黄金の座敷は血の色に染まる
※本話は、
暴力的・残酷な描写を含みます。
それでも、
「傷ついた者が、自分の形で立ち上がる話」を
書きました。
再び立ち入った宝物庫には、人の気配はなかった。
だが、清乃は静かに語り始める。
「私が連れ出した人間はね。
ちょっと手を差し伸べただけで、尻餅をついたの」
指の傷をなぞりながら、淡く笑った。
「首に、縄で縫われたみたいな痕があったわ」
黄金の奥で、三つ首の影がむっくりと起き上がる。
「……ほう?」
「そのとき、わかったの。
私たちは、もう“弱い側”じゃないって」
影が軋む。
「三つ首入道も、もう倒したわ」
その言葉に、空気が冷えた。
清乃の笑みは、村で見せていた柔らかなものではない。
妖怪に向ける、澄んだ、冷たい光だった。
「お前は、それを愉快だと思うのか?」
鋭い声。
清乃は答えず、襖を押し開ける。
そこに立っていたのは、清史郎だった。
「来て!」
初めて踏み入る奥の院。
青年は震えながらも、禁じられた聖域を跨いだ。
「なりませぬ!」
床からのっぺらの巫女が現れ、清史郎を咎めた。
「ここで全て終わらせるの」
清乃は清史郎の手を掴み、黄金の間へ引き寄せた。
眩い黄金から金剛院大入道だった影が濃密な気配を放った。
「大入道様がお怒りに――」
巫女の声が響く前に、
二人の影が重なり合い、山刀を持った影鬼が現れる。
大入道に負の感情が集まり、巨大な欲望となって絡まっていく。
「お前は私を騙した!」
その瞬間――
床から現れたのっぺらぼうの巫女たちに山刀が振るわれる。
ザンッ。
オオォオオオォォォ。
悲鳴なような怨念が混じり合い、黄金の間を満たしていく。
「先程逃げたのはこの為か!
小賢しい、小賢しい」
巫女を失った大入道に
千年蓄えた負の感情が一気に流れ込む。
巨体がどんどん膨張し、
どぱん、と破裂した。
赤黒い霧が黄金の壁を汚し、肉片が雨のように降り注ぐ。
「恩知らずめ、大入道様に何てことを!」
これまで反抗的だった妖怪たちが、
次々と清乃の前に群がってくる。
清乃は立ちふさがる妖怪たちを、
壮絶な笑みで睨んだ。
「お前は、私の髪を引っ張った!」
いつも後ろから髪を引っ張っていた、子供の妖怪。
悲鳴を上げる間もなく、
体が内側から弾け、
赤黒い霧となって消えた。
賢い妖怪たちは、目を合わせない。
地面に額を擦りつけ、
震えながら平伏する。
清乃の両脇に、
再びのっぺらぼうの巫女が現れた。
以前の白さは失せ、
肌は淡いバイオレッド。
髪は、紫を薄めたような、病的な色合い。
清乃の背後には影から実体を伴った巨大な赤鬼が従い、
山刀を振り下ろす。
ごしゃっ、ごしゃっ。
茶碗の妖怪、
あかなめ、
ぶるぶる。
無差別に切りつけられ、
潰され、
踏みつけられる。
残った妖怪たちは、
さらに距離を取って震えた。
清乃は裸足で歩く。
ぺた…ぺた…と
血の音を立てながら。
返り血は影のように床に染み込んだ。
清史郎の手を引いて、
これまで自分を馬鹿にしてきた奴らを、
一人ずつ粛清していく。
近づくだけで破裂する者もいた。
触れる前に、泡を吹き失神する者もいた。
少年の視線が、
清乃の腕の傷跡に留まる。
古い傷。
新しい傷。
自分でつけた傷。
すべてが、今は紅く滲んでいた。
「傷つけられると、痛いでしょう」
清乃は、砕けた茶碗の妖怪を拾い上げる。
ひび割れた器に酒を注ぐと、
赤が混じって静かに垂れた。
それを飲み干して、言う。
「これが、私」
「私の本当の姿」
清史郎は震えながらも、手を離さなかった。
黄金の座敷は、血と酒に染まっていく。
最後に残った影が、低く笑う。
「……選んだのだな。
人の恐れを、力にする道を」
清乃は首を振った。
「違う」
指に力を込め、少年の手を握る。
「私は、恐れられる側に立つのをやめただけ」
首が伸びる。
白く、長く、異形に。
天井を突き破り、夜へと伸びていく。
「もう、誰にも傷つけさせない」
「この痛みは、私のものだから」
黄金が軋み、崩れ始める。
清乃は振り返らず、歩き出した。
清史郎の手を引いて、
背後で、すべてが崩壊していく。
黄金も、
大入道も、
これまでのしがらみも。
清乃は振り返らなかった。
傷は、まだ疼いている。
でも、もう、隠さない。
これが、私の答え。
これが、私の継ぎ方。
血に濡れた足で。
新しい道へ。
彼女は首を伸ばした。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
清乃は、
優しくなることも、
清らかでいることも、もう選びませんでした。




