっと離れないと、約束したではないか。」
「だって、、、10歳の約束ですよ。ヴァシリス様は、希望に輝いたお顔でアカデミーに入学されて、残された私は、神殿にほぼ幽閉でした。」
なんだか涙が溢れて止まらない。
今日は朝から感情がおかしい。
「アリエッタ、私が約束を違えたことはないだろう。あれは、其方を守るためであったのだ、
シャチ事件を覚えているか?」
私はウルウルしながら、こくりと頷いた。
「あの時、狙われたのは其方だった。理由は私から其方を奪うためだった。
其方が次代巫女ということを知る者はごく僅か、
漏れることは絶対にない。
だが、特級ヒーラーというだけでも、命を狙われたのだ。
私がそばにいれば、其方と私が共に居れば、シャチ事件の時のように、何とかなるのだが、
別々にいる時は、力が半減してしまう。
アカデミーでは学年も違う。側に置けない。
其方が、アカデミーに入るまでに、巫女教育をして、其方の力を格上げするのが、必須だったのだ。」
「ヴァシリス様は、色々と知ってらしたのですか?」
「父上と相談して決めた事だからな。其方の父上と母上は、それに従ってくれた。」
私だけが事情を知らなかった。知らないまま、目の前の課題だけに集中するしかなかった。
この10年を思い、唇を噛んだ。
「知らせてはならなかった。巫女教育のために」
更に涙が溢れた。
ヴァシリス様が、そっと手を取り、私の顔を覗きこんだ。
「辛い思いをさせてしまった。
だが私も辛くないわけではなかった。
この日のために、すべき事が山積みであった。」
今日のヴァシリス様、やっぱり、いつもと違う。
お読みいただきありがとうございます。
2人が、どんどん近づきます。




