第5章 追憶 穏やか&苦しい日々
アリエッタが目覚めてから、王宮も僕達も、シーシェル国そのものが、穏やかな日々を過ごしていた。
僕は、10歳でアカデミーに前倒し入学し、ダニエル率いる、僕も含めて《海神の騎士達5人》も、同級生で学んでいた。
父上が、計画したように、ラングドン兄上、パトリック兄上、僕の3人は、アカデミーで、学びながら、これからの人生の準備をしていた。
アカデミーには、兄上達の護衛騎士達も、同時期に学んでいたし、
騎士が多いせいか、父上や母上の時代のように、王子の婚約者が、狙われることはなかった。
国が安定していて、王子の王位継承権を巡る臣下たちの争いがなかったことも、良かったのだと、父上が教えてくれた。
アリエッタは、海洋研究所の海洋生物保護院で
母上やオランと、傷ついた海洋生物のヒーリングをしながら、巫女教育と妃教育を受けていた。
アカデミーは週に5日、2日は休み、そのうち1日は、騎士団で、海洋騎士団の鍛練に参加。休みは1日だけだったが、その1日は、アリエッタと、騎乗で出かけ海で過ごしたり、アリエッタに剣の稽古をつけたり、ゆっくりと過ごしていた。
父上は、ラングドン兄上の住まい、つまり王宮の中の東宮を4年で完成した。
パトリック兄上の住まいは、森林保護研究所の近くの山の中に、森林離宮の建設を急いでいた。
ラングドン兄上のアカデミーでの優秀さは、ハンパないもので、2年飛び級をし、18歳で、高度教育課程の領地経営学科を首席で終え、アカデミー始まって以来の最速で卒業した。国務に早くつくためでもあったから、ラングドン兄上の努力も大変なものだったと思う。
シーシェルでは18歳が成人になる。
兄上の婚約者、ウリエル家のセラフィーナ嬢も同じ年に成人したが、アカデミー高度教育課程が2年残っていたので、アカデミー在学中に婚姻式を済ませ、セラフィーナ嬢は王太子妃になった。
同時に、セラフィーナ王太子妃の父君、アラン・ウリエル公爵が、国務大臣となり、ラングドン兄上も、王太子として、国務に携わるようになった。
そして半年後に、なんと、セラフィーナ王太子妃が懐妊し、身重の身体で、アカデミーの勉強を頑張り、その一年後に第一王子を出産。
国は喜びに包まれた。
セラフィーナ王太子妃は、残り半年のアカデミーも、産後の身体で、努力を続けて、無事に領地経営学科を首席で卒業したのだ。
この国の女性の新しい生き方と、言われている。
王太子に第一王子が生まれた年に、パトリック兄上が18歳になった。婚約者のソニア嬢は年上の20歳。
兄上の18歳の誕生日に婚姻式をあげた。
パトリック兄上は、ソニア嬢と共に学ぶために、
2年前倒しで入学していたので、その数ヶ月後に、
2人揃って、高度教育課程を首席と次席で卒業。
森林保護研究所に入所し、パトリック兄上は、所長に就任、研究所を束ね、完成したばかりの森林離宮を新居として、新婚生活をスタートした。
兄上お2人の人生は、幸先の良いスタートで、皆が祝福した。
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パトリック兄上が卒業された時、
僕は15歳、アリエッタが12歳だった。
海洋離宮の建設が順調に進む中、僕たちに異変がおきた。
実は、その2年前、アリエッタが10歳になった時、ある日突然、アリエッタはミカエラード家の神殿から出られなくなった。本格的な巫女教育に入ったのかと思っていたけど、その時から、僕らは引き離されて、全く会えなくなった。
僕が神殿に行くのも、アリエッタが神殿から出るのも、出来なくなった。
誕生日を祝う事も、手紙を渡すこともできない。
アリエッタが神殿に監禁されて2年。まだ会わせてもらえなかった。
父上に聞いても、ご神託があり、そうなった、としか教えてもらえず、ダニエルやアーサーも、父君から全く教えてもらえず、神殿にも入れなくなったと話してくれた。
僕は、海に行っては、ポセイドン様に、アリエッタの事を聞いたけれど、クロノス様が決めた事で、ポセイドン様も教えてもらえず、シェル様の加護を届けても、遮断されてしまうと言われた。
だだ、アリエッタからもらったペンダントの貴石は、朝と夜に光った。
朝のおはようと、夜のお休み、の時に光っていたはず。互いの想いは、それでも繋がっていると信じるしかなかった。試練だった。
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《アリエッタ 10歳》
「お母様、どうして神殿から出られないのですか。」
「ご神託では、これから神殿だけで過ごす、と いうだけで、私も理由も何もわからないのよ。」
セレステお母様の話では、ある日突然、私は神殿から出られないと、ご神託があり、ミカエラード家側から開く私の部屋の扉からも、自分の家に帰れなくなった。
つまり神殿から一歩も出られなくなってしまった。
お母様やお掃除の侍女は入れるのに、私は出入りができない。
