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金蔵院大入道と首継の姫 ― 白首姫清乃は影を継ぐ  作者: ふりっぷ


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6/13

十五の春、裳着もぎの年 影継ぎの姫は選び始める

十五の春。

裳着もぎは、祝福の年であると同時に、

妖にとっては「値踏みされる」年でもありました。

十五の春、裳着もぎの年。

清乃の体は、確かに大人へ向かっていた。


背はひとつ伸び、声に翳りが生まれ、

胸元には慎ましいふくらみ。


それは、大入道からすべてを受け継ぐ年。


村の婆たちは「娘盛りじゃ」と笑ったが、

妖怪たちの目は笑っていなかった。


夜の森の奥、大きな空洞。

そこは妖怪たちが密議を重ねる場所で、

燭台の火がいくつも浮かび、影が幾重にも重なっていた。


清乃が足を踏み入れると、

全員が一斉に立ち上がり、深々と頭を下げた。


「清乃様、よくぞおいでくださいました」

「今宵もご指導、ご鞭撻のほどを」


丁寧で、礼儀正しく、嘘くさい。

清乃は胸の奥で深くため息をついた。


「川の氾濫を防ぐ結界を強めてほしいの。

もし可能なら、今夜中に」


「かしこまりました」

「直ちに取り掛かります」


誰も異を唱えない。


従順すぎるほど従順

――その奥に潜む本音は、

清乃には聞こえすぎるほど聞こえる。



廊下を歩くたび、背後で空気が揺れる。


ひゅ、と細い指が髪をつまみ上げる。

くい、と上へ。


痛い。


しかし痛みより先に、胸の奥がひりつく。


振り返っても誰もいない。

ただ、柱の影からくすくすと笑い声。


「人間寄りの後継者だとよ」

「ゼニじいの金、独り占めする気じゃねえか」

「ほら、首が震えてるぜ。ろくろ首のくせに」


声は刃だ。

夜、布団に潜り込んでも、耳の奥でざわざわと疼きつづける。


――いっそ、この顔を見られなければ。


その夜、清乃は小刀を握った。


震える指で刃を頬へ寄せる。


紙のように薄い皮膚。押し当てれば、すぐ血が滲むはずだった。


その瞬間、畳が沈んだ。

床下から白い腕がのび、

のっぺらぼうの巫女たちがずるりと這い出す。


「お館様は、あなた様がご自身を傷つけることを許されませぬ」


清乃はかっと叫んだ。


「だったら! 髪を引っ張る奴らを止めてよ!

 笑ってるだけの妖怪なんて、いらない!」


巫女たちは首を傾げる。

顔がないのに、困惑していると分かった。


「助ける、とは……どのように?」


問いに胸が冷めた。

清乃は小刀を投げ捨てる。乾いた音が虚しく響いた。


「……もういい」


立ち上がろうとした、そのとき。


廊下の向こうから、聞き慣れた声がした。


「清乃様?」


清史郎だった。

病弱な少年は、夜中の微かな気配に気づき、駆けつけてきたのだ。


「……こんな時間に、どうしたのですか?」


清乃は慌てて涙を拭い、笑おうとしたが、うまく笑えなかった。


清史郎はそっと清乃へ歩み寄り、座ったままの彼女の前に膝をつく。

そして、ためらいがちな声で言った。


「……首、伸ばせますか?」


「え……?」


「僕に見せてください。全部」


清乃は戸惑いながらも、首に意識を向ける。

ふわりと白い首が浮かび、伸びていく。


三十丈を超え、月明かりが廊下に白い弧を描いた。


清史郎はそれを見上げ、小さく笑った。


「綺麗です」


その一言で、清乃の胸がほどけ、涙がぼろりと零れた。


――どうしてこの子の前だと、泣けるんだろう。


そう思った瞬間、空気が変わる。

廊下の奥、闇の隙間から細い指がのびてきた。


今度は、清史郎の髪を掴もうとして。


清史郎の目が鋭く細まった。


「……触るな」


ズルッ。


清史郎の首が、わずかに縮んだ。

同時に、闇に潜んでいた小妖怪

――狸の子の首が、勝手に縮みはじめた。


「ぎゃああああああ!!」


狸の子が飛び出す。

首が肩へめり込み、さらにめり込んでいく。


「や、やめろおおお!!」


「二度と、清乃様に触れるな。

触れた首は、全部――俺が縮める」


清史郎の声は淡々としていた。

しかしその静けさこそ、凍るほどの怒りだった。


狸の子の首は最後には五センチにまで押し潰され、

泣き喚きながら夜の奥へ逃げていく。


静寂。


清乃は呆然とその光景を見つめ――

ぽろぽろと涙をこぼした。


「……ありがとう」


清史郎は少し照れたように頬を掻く。


「僕も……昔、髪を引っ張られてましたから。

 首が取れるのが、面白いからって」


二人は並んで座った。

月が縁側を照らし、影がふたつ並んで揺れた。


その夜、清乃は初めて思った。


――私、清史郎が好きだ。


しかし、物語はそこでは終わらなかった。



金蔵院の奥。

大入道は闇の中でただ一人、膝を抱えて座っていた。


「お前の負の気は、わしの活力となる……」


冷たい声が、洞窟の奥から響くように揺れる。


「お前、気に入った人間を村から連れ出しておるだろう」


 声は優しく、しかし絶対だった。


「すぐに帰せ。人間と友になれるなど、思うな」


ろくろ首の長い喉が鳴った。

勇気を、振り絞る。


清乃は初めて、金剛院大入道に反発した。


「……ゼニじい、全部貴方の差し金だったのね」


大入道の目が、わずかに揺らいだ。


「私は、私自身の顔で笑う。

 誰かの形じゃなくて、私のままで」


「ひょほほほほ」

大入道の首が伸び、清乃の首をひと巻きして笑う。


「人間の信仰をもう少し集めたら奥の院に連れて行ってやろう」


「そこに何があるの?」

「もう一つの影。そして我らの歴史よ」


今回は「成長」と「継承」が、

必ずしも優しいものではないという話でした。


清乃が初めて誰かを好きになり、

そして初めて“従わない”選択をします。

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