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臨時ラボの火花と、二つの決定的矛盾


第2章:臨時ラボの火花と、二つの決定的矛盾


テキサス州ロンドン近郊、レッド・クリーク川。かつてハーン夫婦がのんきに散歩したその美しい渓谷は、いまや高さ3メートルの鉄条網と「連邦土地収用法に基づく即時立入禁止」の冷酷な看板によって完全に遮断されていた。


「フランス西海岸の環境NGOの特別法的代理人だ。国際環境条約第4条に基づき、この河川敷の地質サンプルを緊急採取する権利がある。これを拒むなら、即座に連邦裁判所に不法占拠の差止請求インジャンクションを申し立てる」


ハサウェイは、チャコールグレーのトレンチコートのポケットから、パリ政治学院の印章が押された精緻なリーガル・ドキュメントを突きつけた。


ゲートを守る「クロノス・ディフェンス」の私設警備兵たちは、ハサウェイの放つ元・国際法廷弁護官としての圧倒的な威圧感と、隙のない法理の前に、舌打ちをしながらゲートを開けざるを得なかった。

「2時間だけだ、教授。それを過ぎれば不法侵入で射殺する」


ハサウェイとソフィーは、厳重にロックされた臨時のプレハブ小屋――クロノス社が設置した移動式地質分析ラボへと、合法的に潜入することに成功した。

室内には、最新鋭の質量分析計やマイクロCTスキャナーが並び、不気味な緑色のモニター光が二人を照らす。ソフィーは即座にトマス・ハーンの焼け跡から密かに回収されていた「ロンドン・ハンマーの頭部の破片」と「柄の木片」を装置にセットした。


「ここからが、私の戦場よ」

ソフィーの指がキーボードを猛烈な速度で叩く。モニターに、元素の質量電荷比を示す急峻なグラフが映し出された瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。

「あり得ないわ、ジョン……。こんなデータ、絶対に認められない!」


ソフィーは自身の美しい髪を荒々しくかき上げ、モニターを凝視した。科学者としてのプライドが、目の前のファクト(事実)を拒絶していた。

「質量分析計のデータを見て。鉄の頭部に含まれる塩素の同位体比(³⁵Clと³⁷Clの比率)が、現代の地球の平均値から完全に逸脱している。この異常な比率が示す地質環境はただ一つ。2億年前、大陸が分裂する前の超高塩分海洋――テティス海の底よ。でも、ハンマーの形状は19世紀のアメリカ製。こんな矛盾、ただのコンクリーションのバグよ。分析エラーよ!」

「エラーじゃない、ソフィー。君の機械は完璧だ」

ハサウェイはコートを脱ぎ捨て、モニターの前に立ちはだかった。そのブルーの瞳に狂熱が宿る。


「君は科学者として、ファクトを『過去の地質学の枠』に押し込めようとしている。だが、国際公法の弁護士として言わせてもらえば、これは『アリバイの崩壊』だ。形状が19世紀で、成分が2億年前。物質が時間を逆行し、その時代の成分を吸い上げたと解釈するほかに、このグラフを説明できるか?」

「タイムトラベルなんてSFを、私が信じると思う?」ソフィーがデスクを激しく叩いて立ち上がった。「いい? 木の柄の炭素14(C-14)データを見て! 外側の皮層は150年前の炭素原子の減少率を示している。なのに、岩盤に埋まっていた中心部の1立方センチメートルだけ、半減期のカウントが完全に『フリーズ(停止)』しているのよ! 150年前の木が、中身だけ1ミリも歳を取っていない。時間軸が捻じ曲がっているなんて言うつもり?」


「そうだ、完全に凍結している!」ハサウェイの声がプレハブの壁に響いた。


「自然界の化学反応で、原子の崩壊速度だけをピンポイントで止める方法がどこにある? コンクリートで固めようが、石灰岩に埋めようが、時間は平等に流れる。それがアインシュタインの物理だ。だが、この木の中心部だけは『時間が流れていない空間』にいた。つまり、ハンマーが強力な磁気嵐――時空乱流に巻き込まれたその瞬間、物質の内部構造ごと、時間という座標から切り離されたんだ!」


「嘘よ……そんなテクノロジー、現代科学でも――」

「現代科学ではない。地球の磁場が起こした、天然のバグだ」


ハサウェイはソフィーに顔を近づけ、声を潜めた。

「ソフィー、軍事企業クロノス・ディフェンスがなぜ、この地元ののんきな夫婦の拾い物を必死に隠蔽し、トマス・ハーンを暗殺したと思う? 彼らはこの『塩素の同位体』と『時間のフリーズ』のデータを、我々より先に解析していたんだ。彼らが開発しているのは兵器じゃない。『歴史の法廷の消去装置』だ。過去に遡って、自国に不都合な条約も、戦争の事実も、物質ごと2億年前の地層に埋めて『最初からなかったこと』にする。このハンマーは、彼らの実験が成功したという生々しい『物証』なんだよ!」


ソフィーは息を呑み、モニターの緑色のグラフを見つめた。

ハサウェイの言葉は狂気じみて聞こえる。しかし、手元にある「塩素」と「炭素」の絶対的な成分分析データは、その狂気こそが唯一の真実であると、冷酷に告げていた。


その時、ラボのスピーカーから不気味な警報音が鳴り響いた。外の監視カメラが、数台の武装ジープが猛スピードでこちらへ向かってくるのを捉えている。

「2時間はまだ経っていないわ!」ソフィーが叫ぶ。

「彼らにとって、法などただの飾りに過ぎないということだ」ハサウェイはソフィーのPCのハードディスクを引き抜き、トレンチコートの内ポケットに叩き込んだ。「ソフィー、その完璧なデータを世界に開示する時間だ。連邦地裁へ殴り込みをかけるぞ。歴史を書き換えようとする悪魔どもを、君の科学の刃で、法的に叩き潰すために!」


プレハブのガラス窓が銃撃で粉砕されると同時に、二人は裏口からテキサスの荒野へと飛び出した。

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