神殿の隠し通路も、全てが開かなくなった。
ヴァシリス様も通り抜けられないのも、わかった。
お手紙を書いても、封書が、扉の前で消えてしまう。逆もそうらしい。
私は気がついた。
「神殿が牢になったと。」
ただただ、ヴァシリス様からいただいた首飾りと、髪留めだけが、朝起きた時と、夜眠る前に光り、それだけが支えだった。
夢も見られなかった。
最初の半年は、お母様が毎日、神殿に来てくださった。途中から、一日おきにしか、お母様が神殿に入れなくなった。
頭が変になりそうだった。海を出してみても、魚が出てこなかった。
たくさん泣いてみたけれど、誰も助けてくれない。壁を叩いても開かない。
悲愛の聖母像をみると、ヴァシリス様にグリーンヒーリングをした事を思い出した。
でも、神殿の中で一人でいると、心が押しつぶされて、涙がでなくなった。
だんだん、静かにしているようになった。
11歳になった、神殿に閉じ込められた2年目は、お母様は神殿に入りたくても入れないとおっしゃる。月に一回くらい、お母様に会って、外の様子を聞いた。
それ以外は、
お食事が扉から入って、お部屋が掃除されたり、湯浴みのお湯が入っているのはわかるけれど、人と接する事がなくなった。
オラクルカードを毎日引いて、そのメッセージに従って、日々をすごした。《祈り》と言うカードばかりがでる。
祈り続けた。ヴァシリス様がお元気でいてくださるように、ヴァシリス様が、たくさんの命を救えるように。祈って祈って、祈り続けた。
お誕生日の日は、たくさんペンダントが光った。
ヴァシリス様への想いを抱きしめて眠った。
頭が、ぼうっとして、起きているのか寝ぼけているのか、わからなくなった。
ヴァシリス様の名前だけを、呼び続けていた。
12歳の3年目は、幻が見えた。
時々、クロノス様の声がして、何が見えたかを、お話した。クロノス様に、何故、神殿から出られないか聞いたら、私を守るためだと。そしてヴァシリス様を守るためだと、言われた。
幻を見て祈り、また幻を見て祈り、眠り、
だんだん何を守るために祈っているのか、わからなくなった。そして、一番大切な人は、胸の奥にそっとしまわれた。
ただ、だだ、神殿の白い壁に移る幻の景色を見て、オラクルカードを引いて、クロノス様と話して、世界が幸せになるように祈って毎日を過ごした。
何故か、毎朝、毎夜、ペンダントのコバルトブルーの貴石が光る。何故、光るかわからないけれど、きっと大切な事なんだ。
13歳になった時、久しぶりに夢をみた。
私が巫女として、命を捧げてお仕えするヴァシリス様と、自然に魂が繋がった。
夢の中で、タンカーの座礁がある事を伝えた。
そのまま、ヴァシリス様と、タンカーから流れ出たオイルと、座礁して崩れてしまった珊瑚礁を、ヒーリングエネルギーで、修復した。
ヴァシリス様は、私のペンダントの貴石の色と同じ瞳の色で、なぜか、懐かしく感じた。
その数日後、神殿にお母様がいらした。
「アリエッタ、やっと会えたわ。大丈夫?」
「お母様、大丈夫です。」
「明日から、アカデミー入学です。さっ準備しましょう。」
「わかりました。」
ずっと神殿から、出たかったはずなのに、あまり嬉しくない。何故だろう。でも、アカデミーには行かないとダメだ、と、誰が言ったの?
アカデミーに入ってからは、ずっと、ダニエルお兄様が警護についてくださる。
お友達は、ハニエル・ガブリエルと、仲良しになった。ハニエルは、ダニエルお兄様の騎士仲間の、アーサー様の妹で、私とは同い年だった。
ハニエルと一緒にいるとダニエルお兄様とアーサー様が、警護してくださる。
アカデミーの勉強は、前もってしていたので、難しくなかった。
誰に教えてもらったのかしら?
毎日、何かが、胸の奥につかえて、何かを忘れているような気がしているのだけど、思い出せない。
ただ、切ない気持ちがする。時々、心がぎゅっとして、痛くなってしまう。
神殿で世界の平和を祈り、アカデミーで勉強して、淡々と毎日が過ぎていく。
14歳になった。
誕生日には、海の夕日の夢を見た。綺麗すぎて、夢には思えなかった。誰かと一緒に見たい気がするけど、思い出せない。
アカデミーの勉強は順調。
夜になると、夢を見る。怖い夢は、ヴァシリス様に繋がって、お伝えする。夢の中で、ヒーリングエネルギーを出して、海の壊れたところを修復していく。
修復が終わると、ヴァシリス様が、ありがとう、と言ってくださる。
ヴァシリス様のコバルトブルーの瞳は、海のように引き込まれそう。
懐かしい海。
夢を見ない日もある。夢が無い日は寂しくなる。
15歳になった。
誕生日の日は、ペンダントがほぼ一日中、光っていた。
その日は、夕日が海に沈んでいく夢を見た。
恥ずかしいけれど、誰かが私を、そっと抱きしめてくれている夢だった。私は、破廉恥になったのかしら。でも、素敵な夢だった。
何故かアカデミーでは、私は首席だ。
首席にならなくてはならない、と誰かと約束したのだけれど、誰だったかしら?
