影継ぎ ― 白首姫と首なき僧兵 ―
清乃と清史郎
二人の影が重なる瞬間、三つ目の影の正体が
明かされる
二人が同時に影を見た、その瞬間だった。
床に落ちた影が、まるで生き物のように震え始めた。
——それは、長く裂かれていた“何か”が、
再び縫い合わされようとする前触れだった。
ガシャン。
次の瞬間、蔵の扉が外側から
叩き割られるような轟音を立てた。
「あれは、私達が招き寄せたものだ」
清乃は反射的に清史郎の手をとる。
「逃げるんじゃない……一緒に向かおう」
清史郎は短く頷いた。
その頷きに呼応するように、
二人の影がふわりと重なり、墨汁のように揺れ始めた。
蔵の扉が弾け飛び、冷たい風とともに
“首のない僧兵”が赤い瘴気をまとって現れた。
首を失った胴体は、
まるで自分の存在理由を探すかのように前後へ揺れている。
そこから漏れ出す赤黒い瘴気は、影そのものが腐り、
煙になって崩れたような臭気を孕んでいた。
「……あれが、“三つ目の影”の形か?」
清史郎の声はかすれていた。
清乃は、わずかに浮き上がった自分の首越しに、
僧兵の足取りを読み取る。
「違う……あれは“影を継げなかった者”だよ。
私たちみたいに、誰にも縫い止めてもらえなかった
……影の片割れ」
僧兵は、喉のない胴体から押し絞るような悲鳴を漏らし、
歪んだ指を二人に向けて伸ばした。
触れられれば、
自分の影さえも腐ると直感できる臭気を帯びている。
「清乃様、下がって!」
清史郎は清乃を庇おうと前に出た。
しかしその瞬間、縫われた首の痕が灼けるように疼き、
膝が崩れた。
「清史郎くん!」
清乃が支えに手を伸ばした——その瞬間だった。
二人の影が、完全に重なった。
黒い影は柔らかく歪み、そこへ白く細い光が走る。
影に浮かび上がった光の軌跡は、
まるで針と糸が影を縫い合わせていくように、
境界を一つひとつ埋めていく。
——影継ぎ。
蔵の空気が低く震えた。
清乃の長い首がほの白く発光し、
清史郎の首の痕も同じ色を帯びて脈動した。
影が繋がったことで、一瞬だけ互いの感覚が混ざり合った。
清乃は、清史郎の幼い頃からの
孤独の温度を“影越し”に知り、
清史郎は、清乃がずっと背負ってきた
“見上げられる者の重さ”を、
胸の奥に呼吸のように受け取った。
痛みも、恐れも、後悔も。
——すべてが影を通して流れ込んだ。
「……これが、影継ぎ……」
清乃は呆然と呟く。
僧兵はその光景を見て、
怒りとも羨望ともつかない叫び声を漏らし
床に残った影で縫い目を真似るように、
指を震わせた。
影を継がれなかった者には、
それが救いそのものに見えるのだ。
僧兵が腕を振り上げたとき、
清史郎の影がぎゅっと縮み、
収束する力が清乃へ流れ込んだ。
清乃は息を吸った。
「——清史郎くん、力を貸して」
伸ばした首が、今までの柔らかな動きとは違う鋭さで、空気を裂いた。
影は細く固まり、白刃の稜線のように輝く。
同時に清史郎の“縮む力”が首の根元へ集まり、
伸びた首の先端に、重力の核のような圧が凝縮される。
しなる白い首が弧を描き——
僧兵の胴体を、ゆるりと薙ぎ払った。
赤黒い瘴気が裂け、僧兵の体が崩れ落ちる。
しかし、完全に消えたわけではなかった。
僧兵の“影”だけが床に残り、
それは黒煙のように揺らめきながら、
蔵の奥へ逃げ込んでいった。
「逃げた……!」
清史郎が叫ぶ。
清乃は伸ばしすぎた首をゆっくり縮め、
床に手をついて息を整えながら呟いた。
「……あれが、“三つ目の影”の一部なのかもしれない」
清史郎は汗ばんだ額を拭い、小さく首を振る。
「じゃあ……まだ終わってない」
「ううん。むしろ、ここからだよ。
本当の影は、まだ外にいる」
二人の影はまだ重なったままで、
脈動は暖かいのに、底に不吉な気配を孕んでいた。
清乃はそっと清史郎の頬に触れた。
「追いかけるよ、清史郎くん。
”あれ”はこのままにしておけない」
清史郎は首を押さえ、怯えるように息を吐いた。
「……怖いよ、清乃様。
でも……離れたくない。
なんだ、この感覚」
清乃は微笑んだ。
「大丈夫。
一度縫われた影は、そう簡単にほどけないよ」
外は静かだった。
しかしその静けさは、夜が深まる直前の、
あの“底のない静寂”に似ていた。
逃げた影は、まだどこかに潜んでいる。
そして——二人を待っている。
清乃と清史郎は、まだ自分たちが何を背負っているのか、
ほんの入口に立ったばかりです。




