光の底に沈む金 金蔵院の最奥
金蔵院の最奥。
そこには、信仰と欲望と痛みが、
黄金として沈められていました。
人の足が踏み入れたことのない――
いや、正しくは「欲望だけが入ることを許された」黄金の間。
清乃は、その眩しさに思わず目を細めた。
床は金貨で埋まり、
天井は琥珀の垂玉で飾られ、
壁には古よりの宝玉が無数に鏗鏘と鳴っている。
空気そのものが重かった。
まるで海の底に沈んだように、息が詰まる。
金蔵院大入道は、背後の扉を閉めた。
重い音が響き、逃げ道は塞がれた。
「お前が来るのを、千年待っておったぞ」
ゼニじいの声は、
もはや人の形をした影からではなく、
部屋全体から、
黄金の粒一枚一枚から、
直接清乃の頭蓋に流れ込んできた。
襖の向こうに広がる光は、太陽ではない。
無数の人間の欲望が凝縮して燃えている炎だった。
――床が抜けた。
清乃は悲鳴も上げられずに落下し、
黄金の海に頭から突っ込んだ。
どん、と鈍い音。
久しぶりにできた、たんこぶ。
「よほほ、盗難防止じゃて」
和尚が笑う。
清乃は額を押さえながら、
ゆっくりと顔を上げた。
光の中心に、
ぼんやりと浮かぶ巨大な影。
それは、山よりも大きく、
寺よりも深く、
金と血と涙で塗り固められた、
底知れぬ塊だった。
――それこそが、
金蔵院大入道の本当の姿。
「これが……私の未来?」
清乃の声は震えていた。
恐怖ではない。
どこかで予感していたことへの、
諦めのような震え。
ゼニじいは首を振った。
いや、首という形すら曖昧だった。
「お前、もう一つ首を隠し持っているだろう」
声は優しく、
しかし絶対だった。
「三つの首はひとつとなる」
清乃の喉が鳴った。
言いたいことは山ほどあった。
――人間は私を崇めてくれる
――妖怪は私を嘲るだけ
――私はどこにも行けない
――清史郎が好き
言葉は喉の奥に沈んだまま、
泡のように消えた。
和尚は待つ。
沈黙が、まるで生き物のように
清乃の首に巻きつき、締め上げる。
指先が疼いた。
自分で刻んだ傷が、
熱を帯びて脈打っている。
胸の奥が、じくりと熱を帯びた。
嫌な記憶が引きずり出されるたび、
黄金がわずかに脈打ち
和尚の影を
ますます肥大させていく。
「……いえ、分かりました」
清乃は俯いた。
長い髪が黄金の上に広がり、
まるで血のように見えた。
和尚は満足げに頷いた。
そして、告げた。
「裳着が終われば、
お前は金剛院大入道じゃなくなる」
清乃の顔が上がる。
「ここにある財宝も、
全部私のものになる……そうでしょう?」
その瞬間、部屋が歪んだ。
大入道の頭が、
ぐん、と倍、倍、倍に膨れ上がった。
天井を突き破り、
黄金の海が波立つ。
無数の金貨が蛇のようにうねり、
宝石が悲鳴を上げた。
圧倒的な圧が、清乃を押し潰す。
ゼニじいは笑った。
いや、
笑っているのか、怒っているのか、
ただ口の裂け目が耳まで達しているだけなのか、
判然としない。
「ふふ……当然じゃ」
「それも、お前がその名を継ぐのならばな」
黄金の海が、
清乃の足元から這い上がってきた。
冷たく、ぬるぬると、
まるで生きているように。
「代償は?」
清乃は掠れた声で訊いた。
「代償?」
和尚の影が、
ゆっくりと清乃に重なる。
「お前が今まで溜めてきた、
すべての負の感情」
「嫉妬、憎悪、孤独、自己嫌悪……
それらすべてを」
「この黄金に永遠に封じ込めるのじゃ」
清乃の指の傷が、
ぱっくりと裂けた。
血が滴り、
黄金に吸い込まれていく。
その一滴ごとに、
彼女の記憶が薄れていくような気がした。
――村の子供たちが笑ってくれた顔
――清史郎と並んで首を伸ばした夜
――自分で傷をつけたとき、
少しだけ楽になった痛み
すべてが、黄金に溶けていく。
「嫌だ」
清乃は言った。
小さな、しかし確かに。
「私は……まだ、終わらせたくない」
黄金の海が、ざわめいた。
和尚の影が、
一瞬だけ揺らいだ。
清乃は立ち上がった。
首を、ゆっくりと伸ばす。
十丈、二十丈、三十丈……
黄金の天井を突き破り、
光の外へ、光の外へ。
首の先で、彼女は叫んだ。
「痛みも孤独も、まだ私のものだ!」
黄金が悲鳴を上げた。
大入道もぐんぐん首を伸ばし、
怒りの咆哮を上げた。
だが、清乃の首はさらに伸ばされた。
傷だらけの首は、
まるで別の生き物のように、
黄金の海を突き破り、
夜空へと抜けていく。
その先に、月があった。
欠けた月が、
静かに彼女を見下ろしていた。
清乃は泣いた。
初めて、声に出して。
黄金の間は崩れ始めた。
和尚の影が、
引き裂かれるようにして縮んでいく。
「首は重ならん……
まだ、継げぬか」
最後に残った声は、
どこか寂しそうだった。
清乃は首を縮め、
黄金の海の上で膝をついた。
傷口から血が流れ、
黄金を赤く染める。
――私は、まだここにいる。
――自分の痛みも、孤独も、
全部抱えたまま。
そのとき、遠くで小さな声がした。
「清乃!」
振り向くと、
崩れゆく黄金の間を駆けてくる影。
清史郎だった。
少年は息を切らしながら、
清乃の手を取った。
「行こう。ここから出よう」
清乃は頷いた。
傷だらけの手と、
傷だらけの手が絡まる。
黄金は崩れ、
光は消え、
二人は闇の中を、走り出した。
背後で、
ゼニじいの最後の声が響いた。
「逃げても無駄じゃ…」
清乃は振り返らなかった。
ただ、首を少しだけ伸ばして、
闇の先に、
小さな灯りを見つけた。
――まだ、終わらせない。
黄金の残骸を踏みしめながら、
二人の影は、夜の森へと消えていった。
「あいつが全部仕込んでいたの!
三つ首入道の影も」
「影継ぎでやっつけるよ!」
「僕の首が落ちてもいいの?」
「えっ?」
「前回は三つ首入道の影で誤魔化した。
金剛院大入道は影よりもずっと強い」
「貴方は何も心配しなくていい」
清乃は怪しく微笑んだ。
「金剛院大入道には
私がなるから」
「さあ、夜明け前に、お寺に戻るよ」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
黄金の間は、
清乃が「守られていた場所」ではなく、
「閉じ込められていた場所」でした。