お母様やお父様に聞いても、知らないと言われたけれど、首席は誉めて下さった。
また怖い夢を見た。冬になるはずの海の氷が溶けて、生き物がたくさん死んでいく。すぐにヴァシリス様と魂が繋がって、お伝えすると、夢の中で、私の手をとって、ヒーリングに向かう。
ヴァシリス様が、海で剣を抜くと、トライデントになる。私は、剣の鞘を持つ役目だけど、鞘が盾になる。それを持つと、とてつもないグリーンヒーリングエネルギーが溢れる。
南の氷の国の溶けかけた氷山を全て、ヴァシリス様と一緒に、深く高く、凍らせた。
私の手をとって、「アリエッタ、ありがとう」と、言って、トライデントをひとふりされると
私は、夢から目覚める。
ヴァシリス様は、素敵な方だ。
この国の王子様で、アカデミーの高度課程にいらっしゃるらしい。
たまに、アカデミーの全体ミーティングで、見かけるけれど、いつも、ご令嬢達が、うっとりと眺めているのを、私は遠くから見ていた。ヴァシリス様の近く、つまり会話できる距離、に、女性がいた事は無かった。
《私は、夢の中だけで、ご神託をお伝えするだけが、巫女の役目》
時々、胸が苦しくて涙が出てきた。
訳はわからない、ただただ、寂しくて。
そんな時は、ペンダントのコバルトブルーが光る。
15歳になって、アカデミーが休みの日は、アレックスに乗って、海を見に行った。
私は、いつから馬に乗れるようになったのかしら?
アレックスに乗って走ると、誰かが後ろに同乗していて、私を守ってくれている気がした。
アレックスって、誰が名をつけたのかしら。
私は、何故か、知らない事だらけ。
誰かに話しかけたいのだけど、その誰かがわからない。
アカデミーでも、私はハニエル以外とは、話してはならなかった。だから、ダニエルお兄様が警護についてくださるのだ。
ダニエルお兄様ではなく、アーサー様でもない。
ある日、また夢を見た。クジラに乗って、海の中を泳いでいる夢だった。近くに、シャチがいて、誰かが乗っているけど、顔が見えない。
16歳の誕生日の前日。
何故か、明日の誕生日には、とても大切な約束があったはずなのに思い出せない。アカデミーで一日中、上の空で考えてみたけれど、やっぱり、思い出せない。
そうだ、ヴァシリス様が、あと数日で、海洋生物研究学科の高度課程を卒業されると、ご令嬢たちが騒いでいた。首席だと、ファンクラブのみんなが騒いでいる。
王子様は、頭が良い方ばかりだわ。だって、王太子様も第二王子様も、首席で卒業なさったのだから、当たり前だと思うけれど。
明日はアカデミーがお休みなので
ミカエラード家に戻って、神殿でお祈りをしていたら、お母様に呼ばれた。
部屋に戻ったら、
王宮のアンジェラ王妃様から、誕生日の贈り物が届いている。
包みをあけると、コバルトブルーのドレスとコバルトブルーの寝着が入っていた。
ドレスは、薄い生地が何重にも重ねてあり、一番上の生地には、たくさんの真珠が散りばめられ、ふんわりしたお袖にも、真珠が散りばめられていた。シンプルなのにゴージャス、なのに妖精みたいな優しさが香ってくるような素敵なドレスだった。
寝着も、胸の周りと裾に、細やかな柄のレースがついている。舞踏会でも着れそうなくらい、仕立ての良い寝着だった。
下着も同じコバルトブルーのズロースで、裾にレースがついていた。
神殿では、巫女装束だし、アカデミーは、地味な制服だし、こんなドレス、着こなせるのかと。
寝着は、良い夢が見られるような気がした。
王妃さまからお手紙がついていた。
《親愛なる巫女へ
王妃命を伝えます。
明日の16歳の誕生日は、あなたにとって大切な日となるでしょう。巫女として、あなたが仕える第三王子のヴァシリスと共に、一日を過ごすように。》
えっ?ヴァシリス王子さまと、直接、お会いするの?ちょっと、いや、かなり怯んでいる。
でも、ドレスは、あまりにも美しくて嬉しくて、アンジェラ王妃様に、命をお受けする事と、ドレスのお礼を、お手紙を書いて、すぐに侍女に渡した。
お母様に王妃命を受けた事をお伝えすると、ご存じだった。
巫女として、お会いするのだから、失礼のないように、ヴァシリス様に従いなさい、とだけ言われた。
お誕生日は、アカデミーがお休みの日だった。
明日の事を考えると、ドキドキしだけれど、いつの間にか、眠ってしまった。
そして、今日は16歳のバースデー。
お母様に叩き起こされて、湯浴みから始まった。
王子達が成長していきますが、アリエッタは辛い日々が続きます。
読んでいただき、ありがとうございます。




