その身体
説明を聞いている間気付く事が無かったが…やはり変だ。
確かにあの空間には何も無い、何も見えない筈。しかし彼等はプルメリアをその眼で確認し存在を把握している。
嘘を言っている様子では無かったし彼等が嘘をつく理由も無い。ならば何故俺には見えない?何故彼等は見えている?
とっさに問う疑問にテツが不思議そうに此方を見詰め、一言。
「え…言いました…よね…お兄さんは純粋だから…って…」
純粋だから?
思い返せば確かにさっきの説明の中で彼が言っていた気がするが…やはり疑問は解決しない。
純粋だから何だ?むしろ疑問が増える。
一体何が純粋だと言うのか?記憶が無い事が純粋だと言いたいのだろうか。
「俺の何が純粋だって言うんだ?…お前達は純粋じゃないのか?」
何故こうも疑問が尽きないのか。自分に苛立ちを覚えて仕方が無い。生き抜く為に必要な記憶迄も無くしてしまった、ただ問う事しか出来ない自分に。
そんな事が頭をよぎる中、返答が告げられる。
その内容に俺は耳を疑った。
「何が?…勿論、貴方の身体の事です。正確に言うのなら貴方は純粋な『人間』故にその眼にはD25は映りません。」
純粋が示すもの、それは『人間』である事?何を言っているんだ…彼女は。
俺が人間である事は当たり前の事、人間だからプルメリアが見えない?ならお前達は何故見える?お前達は人間だろう?容姿だって人間の姿、会話だってしている。
だがその言い方じゃあまるで…─
「私達がD25が見える理由、それは単純な事。それは私達が純粋な『人間』ではないという事です。」
─彼女の言葉の後、暫くの沈黙が続く。
ユメとテツ、彼等は『人間』では無い。彼女の言葉はそう告げていた。
二人を視界に映せど先程迄と全く変わらぬ表情だ。『人間』では無いものとは思えない、いや思いたくは無いというのが本音だった。
微かに感じる恐怖。
思えば目が覚めてからこの恐怖に襲われてばかりだ。
人間では無いのなら一体何なんだ?
その疑問が得体の知れぬ恐怖へと変わっていた。
そして沈黙を破る様にテツが静かに告げる。
「……そんなに恐がらないで…下さい…ボク達は別に…人の皮を被った生物だ…なんて言いたい訳では無い…ですから…」
余程俺の表情は強張っていたのだろう、テツが心配そうな眼をしている。
彼に言われる迄もなく目前に居る二人が得体の知れぬ生物だとは思いたくは無い。
しかしプルメリアが見える、見えないの決定的な差が俺の心を揺さぶる。
「なら…何だって言うんだ?」
自然と身体が警戒心を抱いているのが分かった。ユメの背中に光る刃が恐怖心を煽る。
確かに彼等とは1日にも満たない付き合いだ。まだ知らない事は沢山有る。むしろ知らない事ばかりだろう。
しかしまさかこんな場所で彼等の重大な真実を知る事になるとは思いもしなかった。
「聞かれたから…答えますけど…僕達が人間では無い理由……それは…─」
テツが何か躊躇いながらも意を決したのか俺を見据え話し、そして徐に深く被った帽子を外す。
帽子の中から露わになったのは先程迄の印象とは違う長い黒髪、風に触れればその長髪が靡き微かだが大人びた印象を受ける。最初に目に付いたのはそれだった。
しかしすぐに不思議な感覚に襲われる。…何だ?彼の髪が月の光に照らされ光っている。
「…ボク達の身体には…『機械』…が組み込まれています…。…それが…『純粋な人間』では無い…理由。」
悲し気な瞳で彼が告げた。
最初はただ月の光が髪に反射しているものだと思っていた…しかしよく目を凝らして見ると何か光り方が不自然だ。
そしてその髪に何故違和感を感じたのかが理解出来た。
「お…お前…髪が……っ…」
細い髪一本一本が微かな輝きを帯びている。その輝きは月の仕業では無く、暗闇の中で髪自体が電子的に輝いている。そんな馬鹿な事が有るものか…と内心では思うものの今目にしているものは現実だ。
驚く俺を見詰めつつテツは淡々と話しを続ける。
「ボクの身体の…至る所には…生きる為の様々な機械が組み込まれて…います…。この髪もその一つ…。ボク達は…生を得る代わりに…この身体を代償にしたんです…。」
衝撃的な言葉に俺は驚きを隠せなかった。彼等にそんな秘密が有ったなんて想像もしなかった。そして何時の間にか先程迄抱いていた恐怖は消え失せ、彼に見とれてしまっている自分が居た。
『ボク達』と言っている訳だからユメも同じ身体をしているんだろう。
彼女に視線をやると特に動揺する事無くただテツを見ていた。片目に巻いた包帯の下はやはり…─そんな想像をしてしまう。
突然な事で何を言えば良いのか分からない。問いたい事は山ほどあるのに口が開かない。それも全てテツの姿の神秘的な姿が原因だ。
「ボク達がD25…プルメリアを確認出来たのは…眼で見ているのではなく…視覚の代わりに組み込まれた機械で見ているから…です…」
彼は再び帽子を深く被り直すと遠慮がちに此方の提示した疑問に答えていく。
やはり理解し難い内容だったが、此程現実離れしている話しや出来事が続くと一々驚く事が馬鹿げている様な気がしてくる。
俺は返す言葉が見つからず、再び沈黙が訪れた。
しかしそんな馬鹿な事が有ってたまるか。
機械の身体?今目の前に居るのが人間もどきだと言うのか?冗談じゃない、誰が見ても人間じゃないか。
彼の髪と説明を目の当たりにしてもそんな否定的な考えが浮かび続ける。
しかしそれとは対象的な不安がよぎる。
彼らの様な機械が組み込まれた人間も他に居るのか?この世界ではそれが普通だとでも言うのだろうか?
そんな事を繰り返し考えている内、傍らに居るユメが沈黙を破り言葉を紡ぐ。
「私達の事は貴方には関係は無いでしょう。全ても知ったとしても貴方に利益は有りません。…それよりも早く町に向かった方が良いかと。」
テツもその言葉に同意する様に頷く。
俺は現実に引き戻され、暗闇に包まれた世界が視界を包む。
ああ、そうだった。
俺はこんな場所で立ち止まっている訳にはいかない。彼らの事は気にする必要は無いだろう。
ルルーが言っていた老人に会えばきっと全ての疑問が解ける筈。
俺はテツの姿に微かな恐怖を覚えながらも、この世界の真実を知る為に無言で歩き出した。