影継ぎの代償は、首ひとつ
二人が影を継ぎ、怪異を追う。
静かな恐怖と、少し歪な絆をお楽しみください。
二人が僧兵の出て行った縁側を覗き込んでいると、
蔵の奥で、ふいに一冊の古い本が棚から滑り落ちた。
ぱらりと開いた頁は、先程と同様に
ほとんどが墨で塗りつぶされている。
だが、一行だけが辛うじて読めた。
――影継ぎの代償:一つの首を失う。
清乃と清史郎は、互いの顔を固く見合わせた。
「首を失う…」
清史郎の声は震えていた。
清乃はゆっくりと首を浮かせ、蔵中の気配を読む。
やがて小さくかぶりを振った。
「来る」
その言葉と同時に、奥の闇が揺れた。
グォォォォォ。
先程の僧兵が、深編笠を被ると、濁った叫びを絞り出し、
二回り巨大化した。
手にした錫杖から影を伸ばしてくる。
「清乃様、下がって!」
清史郎が前に出ようとした瞬間――
先程とは比べ物にならない激痛が首の縫い痕をぐるりと回り、
膝を崩した。
「清史郎くん!」
清乃は迷わず駆け寄り、彼の身体を支えた。
――その瞬間だった。
二人の影が、再度ぴたりと重なり合う。
ひとつの首を失う。
黒い影が液体のようにうねり、境界に白いひび割れが走った。
針と糸がきらめく光となって奔り、二つの影を音もなく縫い合わせていく。
影継ぎ、完全版。
蔵全体が低く震え、空気がひりついた。
清乃の首は淡い光を宿し、
清史郎の縫い痕は
見えない糸が解かれたようにぐらりと揺れた。
感覚は、溶け合った。
先程と同様に、痛みも、涙も、
呼吸の重さも、すべて共有される。
(誰かの首が落ちる)
僧兵はそれを、羨望と絶望のまじった眼で見つめ――
怒号とともに錫杖を振り上げた。
その一瞬。
「――清史郎くん。力の使い方わかったかも」
清乃の声は鋭く、迷いがなかった。
白い首が、五十丈を超えて一気に伸びる。
だが今のそれは、ただ長いだけの首ではない。
影は刃の形に収束し、
先端には清史郎の“縮める力”が重力の核となって凝縮する。
白と影が入り混じり、一本の漆黒の刃となった。
「影継ぎ・斬影刃!」
一閃。
空気が断ち割られ、白い軌跡が弧を描いた。
次の瞬間、僧兵の胴体は真っ二つに裂け、
影ごと蒸発していく。
「グ……アアアアアアアアア!!」
深編笠から影の首が転がり、
断末魔が黒い火のように燃え上がると、
やがて完全に消えた。
蔵に静寂が戻る。
清乃は首をゆっくり縮め、清史郎の肩を抱いた。
「……終わったね」
清史郎は落ちそうになる首を押さえ、
初めて安堵の笑みを浮かべた。
「僕たち……勝ったんだ」
二人の影はまだ重なったまま、かすかに脈打っていた。
――だが。
床の隅に、米粒ほどの黒い染みがぽつりと残っていた。
それはじわりと蠢き、壁の隙間へ吸い込まれていく。
清乃は眉を寄せた。
「……ねえ、あれ」
ぞくり。
二人の首筋に、冷たい何かが指でなぞったような感覚が走る。
かすかな囁きが、遠くから響いた。
『――三つの影、容易くはない……』
清乃と清史郎は、息を呑んで見つめ合った。
「三つ目の影、最後はひとつに」
「いまのは“欠片”ってこと?」
清乃は清史郎の頬にそっと手を添え、微笑んだ。
「今日のことは、二人だけの秘密ね」
清史郎は震えたまま、小さくうなずいた。
「僕も君に食われるのか?」
清乃は額を寄せ、そっと囁く。
「そんなわけないじゃない。
だって私たち、もう一緒だから」
その瞬間。
重なった影がふわりと膨らみ、蔵の奥で――
古びた鈴の音が、ひとつだけ優しく鳴った。
影継ぎは完成しましたが、代償は足りてません。
三つ目の影、失われる首、そして二人の関係が
これからどう歪んでいくのか。
続きを見届けていただければ幸いです。




