16新幹線の先にあったもの
食後のお茶を飲んでいると、玄関のほうが騒がしくなった。
「おはよう!」
元気な声とともに、サクラがリビングに入ってくる。
朝からやけにテンションが高い。
というか――目が輝いている。
そのサクラに、ミオがすっと立ち上がり、軽く頭を下げた。
「あなたが、サクラちゃん? はじめまして、ハヤトの妹のミオです」
サクラは目を見開いた。
「はじめまして! すごい、ハヤトに似てるね!」
感心したように、ミオの顔をまじまじと見つめる。
いや――。
似ているのは、どちらかと言えば。
サクラとミオのほうだ。
背丈も、雰囲気も、どこかよく似ている。
並んで立っていれば、姉妹だと言われても、誰も疑わないだろう。
おばあちゃんも、目を細めて言った。
「ふたり、なんか似てるわねぇ」
その言葉に、サクラとミオは顔を見合わせて、くすりと笑った。
◇
「しかし――」
お茶をすすりながら、サクラが口を開く。
「妹までやってくるって、なんかすごいねー」
「おじいちゃんもなぁ、まさか孫が二人そろうなんて、ちょっと前までは考えてもいなかったぞ」
おじいちゃんが、嬉しそうに笑う。
なんだか、不思議な光景だ。
ミオが別の世界から突然やってきた――。
本来なら、もっと驚いたり、戸惑ったりしてもおかしくないはずなのに。
俺という前例があるせいか、みんなやけにあっさりしている。
……この分だと。
もしこのあと、俺の両親が突然現れても、
「おかえりなさい」と、あっさり出迎えられてしまうのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、話は自然と外出の流れになった。
「ミオちゃん、街を案内してあげる」
サクラが胸をドンとたたく。
「夕食までには帰ってくるのよ」
おばあちゃんが言う。
「はーい!」
サクラが元気よく返事をする。
「ミオちゃん、行きたいところある?」
「私、ドーナツ、食べてみたい!」
ミオが即答した。
「いいね! じゃあ決まり! 連れてってあげる!」
勢いよく立ち上がるサクラ。
そして、くるりとこちらを振り返った。
「ハヤトはどうする?」
「いや、俺は……今日はやめておく」
そう答えると、ミオがまっすぐ俺を見る。
「兄さん、今日――大切な日なの」
その一言に、サクラが小さく首をかしげた。
「ふーん。そうなんだ。じゃあ、二人で行こうか」
深くは聞かない。
そういうところが、サクラらしい。
「行ってきまーす!」
「いってきます」
軽やかな声を残して、二人は玄関の向こうへ消えていった。
◇
二人が出かけると、部屋は少し落ち着いた。
湯のみから立ちのぼる、わずかな湯気。
その向こうで、俺はひとり、考えた。
昨日、ミオに言われた言葉。
「元の世界に戻るか、それとも、この世界に残るか」
あの問いが、何度も頭の中で繰り返される。
今日、答えを出さなければならない。
◇
その後、少ししてから、
俺も、ひとり、家を出た。
一瞬だけ迷ってから、スマホを取り出す。
「今から会えないかな?」
ハルカにメッセージを送った。
「OK。」
すぐに返事がきた。
◇
駅近くのスターバックスで待っていると、しばらくしてハルカがやってきた。
「おはよう」
「おはよう。今日は、どうしたの。急に?」
いつも通りの口調。
だが、その視線はわずかにこちらを探っている。
「ああ、急に呼び出して、ごめん」
「ちょっと、今日、付き合ってほしいんだ」
「いいわ。どこ行くの?」
迷いのない返事。
俺は、サクラの言葉を思い出していた。
『機会があれば、新幹線にも乗ってみるといいよ』
――この世界を知るには、きっと必要な体験だ。
「新幹線に、乗りたいんだ」
ハルカは少しだけ驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「いいわ。案内してあげる。
で、新幹線に乗ってどこまで行くの?」
「そうだな……京都に行ってみようか」
たしか、新幹線なら、一時間もかからずに到着する距離だ。
◇
地下鉄に乗り、新幹線の駅へ。
ハルカが券売機で手際よくチケットを取ってくれる。
改札をくぐり、ホームへ上がると、人であふれていた。
その中を、のぞみ号が静かに滑り込んでくる。
長く、無駄のないフォルム。
――これが、日本最速。
列に従い、乗車する。
ハルカは窓際に座り、俺は通路側に腰を下ろした。
発車。
ゆっくりと動き出し――やがて、一気に加速する。
景色が、流れる。
いや、飛ぶ。
今まで乗った電車とは、まるで別物だった。
それなのに、車内は静かで、揺れもほとんどない。
――どういう技術だ。
理解しようとする思考を、感嘆が軽く追い越していく。
ただ、純粋に――すごい。
気づけば、窓に身を寄せていた。
そんな俺を見て、ハルカがくすりと笑う。
「高瀬くん、ほんと、こういうの好きよね」
「ああ……これは、すごい」
それしか言えなかった。
◇
あっという間に、京都に着いた。
駅から電車を乗り継ぎ、伏見稲荷へ向かう。
稲荷駅を降りると、観光客の流れが自然と神社へと続いていた。
その流れに乗る。
やがて、目の前に現れる――鳥居の列。
写真で見たことはあった。
だが、実際に目にすると、まるで別物だ。
冬の澄んだ空気の中、真っ赤な鳥居が連なっている。
幻想的な光景だった。
しかし――
人が多い。
ふと気づくと、ハルカの姿が視界から外れかけていた。
思わず、手を伸ばす。
そのまま、握る。
ハルカは一瞬、はっとした表情を見せた。
だが、何も言わず――握り返してくる。
その手は、少し冷たかった。
心臓の鼓動が、やけに大きく響く。
◇
鳥居をくぐり、山を登っていく。
途中の茶屋で、足を止めた。
温かいお茶と、団子。
そこから見下ろす京都の街。
静けさと、遠くに広がる都市。
――この国は。
これほどまでに発展していながら、
こうして古いものを残している。
技術と文化。
どちらも、当たり前のように共存している。
俺が知っているこの国は、まだほんの一部に過ぎない。
そんなことを、改めて実感する。
◇
神社を一回りし、下山する。
下りは比較的人が少なかった。
それでも――手は、離さなかった。
◇
その後、バスで河原町へ向かう。
人の流れ。
店の並び。
にぎやかな空気。
食べ歩きをしながら、歩く。
笑い声。
すれ違う人々。
何気ない日常。
そして、鴨川のほとりへ。
川の流れは穏やかで、空はゆっくりと夕色に染まっていく。
◇
この世界に来て、1年半。
目まぐるしい日々だった。
もちろん、故郷は懐かしい。
両親にも心配をかけているだろう。
元気な顔を見せてやりたい。
そして、あの世界で――
はじめての車を作るという夢も、確かにある。
だが。
この世界で見つけたものも、同じくらい――大切だ。
目標。
夢。
そして――人。
隣を歩くハルカを見る。
つないだ手の温もり。
言葉にしなくても、そこにある距離。
――俺は。
簡単にこの世界を去れるほど、
何も持っていないわけじゃなかった。
◇
日が傾くころ、俺たちは新幹線に乗って戻った。
別れ際。
「春になったら、今度はお花見に京都に行こうよ」
ハルカが、少しだけ照れたように言う。
その言葉に、ほんの少しだけ間を置いて――
「ああ」
そう返した。
だが――
その中に、答えは、すでに込められていた。




