首を継ぐ者たち
二人が出会った夜から、
村では“首のない影”の噂が増え始めた。
清乃と清史郎が互いの秘密をさらけ出した夜から、
村では「首のない影を見た」という噂が急に増え始めていた。
翌朝の金蔵院は、冬の透明な光に包まれ、
どこか張りつめた静けさをまとっていた。
清乃はほうきを動かしながら、何度も昨夜の光景を思い返す。
清史郎の首に残っていた、あの縄のような痕。
「首を拾われて縫い直された」という言葉。
そして何より——
怪異である自分と“似ている”と感じた瞬間の、
胸の奥がじんと熱くなるあの感覚。
恐怖ではない。
懐かしさに似た、どこか温かい痛みだった。
清乃は軽く息を吐き、ほうきを止めた。
「……同じ匂いが、した。」
自分でも信じられないほど柔らかい声が漏れる。
その頃、清史郎もまた眠れぬ夜を越し、
胸の奥に刺さった棘のような違和感に突き動かされるように
ひとり蔵へ向かっていた。
昨夜からずっと、縫い痕が疼いている。
皮膚の下で、何かがじわりと目を覚まそうとしているようだった。
蔵の中は薄暗く、冷たい空気が満ちている。
棚には、代々金蔵院が封じてきた古文書が積まれていた。
普段なら決して触れようと思わない場所だ。
だが、清史郎の手は迷いなく伸び、
埃の奥にひっそりと置かれた一冊を取り出した。
黒布に赤糸で綴じられた奇妙な書物——
『首継ぎ記』。
ぞくり、と背筋が震える。
題名だけで、何かに呼ばれた気がした。
頁を開いた瞬間、
ふわりと古い紙の匂いと、湿った土のような生臭さが鼻を掠めた。
そこに記されていた内容は、彼の息を止めるものだった。
「影は三つに裂け、
ひとつは“伸びる者”へ、
ひとつは“縮む者”へ、
ひとつは闇に潜り、首を求めて彷徨う。」
清史郎の瞳が揺れた。
影が三つに裂けた?
伸びる影と、縮む影——
昨夜、自分たちの影が重なったときのざわめきが蘇る。
「……僕たちは、本当に……」
言葉はそこで途切れた。
その頃、清乃にも同じ種類のざわめきが忍び寄っていた。
掃除を終えて境内へ出た瞬間、
背後から“見られている”感触が、ぞり、と背骨を這い上がる。
風とは違う、湿り気を帯びた視線。
首の根元が勝手に逆立つ。
(昨日……清史郎くんの影と重なった時の……あれ……)
木立の奥から、濁った声が風に乗って届いた。
「……返セ……我ノ……首……」
清乃はひやりと息を飲む。
振り返ると、誰もいない。
ただ——
地面に鮮明な“足跡だけ”が残っていた。
清乃の見ている前で足跡だけが、こちらに向かってくる。
ぺた……ぺた……ぺた……
それは影が染み込んだような、深く黒い痕だった。
清乃の胸がざわつく。
(これに捕まってはいけない)
危険だ。清史郎に伝えなければ——
そう思った瞬間、
気づけば足は勝手に蔵のほうへ向かっていた。
足跡も僅かに速度を上げた。
清乃が蔵にたどり着いた時、
扉はわずかに開いていた。
中から古い紙の匂いと、
湿った土のような生臭さが漂ってくる。
胸騒ぎが強まる。清乃はそっと扉を押すと、
ランプの弱い光に照らされて、
清史郎が黒布の書物を抱え込むように読んでいた。
「清史郎くん……何を?」
驚いたように顔を上げた少年の目は、ほんの少し怯えていた。
「これを読んだら……僕たちのことが、少しわかる気がして……」
清乃は近づき、書物の開かれたページに目を落とす。
そこには次のような文が続いていた。
「——伸びる影と縮む影は、
本来ひとつ。裂かれた影は互いに欠け、
欠けた部分が“首”に宿る。
二つが重なるとき、影は再びひとつとなり、
“影継ぎ”の術が芽生える。」
清乃の心臓が跳ねた。
影継ぎ。
自分たちの間に生まれた、あの不可解な温度。
首を伸ばすほど軽くなり、逆に重さが増すような感覚。
「……影が三つに分かれたのに、ここに書かれたのは二つ?」
清史郎は頁をめくろうとしたが、途中で手が止まった。
「それが……この本、途中から文が黒く塗りつぶされてる。
大入道様が隠したのかもしれない」
清乃は書物の黒い塗り跡にそっと触れた。
墨の上からでも、指先がざらつくほど分厚い。
誰かが相当な決意で封じた記述だ。
そこへ、蔵の外から
「ぺた……ぺた……」
と乾いた足音が響いた。
足音は重く、しかし首が無い者特有の、床を擦るような歩き方。
清乃と清史郎は顔を見合わせた。
「……来た」
清乃の声は震えていた。
しかし恐れではない。胸の奥から湧き上がる、確かな反発の意志。
蔵の扉の向こうから、低い呻き声が聞こえ始めた。
「返セ……返セ……影……首……返セ……」
赤黒い気配が扉の隙間から滲み出てくる。
蔵に置かれた古道具がかすかに震え、
天井の梁が“ミシ”と悲鳴をあげた。
清史郎の首の痕が急に熱を帯びる。
清乃の首も反応するように、ふわりと浮き上がった。
影は、ひとつではありませんでした。
伸びる影、縮む影、
そしてまだ語られていない“もうひとつ”。




