終幕
「馬鹿め。モロに俺の魔法を喰らうなんて。とんだ死にたがり。虚仮威しもいいところだぜ」
「困るな、ルーク君。他人の話は最後まで聞いてくれないと」
「なっ!?」
ルークは目をひん剥いて俺を見る。
それもそうだろう。あれだけの魔法が直撃したのに、俺は最初の構えから微動だにしていないのだから。
「どうなっていやがる!」
「痛いのが気持ちいい。どんな痛みも快感に変換する魔法。君の攻撃は無意味だ、ルークきゅんっ」
「な、なんだよ、それ……」
ルークの俺を見る目が変わった。侮蔑から、得体の知れないものに直面した恐怖へと。
「これで終わり? なら、次はこっちから行かせてもらうよ」
「くそ! ふざけるな!」
ルークは我に帰ると、「ファイアアロー」と叫んだ。上空に太陽の如く魔法陣が現れ、そのから無数の火の矢が飛来する。これもまた、レベルの高い魔法だ。
「まったく、学ばないね」
俺はさらに上体をひねり、降り注ぐ矢に角度を合わせる。自ら当たる面積を増やしたのだ。
灼熱の雨が、容赦なく俺の全身に打ち付けた。その度に襲ってくるはずの激痛が、刹那の停滞もなく至極の悦びへと変換されていく。まさにドMを象徴するような魔法だ。
「ああ、気持ちいい!」
「嘘だろ? 本当に効いてないのか…… ?」
「何も学ばない君には失望したよ。もういい、終わりにしよう」
その前に、俺は一度体内時計を確認した。
「最後に罵倒を受けてから二分か……」
少し遊び過ぎてしまった。これでは、いつドMの効果が切れるかわからない。
俺は姿勢を変えず、首だけを一人の女性に向けた。
「ジェニファーちゃん」
「な、なに?」
まさかこの場面で話を振られると思ってなかったのだろう。ジェニファーの表情は固い。
「実は初めて会った時から君が好きだった。特にその身体のライン。毎日、君の美しいシルエットを頭に思い描いていた。この戦いが終わったら、俺と結婚して欲しい」
「は? こいつまじでどんな思考回路してんの? お願いだから、その口二度と開かないで」
その罵倒は、俺の耳に届くなり甘美な旋律へと変換された。
これだ! 俺はこのために、二人と再会する気になったのだ!
「ああっ! 良い! すごく良い! その一見単純なはずの言葉の羅列に伏在する黄金比、そして、名だたる音楽家をもうならせる絶妙なアクセントの付け方! 俺が思っていた通り、君の罵倒は世界一だよ!」
俺はあまりの快感に、身体をくねらせる。
俺の特性は罵倒の質が高いほど、ステータスが上がるのだ。そして、ジェニファーちゃんの罵倒は常人のそれを遥かに超越した、至極の一品である。
「受けるがいい。みんなが俺に託してくれた気持ちを!」
「誰も何も託してないわよ! この自惚れ頭!」
シェリーちゃんの横槍が、さらに俺を強くする。
「被虐趣味者の暴発」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」
ピンクのセクシーな奔流が、ルークを襲う。
「あれ、どこも痛くない……」
ルークは目をパチパチさせ、それから自分の全身をくまなく見回した。
「なんだよ、どうもなってねえじゃねえか! びっくりさせやがって! 結局見た目だけで、中身は雑魚のまんまってわけか!」
ルークは腹を抱えて笑う。
「それはどうかな?」
「何が、"それはどうかな"だ! 調子になった罰だ! ここで消えろ! スーパーファイナルファイーー」
手をかざしたルークは、魔法を中断する。そして、そのまま動きを止めてしまった。
「ぐっ…… 身体が…… なんだ、この感じ……」
「どうしたの、ルーク? 早くとどめを刺してよ!」
ジェニファーが叫ぶ。
「いや、そうしたいんだが身体が…… どうなってるんだ!」
「ふっ。ルークきゅぅぅぅん、まだわからないのかな?」
「どういうことだ! 俺に何をした!」
「慌てない慌てない。すぐに教えてあげるから」
そう言うと、俺は初めて構えを解いた。この行為が意味するのは、すなわち俺の勝利。
身動き一つしないルークに、俺はゆっくりと詰め寄る。右手にムチを持って。
「ハァハァ…… 何をする気だ!」
「これで君を叩くんだよ」
「こんな風にね」と俺は近くにあった、木の幹を一発叩いてやった。小気味良い音が返ってくる。
再びルークの方を向くと、彼は顔を赤らめ、既に息を荒くしていた。その瞳の中には、強い欲求が渦巻いている。効き目は十分だ。
「や、やめろ! そんなことをしたって、俺はーー」
「ほらっ!」
有無を言わさず、俺はルークの尻を軽く叩いてみる。
「あぅん!」
ルークは身体をよじらせ、未だかつて聞いたことない声で鳴く。
「いい声で鳴くじゃないか。これが欲しかったんだろ? ほら、もう一発」
「いひぃん!」
ムチの乾いた音の後に、ルークのだらしない悲鳴がこだまする。
こういうのは俺の趣味じゃないが、たまには酔狂なこともするのが人間だ。
「な、何が起こってるの……」
尋常でない出来事に、ジェニファーはすっかり困惑してしまっている。
「ほら、ジェニファー。君の大事なルークがこんな辱めを受けて、大喜びしているぞっ!」
「ち、違う! 俺はそんなーー うわおっ!!!」
調教を始めて数分。
ルークは地に伏し、身体をビクビクと痙攣させていた。
「楽しんでもらえたかな?」
「おっ、おれは…… ハァハァハァハァ」
「まともに喋れないほど気持ち良かったか。すっかりドMの仲間入りだ」
俺はそれだけ告げると、遠くの夕日に視線を転じた。
「これがあの日、俺が受けた恥辱だ。それをわかってもらえたかな?」
「いや、ご褒美もらってただけじゃん……」
シェリーちゃんのジト目がこちらを向く。
「ご名答! さすがはシェリーちゅぁん」
「二度と私の名前呼ばないで」
「ルークくん。これは俺からのささやかな恩返しと思ってくれていい。君が追放を決意してくれなくては、今の僕は存在していなかった。ああ、お礼はいらないよ。人として当然のことをしたまでだ」
ルークは奇妙な喘ぎで答える。
いまだに快感の波にもまれているらしい。これはしばらく起き上がれないな。
憎き相手にこんな奉仕してやるなんて、俺は最高の人間だ。俺は彼に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。
「さあ、帰ろう。可愛いガールたち」
「今日の気持ち悪さは、今まででダントツね。私なら恥ずかしくて死んでた。本当、よくできるわよね」
「きもかった。あなたの心理状態が理解できない。なぜ、そんなことを平気でできるの? もしかして、おかしいのは私の方?」
「できればボコボコにされて欲しかったです。怪我の一つくらいしろです。回復ならいくらでもしてやるですから」
みんなからの労いの言葉が気持ちいい。
「まったく、俺は幸せ者だ」