十三話『出撃!』
「シグさま〜!!」
そう嬉しそうに声を上げながら、白銀の綺麗な長髪を靡かせ褐色の肌をした幼女が全力疾走で向かって来たかと思うと、勢いそのままに飛んだ。
それを避けても良かったのだけど、隣を歩いていたアクアの視線が怖いので、覚悟を決めて抱きとめる。が、考えてみてほしい。いくら子供とは言え、一人の人間が走った勢いのままに飛びついてくるのだ。
屈強な騎士であれば余裕を持って迎えられただろうけど、残念ながら今の私はひ弱な少年の姿なのである。という事は、どうなったかはお分かり頂けると思うが、そのまま押し倒される事となった。
余談ではあるが、抱きとめた際に身体から嫌な音が聞こえたり、押し倒された際、床に頭を盛大に打ち付けたのだが、一応は聖騎士としての矜持がある。
痛みを顔に出すという愚はどうにか抑え込み、一言言ってやろうと口を開きかけた時、幼女が高揚した様子で先に言葉を発する。
「シグさま! お会いしとうございました!
この日が来るのを一日千秋の想いで、どれだけ待った事か!」
「いや、昨日も同じやり取りをしたじゃないか」
蒼玉の様に綺麗な瞳が弧を描き、頬ずりしながら全力で喜びを伝えてくる幼女を引き剥がし、ここ最近ではお馴染みとなってしまったやり取りをしながら、逃避する様にどうしてこう なったのかと、思いを馳せるのだった……
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私の屋敷兼会議場に場所を移し、木製の長机を挟む様に私とアクアが座り、私の背後を挟む形でヤーデルとナルアが立つ。
「すみません。遅くなりました」
そこへ、魔術教練に参加していたフィーが遅れて入って来て、私の隣の席に座る。
「いや、大丈夫だよ。ボク達も今着いたばかりだから。
それじゃアクア。早速で悪いけど色々教えてくれるかな?」
フィーを一瞥するが、私の言葉に促されてアクアが軽く頷き説明を始めてくれる。
「行方不明になったのはセラフィシス・レイ・ルクレツィア様。我が部族の姫だ。
とはいえ、まだ年若く幼い事もあり部族の暮らしが窮屈に感じておられるのか、度々抜け出しては長老達の頭を悩ませていたのだが、それでも姫としての責任は持ち合わせている。
里を抜け出したとしても、日を跨ぐ様な事は今まで一度もなかった」
そう言ってアクアは、心配そうな様子でうつむく。
けど、そうか。想定よりも大事ではあるが、うまく解決できればエルフの後ろ盾が得られそうだ。
などと、頭の中で算盤を弾いているとフィーが疑問の声をあげる。
「アクアさん。でしたね?
仮にも部族の姫なのでしたら、それ相応の身を護る手段というのがあったと思うのですが?」
「もちろんだ。姫様自身が弓の名手であり、その保険に『制約の指環』をはめられている」
ん? 制約の指環……? いやいや、まさかね?
「ちなみに、指環の効果は?」
「そちらを信用していない訳ではないのだが、掟で話す事ができないんだ。すまない」
「いや、ボクも軽率だった。
ひとまず、その指環は切札の様な物だと考えていいのかな?」
「戦闘を補助する様な効果ではないが、ある意味では切札となりうるだろう。
効果についてはこれ以上聞いてくれるな。これだけでも頭の堅い長老達に知られたら叱責を受けるんだ」
アクアはそう言って困った様に笑う。
指環に関してこれ以上の詮索は関係を損ねるだけで何も益はない。
しかし、貴人の身を護る為の物で戦闘の補助ではない。か……
となると候補を幾つか絞り込めるが、有力なのは姿を変化させるといった所か? それが幻影の様な物なのか、実体を持った物なのかはわからないが、いずれにしろ貴人の身を護るという点であれば意味のある効果だろう。
アクアには悪いが全面的に信用していないのはこちらも同じなので、万が一の事を考えて思考を巡らせていると、部屋の扉が乱暴に開かれて犬人が駆け込んできた。
「アニキー!!」
「今大事な話の最中だぞ!!」
「すいやせん! けど一大事なんでさぁ!」
飛び込んで来た犬人の様子に緊急性を感じた私はアクアに目配せする。
すると、彼女は分かっているという様に頷きを返してくれた。その事に目礼し、犬人に話すよう促しす。
「食料調達に出てたんすが、ニンゲン達がいたんでさ!」
「それのどこが一大事だってんだ!」
「アニキ、最後まで聞いてください。
で、そのニンゲン達が商人みたいに荷車を引いてたんすが、それがどうも普通の荷車じゃないみたいなんす」
「と言うと?」
犬人の言葉に何か引っかかりを感じたのか、アクアの目に剣呑な光が灯り感情を感じさせない様子で問いかけた。その様子に犬人は戸惑いを隠せずナルアに目を向ける。それに対しナルアは許可を出す様に頷きを返した。
「普通の荷車じゃなく『奴隷商』が使う様な荷車だったんでさ。
で、どうも仕入れをした帰りみたいで『高く売れる』だの、『珍しいから見世物に』だのと言ってるのを聞いて、慌てて報告に戻ってきた次第でさ」
報告を終えた犬人は、肩の荷が下りた様子で小さく息を吐いた。
私としては、この事態は見過ごす訳にはいかない。だが現状ではエルフの姫の事もあり、こちらを優先してというのも難しい。
さて、うまい解決策はないものか……
「シグ。嫌な予感がする。
杞憂であってほしいが、姫はその奴隷商に捕らえられているかもしれない。
違っていたとしても同胞を救うのだ。長老達も許してくれるだろう」
「ありがとうアクア。申し訳ないけど甘えさせてもらうよ」
望外の提案に思わず高揚して笑顔になっているのを自覚しているが、それに構わずアクアへ謝辞を告げる。すると一瞬だけ驚いた様に目を見開いたが、すぐに目を逸らされてしまった。
その反応に疑問を感じたが追求する時間はないので、ナルア達に指示を出すべく立ち上がる。
「ヤーデル。小鬼で出れるのは?」
「近接戦闘は未熟が目立ちますが、魔術戦でしたらフィー様の指導でそれなり。といった所ですな」
「ナルア。犬人の練度は?」
「こっちは逆に魔術戦がダメっすネ。けど近接戦闘なら任せてくだせぇ」
「二人共ありがとう。
ナルアは前方指揮を、ヤーデルは後方指揮をそれぞれ任せる」
「謹んでお受けしましょう」
「任されやした!!」
「フィーは小鬼と犬人を何人か連れて遊撃をお願い」
「わかりました!」
「アクアは……」
「当然参加するぞ?」
「ありがとう。
それじゃ、ボクと一緒に動いてもらえるかな?」
「いいだろう。だが、何をするつもりなんだ?」
「ボク達は蛮族じゃないんだ。
相手がなんであれ、確証がない内から力で訴えるっていうのはちょっとね?」
「なるほど。陽動というわけだな?」
そう言って口元に弧を描くアクアの姿には、ゾクリとする妖しさと美しさが混在していた。
見蕩れている訳にもいかないので、理性でもって視線を引き剥がすと何やら物言いたげなヤーデルと目が合ったうが、それに付き合っている猶予はないと判断し黙殺した後に、今一度頼りになる皆の顔を一人一人確かめる。
……うん。これなら余程の事がない限り安心して臨めそうだ。
「それじゃ、行こうか」
何の気負いもなくそう告げ、風を切るように歩き出した私の隣にフィーとアクアが並び、そのすぐ後ろからヤーデルとナルアが続いた。
さぁ、私の領域を侵した愚か者に報いを受けてもらうとしようか……!




